【第二話 ~沖弓~】2
沖弓は立ち上がる。作業を一時中断し、伸びをした。
部室は確か六畳くらいだったか。たぶんそのくらいだと思う。新聞部が残した本棚が壁を覆っているため、ただでさえ狭い部室が圧迫されている。三人が会議用の長テーブルを囲むと、猫の額だった。
今は三人ともノートパソコンで作業を行なっていた。メディア研究会のホームページのリニューアルと、フリーペーパーの編纂だ。手分けして作業を進めていた。六月の中旬。梅雨の真っ只中だったが、今日は束の間の晴れ模様だった。沖弓は、大してバズるネタを掴めなかった六月号の汚名返上のため、七月号に向けて学校中にアンテナを張りめぐらせていた。それはリアル世界だけじゃない。ネット世界もだ。
「それにしても沖弓、発行部数どうするんだ? 今月号は千五百部刷ってまだ二百しか捌けてないんだが」
倉木が嫌味ったらしく言う。本人は嫌味のつもりはない。そう言う口調がデフォルトなのだ。
「今考え中。あと『会長』って呼んで」
「俺は六百を提案する。大体な、うちは全校生徒八百五十弱だ。そうだな、『会長』」
「ええ、そうね」
「分かってるならどうして倍も刷った? ――いや、大丈夫だ。『会長』から理屈の通る説明を賜ったことは、一度だってない。そうだな? 加瀬」
加瀬はパソコンの画面をトラックパットで大雑把にスクロールしていた。
「沖ちゃんは直感的に動くキャラだからしょうがないよ。六月号が捌け切らなかったら、僕らみんなの責任」
「そんなのは、バカげてる」倉木は呆れ返ったように天井を見上げた。
メディア研究会初のフリーペーパー。つまり「創刊号」となるのだから、多くの人に手にとってもらえるよう、たくさん刷った方が良いに決まっている。そうだ、たくさん刷ろう。そう決めたは「会長」である沖弓だ。
「最初から怖気付いてちゃダメに決まってるじゃない! 勢いよ勢い。大事でしょ! 倉木、あんた次蒸し返したらそのタブレット割るから。あと加瀬、『会長』って呼んで」
それから沖弓は、明日の早朝に行う校門前配布の集合時間を決めた。
二人は難色を示すも、結局は沖弓に従い、抗うのを諦めた。彼らは不満を吐き出し切るといつの間にか趣味の話に移行した。それぞれ造詣が深い分野に関してはおぞましいほどよく知っており、よく語る。
加瀬はアイドルたちが揃って奮闘しあうアニメが死ぬほど好きだし、美少女キャラクターにはしょっちゅう「萌えている」し、カバンにつけているラバーストラップは何度外させてもいつの間にか元に戻っている。そういった点については甚だ気色が悪い。ただ、存外「アニメ史」など、周辺知識にも明るかった。アニメーション特有の表現技法については、デザインに興味のある沖弓も少し聞き入った。
ちなみに、この高校にもアニ研はある。何故そっちには入らなかったのかと聞けば「あっちはロボットアニメが中心なんだ。学生の研究会って、意外と中の構成員で傾向が決まっちゃうんだね。エヴァとかエウレカとか、嫌いじゃないんだけどさ」とのことである。
一方で倉木だ。こいつが語り出すと、途中から何語かよく分からない。一度、デフレ化にある日本に必要な国策に関して、いかに消費増税が打撃となってしまうか、プライマリーバランスの黒字化を追い求めることがいかに愚の骨頂であるかを抗議されたが、その話自体を「他でやってくれ」としか思えなかった。ときどき政治経済の森村先生と新着トピックについて論争し、「今日は有意義な議論だったよ」と満足げに部室に入ってくる。
メディア研究会へ彼が来てしまったのは、倉木のオタク範疇に「マスメディア論」が含まれていたからだ。彼のマスコミに対する苦言は的を得ているが、やはり他所でやってほしい類ものだ。
違う。全然違う。違うぞ沖弓桃。
本当なら、広々としたテラスみたいなところで、ルイボスティーを飲みながら会話をする予定だった。美男美女のメンバーを取り揃えて、学校から近いカフェの特集をしようとか、休日のファッションについて生徒たちにインタビューしようとか、そういうトークをしていたはずなのだ。
私の「キラキラ」は、一体どこにいった。