復讐のために
金髪が頬を優しくなでた。柑橘系の香りが鼻孔をくすぐり、薄い布一枚越しに彼女の体温を感じ、つい意識してしまう。
「一緒に?」
「はい。同じ景色を見て、同じ空気を吸って、同じ世界を感じていたいんです」
見ていると意識が吸い込まれてしまいそうなくらい透き通った瞳。唇はぷっくりと膨らんでいる。触れたらきっとマシュマロのように柔らかいのだろう。
そんな彼女の髪や瞳、唇が俺の視界を覆っていく。
「ソフィー……」
「ロイ様……」
ここまで俺のことを想ってくれる女の子がこれまでいただろうか。
俺がロイになってから出会ってきた女性たちは政略結婚やら玉の輿を狙う女性ばかり。俺じゃなくても王子と結婚できればいいのか、俺自身を見てくれる女性なんて誰一人としていなかった。
でも、ソフィーは違う。俺がデブでどうしようもない王子だったころから、俺のことを慕って、それが昂じてパーティーに参加したり、後生大事に俺が描いた落書きのような絵を持っていたり、怖くても酔っ払いの前に立って俺を守ろうとしたり……そこまでしてくれる女の子は他にいないだろう。
そんな少女に言い寄られて、断る理由はない。むしろ、前世での扱いと比べたらこの上ない幸せだろう。俺は――
と、脳裏に電撃が走った。蔑んだ目をした女の顔が浮かんでくる。
『こんなデブ眼中にないわ』
俺はソフィーから顔を背けた。
「ロイ様?」
「……ソフィーには絶対に譲れないものとかあるかな?」
「絶対に譲れないもの?」
キョトンと小首を傾げるソフィー。
「そう。全てを犠牲にしてでも譲れないもの」
「譲れないもの……ロイ様とか?」
「本当に? 自分の国を滅ぼしてでも俺と一緒にいたい?」
「それは……」
彼女は沈黙する。彼女にとって俺は絶対に譲れないものじゃないようだ。
「俺にはあるよ」
「それは……?」
あの女に復讐すること。俺はそのためにイケメンに転生したのだ。そのためになら何を犠牲にしてでも構わない。国を滅ぼそうが、誰かを殺めようが関係ない。絶対に譲るわけにはいかないのだ。
俺のことを唯一見ていてくれた幼馴染の顔と、意識に焼き付いて離れないあの光景が再生されていく。
『お前みたいにチビでデブでハゲでどんくさい男なんて誰も望んでいないんだよ』
『なんでお前みたいなゴミに優実が近くにいると思ってるんだ? お前が可愛そうだからだよ。顔面も体も性格も可哀想なお前によ!』
もう二度と繰り返したくないあの光景。あんな辛くて惨めで悔しくて情けない思いはご免だ。自分の力不足のせいで後悔することはもう絶対にしたくはないのだ。
「成し遂げなければいけない復讐があるんだ。それを成し遂げるために必要であれば俺は全てを捨て去る。ソフィーはとても魅力的な女性だと思っているけど、今は君を隣に置いておくわけにはいかないんだ」
「そんな……」
口を押え、嗚咽を堪えようとするソフィー。
もしここで彼女を受け入れてしまえば、あの女と同じ顔を持つ少女への復讐は叶わなくなるかもしれない。ほぼ現身と言っても過言ではないくらい同じ顔を持つ少女。彼女は今、我が王国の罠にかかり命の灯火を消されかけているだろう。彼女ほどあの女と同じ顔を持つ少女は俺がこの世界にいる間にはもう現れないかもしれない。
「復讐だなんて……」
「ああ、自分でもどうかしていると思うけど。復讐しないと死にきれないんだ」
あの女は革命に身を投じる少女とは別人かもしれない。だとしても、この屈折した復讐は必ず遂げる。じゃないと、俺はあの光景に一生捕らわれたまま前に進めない。
だから、俺は俺を殺そうとする少女を助けに行かなければいけない。全ては復讐のために。
「だから、今夜は君を選べない。ごめん」
言葉を失う彼女を残して俺は部屋を出ていく。ソフィーには悪いが復讐のためだ。
さて、癪ではあるがあの傲慢不遜なお姫様を助けに行かないと。
「あ、ロイ様!」
「あ……」
と、扉の前で護衛していたクリスと目が合った。
「ちょっと、トイレに……」
「嘘ですよね。絶対嘘ですよね」
「ごめん!」
俺は地面を蹴ってその場から逃げ出した。クリスが追いかけてくる。魔導に反応する毒のせいで魔導を使うことはできない。クリスを撒くのは少し大変そうだ。
「間に合ってくれよ……」
俺は嵐の中へ飛び込んだ。




