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敗走

「クッ……」


 自らの身体にナイフを突き立て我を取り戻すと、迫りくるコアラの頭をしたぬいぐるみの鉤爪を避ける。コアラ顔のぬいぐるみが地面に爪痕を残した。


「さてと……」


 深呼吸をして呼吸を整えつつ、コアラの顔をしたぬいぐるみの攻撃をいなしていく。

 改めて見ると、かなり不気味な容姿のぬいぐるみだ。体の至る所に縫い後やほつれなどのツギハギだらけの身体でコアラだったはずの愛らしさはどこへやら。

 どちらかというと、昔絵本で読んだ怪物フランケンシュタインを彷彿とさせる出で立ちだ。お腹にはハリネズミの如く針が刺さっていたり、爪には大きなサーベルナイフ取り付けられていたりするし。殺傷のためにこいつは作られたのだろうか。

 ただし、動きは鈍い。隙だらけである。


「これなら――!」


 私はぬいぐるみの脇をすり抜け、喉笛を切り裂こうとミウに接近する。が、別のぬいぐるみがその側に控えていたため、ナイフを振りきれなかった。

 振り切ってしまえば、ぬいぐるみの腸から黒い奴らがうじゃうじゃと……


「ほら、どうしたんですか?」

「このっ!」


 ぬいぐるみから距離をとって態勢を立て直すと、状況を整理した。

 ミウが操っているぬいぐるみは2体。私を攻撃してくるコアラ型のやつとミウの側に控えるネコ型のやつ。コアラは動きが遅いが、ネコの方は少し素早い。さすがはネコの頭は伊達じゃないようだ。が、その分武装は少ない。

 なんとかしてこの2体さえ突破出来ればダメ王子の元へ行けるのに……


「レジスタンスのおねーさん、なんで革命なんかしようと思ったの?」


 唐突なミウからの質問。私はぬいぐるみたちの動きに注意しながらも答える。


「この国を変えるためよ。腐りきったこの国を一回ぶっ壊して私たちがより良い国に変えるためよ」

「おねーさんにとって、より良い国って何なんですか?」

「それは……重税を課さないとか……」

「じゃあ、重税を止めたらその先はどうするんですか?」

「どうするって……」

「おねーさんも重税に困っているから革命を起こしている。そうでしょう?」

「それはそうだけど……」

「やっぱり。結局、みんな自分の都合しか見ないんですよね」


 少しだけミウの声音は悲しげに聞こえた。が、それを気にしている余裕はなかった。目の前のコアラ型のぬいぐるみが自らのお腹に爪を毟り始めたのだ。


「ちょっ……なんで!?」


「せめて優しく殺してあげますからね……」


 コアラが辛そうにお腹に自らの爪を突き立て、体を開いていく。まるで切腹でもしているかのようにその体の繊維を引きちぎっていく。それによってできた隙間からはあの禍々しい黒い触角がわさわさと動いているのが見えた。


「うぇ……」


 鳥肌もののグロさに軽い吐き気を覚えつつも、ナイフを握りなおす。

 コアラが動けなくなっている今がチャンスだ。あのネコも突破すれば、ミウの首を取れる。そして、あのデブ王子の元へ行ける。このチャンスを逃すわけにはいかない。


 私はミウの元に駆け出す。が、3匹目のぬいぐるみの登場を予想していなかったために、対応が遅れた。そいつはステンドグラスと共に降ってきたのだった。


「んんっ……!」


 ステンドグラスの破片が飛散する。直撃はしなかったもの至近距離であったため、破片から急所を守ろうと、顔を覆う。が、その隙にイヌの頭をしたそいつは私に接近していた。奴の鉤爪が鈍く光った。


「しまった……!」


 思わず目を瞑ってしまう。あの魔族とレヴァンティリアの兵が襲ってきた夜のような絶望が心を染めていく。復讐を誓ったあの惨めで暗くて哀しいあの日が走馬灯の如く瞼裏に蘇ってくる。

 こんなところで死にたくなんかない。まだ、何も成していないのに。復讐を果たせていないのに……


「ん……」


 死の瞬間は訪れなかった。が、代わりに生暖かい液体が顔に降りかかった。

 何事かと思い恐る恐る目を開けると、お腹に鉤爪を貫通させたアイツがいた。


「ごめん、待ったかな?」

「ラルフ……」

「増援ですか。でも、残念でしたね」


 ぬいぐるみが腕を振り、鉤爪に刺さったラルフの身体を壁に叩きつけた。私はぬいぐるみの動きに注意しながらもアイツの元に駆け寄る。


「ちょっと、大丈夫なの?」

「まさか心配される日がくるなんてな……」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 血が……」

「そうだな。逃げないとな……」


 ラルフは何十枚かの木板を取り出しそれらを様々な動物に変化させると、ぬいぐるみたちの元に突撃させ、攪乱させる。

 その後、もう一枚の大きめの木板を取り出し、大きめの鳥に変化させると、それに乗っかるラルフ。


「後ろに……!」

「分かったわ」


 私が乗り込むと鳥は羽ばたき、ガラス窓を突き破って外に飛び出した。

 瞬間、周囲の音が激しい雨音によってかき消される。髪や服が体に張り付き、気持ち悪いが仕方がない。そんなことよりもお腹から血を流し続けるコイツをどうにかしないと。

 木製の鳥は冷たく激しい嵐の中を力強く羽ばたいていく。


 が、数分も立たないうちに鳥は物言わぬ木片に戻ってしまい、私たちは泥だらけの地面に投げ出された。

 雨で不明瞭な視界の中でヤツの元へにじり寄る。


「ごめん、限界かも。先に行ってて……」

「先にって、アンタはどうするの? ボロボロじゃないの! こんな雨の中においておけるわけないでしょ!」

「俺のことは心配しないで、大丈夫だから……」

「そう言って、大丈夫だった人間の話は聞いたことないわよっ!」


 私は彼の身体を背負い雨の中を進んでいく。血が抜けているのか、もやしみたいな体のおかげか服が濡れていてもなんとか背負っていける。とにかく、雨水を凌げる場所で治療しないと。


「なんでこんな……」


 作戦は中止だ。今の私ではミウを倒すことはできない。せめてマスターかエスタがいれば話は違うのだろうが、援軍を待っていられるほど悠長に構えてはいられない。むしろ、敵の援軍が来る方が早いだろう。


「こんなはずじゃ……」


 私が油断しなければ、コイツがこんな重症を負うこともなかった。私が罠だと気づいたときに皆を退却させれば、被害はもっと少なかったかもしれない。全部、私のミスだ。復讐に駆られて、何も見えていなかったんだ。


 冷たい雨が私を断罪するかのように私の肌を強く打ち続けていた。

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