1.75-5 学習の時間
アキヒコとキラと一緒に、森に分け入った。
薬については最小限の知識しなかった。切り傷に貼り付ける葉っぱとか、打撲に貼り付ける葉っぱとかだ。
もちろん、アキヒコが言っているのは、そんな民間療法ではない。
彼はどの草の葉、茎、根を、どうすれば医療に使えるか、私に教えて行った。
そんな薬草の採取が全てじゃない。それらを煮詰めたり、乾燥させたりする方法や、粉末にしたり煎じたりした後、出来上がった薬物をどれくらい投与するべきかも、教えてくれる。
私は初日の話を聞いた段階で、これは全部をいきなり頭に入れるのは無理だな、と判断した。
何せ、初めてということを考慮する気がないのか、アキヒコは私に二十種類を超える草を見せ、それぞれについて説明したのだ。覚えろという方が無理である。
なので、キラに頼んで小さなノートとペンをもらって、そこに記録しておくことにした。
ここで意外な事実を知った。
キラは絵を描くのが得意だ。彼女も私と同様に小さなノートを持っていて、そのノートには様々な薬草が、イラスト付きで記録されている。
私の想像だけど、アキヒコはこのキラの才能に目をつけたんじゃないか。
薬草の類は、実際にそのものを見せてもらって教えられれば、記憶力があれば、覚えていられる。でも薬草も生えていない季節はあるし、他人に頼む時に、記憶の中身を伝えることはできない。
でも絵があれば、この絵の通りの草を取ってきてほしい、と頼める。
私は昼間はアキヒコとキラと一緒に山に入って、実際に薬草を採取し、それから建物に戻って薬にするための処理を勉強した。夜になると、これもキラからもらった適当な紙を使って、絵の勉強をした。
アキヒコが剣を返してくれないことは、あまり考えないことにした。別に捨てるわけでもないだろう。
それよりも、自分に新しい未来が見えたような気がして、この薬に関する勉強に没頭した。
季節は秋になり、薬草の種類も移り変わる。アキヒコは薬物の処方量の判断を教えてくれた一方で、山で捕まえてきたウサギに、薬を投与して、どう反応するか、実験するように指示したりした。
ウサギはかわいそうだが、まさか実際の人間で実験するわけにもいかない。
ウサギは最初こそ死んでしまうこともあったが、二羽、三羽と続けるうちに、死ぬことはなくなった。
冬になり、薬草は取れなくなる。しかし夏から秋にかけて、大量に薬草を取ってあったので、調合の勉強などは続く。
私は冬の間も、身体が鈍らないように建物の中で運動を続け、絵の練習も繰り返した。絵に関しては、自己流では進歩が遅いと判断して、堂々とキラに指導を頼んだ。なので彼女も一日の仕事が終わると、私の部屋へやってきて、一緒にデッサンをする。
「こんなに多才な人、なかなかいないんじゃないの?」
そのうちにキラがぼやくようになった。
「剣術は抜群の腕前で、薬の知識も豊富、その上、絵を描かせてもなかなか、なんてね。嫉妬しちゃう」
「私の絵なんて、キラに比べれば、まだまだでしょ?」
「お世辞も上手いなんて、嫌になっちゃうわ」
そんな具合で、時間は過ぎていった。
脇腹の傷も、胸の傷も、たまに痛むけど、薬を飲み続けているせいか、ひどくはならない。
シュウラに切られた瞬間のことを考える余地もできた。
彼が見せたのは、ただの踏み込みだったと、やっとわかってきた。
カイゴウが弟子に教える、居合とセットの、単純な踏み込み。
直線の歩法、とカイゴウが名付け、初めに教えるものだ。
音階の歩法、和音の歩法と比べると、あまりに遅い。
でも、本当に狭い間合いならその一直線の、まっすぐに進むだけの歩法の方が早くなる瞬間がある。
それに加えて、シュウラの居合は、重さが段違いだった。
なんという名前をつけたか知らないが、あの居合は、明らかに相手の防御を無視する力任せの居合だ。
たぶん、ほとんど全ての剣士は剣で受けることはできないし、鎧を着込んでいても、鎧ごと相手を絶命させる威力があったはず。
あの決闘の時も、私の受けの一撃を、彼の剣は跳ね飛ばし、そのまま私を切った。
あの一撃に失敗すれば、シュウラは致命的に姿勢を乱し、きっと私が勝つ。
だけど、彼はあの一撃に全てを賭けた。
その覚悟の分だけど、私が劣ったと言えるかもしれない。
今頃、彼はどこで何をしているのか。私を殺したことで、何かを得ただろうか。
私がまだ生きているとわかれば、私を殺しに来るだろうか。
そうなったら、私はどうする?
答えの出ない問いは、時折、思考を支配するけど、まるでそれを知っているかのように、アキヒコは休みなく私に知識を与え、キラは私の筆の停止を咎める。
冬が終わり、春になる。また薬草を取りに行く時期だ。
「自分の薬を自分で調合できるか?」
急にアキヒコがそう言ったけど、びっくりするほど、私は冷静に答えることができた。
「試してみてもいいですか?」
薬草の知識は十分に頭に入っているし、様々な実験の記録も、頭にもノートにもある。
自分の薬にそれほど不安はないし、そもそもが私の体で試すのだから、何も問題はない。
かすかに笑みを見せたアキヒコが、「やってみなさい」と言った。
すでに彼から私が飲んでいる薬の原料や分量を聞いていたので、それに従って、薬を用意した。
粉薬で、飲む時に少し勇気が必要だった。水で流しこみ、不安だったので寝台に横になった。アキヒコがもしもの時を想定して、キラを私につけていたので、そんな私を見てキラが笑った。
「大丈夫ですよ、サリーさん。落ち着いてください」
「私は落ち着いている」
「顔が真っ青ですよ」
やれやれ、私としたことが。
結局、不快感もないまま時間が過ぎ、キラは「大丈夫でしたね。じゃあ、また明日」と、自分の部屋へ引き上げて行った。
寝台に横になったまま、私は目を閉じた。
まだ学ぶべきことは多い。進みたい道も見えるし、その道は果てしなく続いている。
でも、私の体は一つしかない。
選べる道も、一つだけだ。
その一つを進むために、捨てなくてはいけないものがある。
剣のことが頭に浮かんだ。
私は、どうしたいんだろう?
気づくと、私は眠っていた。
闇が柔らかく、私を包んでいた。
(続く)




