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リリー  作者: かねとけい
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【第一話 〜善〜】2

 2


 外は梅雨晴れだった。このところ雨が続いていたが、久しぶりに傘なしで登校ができた。少し蒸し暑いくらいの午後だ。遠くにぽつんぽつんと雲が千切れて浮いているだけで、青い空はとっくに夏の始まりを告げていた。


 修学院大学附属高校の校舎は、大まかにカタカナの「コ」の字型で、その内側に中庭が作られている。ベンチと植え込みがシンメトリーに設置されており、いい感じに日陰ができるので、学内では人気のスポットだった。文化祭の時は出店にはベストな立地なので、ここに店を構えるクラスは毎年くじ引きになる。


 八年前に校舎から中庭、体育館やプールまで順次改装工事を行ったらしく、現在は、ごく一部を除き学校の敷地内のどこを切り取っても真新しい。その一斉アップデートが功を奏したのか、少子化が声高に叫ばれている昨今でも、生徒数を堅調に伸ばしている。


 中庭は、下校前のおしゃべりに興じる生徒や、部活前に小休憩を挟んでいる生徒で賑わっていた。運動部は大会が近い。「コ」の字の切れ目から見えるグラウンドは、すでにサッカー部と野球部がランニングを始めていた。


 高橋先輩は、中庭まで降りてくるまでの道すがらも、善に気を使ってなのか切れ目なく話し続けた。忙しいところホントごめんね。荻原くんも原くんと同じサークルなんだよね? どう、楽しい?

 やっぱり「張り込み」とか、するの? ――並んで歩く高橋先輩は意外と長身だ。


 善はできるだけにこやかに相槌を打ったり、「英会話同好会も、結構忙しいんすか?」と話題を返したりしていたが、その間、もう一人の女の子が会話に入ってくることはなかった。先輩だけが笑顔で話し続ける。善と高橋先輩の後ろで、当事者であるはずのその子は、顔を伏せ気味にしてとぼとぼと付いてきた。


 三人は中庭のベンチで、高橋先輩を真ん中に、横並びに腰掛けた。というより、先輩が先にベンチのど真ん中に座るものだから、自然とそうなった。


「それで、この子に原くんの連絡先、教えてくれると嬉しいんだけど」


 おおよそ、依頼内容は善が想像した通りだった。

 もう一人の女の子は、松本まつもといくという。原智視と同じクラスなのだそうだ。そう言われれると、見覚えがある。高橋先輩は「いく」と、名前をそのまま呼んでいた。もう一人もてっきり一つ上……三年生だと思っていたので、なかなか記憶が結びつかなかった。

 高橋先輩とは英会話同好会の先輩後輩という間柄、というわけだ。


「まあ、聞いてみますけど、あんまり期待しないで下さい」善は苦笑いを浮かべた。「あいつ、そういうのに興味示さないっていうか、外見と中身がズレてるんで」

「そうなの? でも、可能性がゼロってわけではないでしょ?」


 高橋先輩はベンチの隣りで、なおも笑顔だった。近くで見ても、顔立ちが整っていてきれいな人だ。化粧は少し厚めだった。


「統計的には、ゼロっすね。残念ですけど」


 原智視は、一年の頃からちょっとばかり有名だった。

 一言で言うと「顔が広い」という成句が合致すると思うが、善はそれよりも「顔が多い」という表現の方が合っている思っていた。そんな言葉は辞典サイトで検索しても当然出てこなかったが、でもその方がしっくりくる。それは「相手によって言動や態度が変わる」と言う意味ではない。奴は誰に対しても大して変わらない振る舞いだし、その振る舞いは、お世辞にも礼儀正しいとは言えない。

 ただ、二、三度奴と会話した人は「おれ、原とは仲良いぜ」と感じるようで、それが不思議なのである。理由は分からない。だから、これまでに成り立ってきた日本語の表現では微妙にズレてしまう。

 加えて、その不思議さが女子たちにはそこはかとない魅力に映るようで、昨年の夏頃からその手の話が善の耳にも舞い込んできた。

 しかし彼は、どんな美少女に言い寄られようともことごとく振る。

 理由はいつもこうだ。


――いきなり好きって言われても困るよ。


 まあ、そうかもしれない。そうかもしれないが、それで終わらせるのはどうなのだ?

 とにかく、これまでアタックした女の子の恋が成就したことは一度たりともない。高橋先輩、もといその後ろに隠れて見えない松本さんに、そう伝えた。


「そっか。強敵ってわけね」先輩は腕を組む。「じゃあさ、荻原くん協力してよ。どうすれば原くん、その気になるか。一緒に攻め落とそう」


 そうくるか。にこやかで人当たりが良い人だと思っていたが、案外頑なだ。

 その時、松本さんがやっとその口を開いた。


「美緒ちゃん、やっぱり」先輩の袖を掴む。「私、大丈夫だよ。しょうがないよ。諦めるから」


 想像した通りの、とてもか細い声だった。カナリアがヒヨヒヨとさえずっているみたいだ。


「郁、分かんないじゃん。やってみないと」

「でも……お友達も困ってるし」


 強引な高橋先輩に、松本さんは弱ったように眉を寄せ、苦笑いを浮かべる。頬がほんのり赤かった。

 松本さんはとても小柄で、手足の先までほっそりしていた。長身の高橋先輩と並んでいることを差し引いても、やっぱり全体的にミニチュアだ。短く切りそろえたショートボブに、前髪をヘアピンで留めていた。

 今見せた苦笑いはとても印象的で、可愛いかった。ただそれには、小動物に対して抱く「可愛い」が半分くらい含まれている。


「まあ、おれのことは別にいいけど」善は反射的に笑顔になった。


「じゃあさ、とりあえず」高橋先輩が立ち上がる。「ワタシの『リリー』、荻原くんに教えとく。とにかく、話だけでもしてみてくれない? この子はなんか遠慮しちゃってるけど、いいの。気にしないで。少しくらい勢いつけないと、郁は飛べないんだから」


 当の本人はちっとも飛び立つ気持ちはないように見えた。

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