ソフィーの気持ち
窓が強風に煽られ、ガタガタと音をたてている。堅牢な王宮と言えど、嵐の猛威は防ぐのは至難の技だ。
俺はソフィーから受け取った強壮薬を一気に飲み干し、いかにも病人のようにベットに横たわった。体全体に力がみなぎっていく感覚。やはりこの強壮薬は効果抜群だ。
とりあえずソフィーには悪いが、ソフィーの用事をさっさと済ませ、早くあの女の元に向かわないと。
「強壮薬、ありがとう。助かるよ」
「いえいえ、ロイ様が元気になっていただければ幸いです」
「ところで、今日はどうしたの? 何かあった?」
「……本日は私の気持ちをお伝えに参りました」
「気持ち……?」
はて、何かしただろうか。例の酔っ払いに絡まれた件で俺にヘタレと言いに来たんだろうか。いや、強壮薬もくれたし、わざわざ俺の部屋まで来てそんなことを言うだろうか。
ふと、ゲイリーさんの言葉が脳裏に浮かんできた。
『娘の方はソフィー・アルマ・レディアント。ちょうど今、アルマ・レディアント家が魔族と戦争中。しかも、疲弊したアルマ・レディアント家を狙って近隣の国や貴族に責められて崩壊寸前なのよ』
まさか――
「私……ロイ様をお慕いしています」
一世一代の言葉を放つソフィー。その瞳はガラス玉のように澄んでいて思わず見惚れてしまいそうになる。
彼女の言葉を心の中で反芻してみた。
お慕い、お慕い、お慕い……つまり、好きだと……。
今俺は告白されているのか? まさか、女の子にこんなことを言われる日が来るとは。どんな状況であっても思わずドキッとしてしまう。
イケメン修行をしてて本当に良かったと思う。もちろん、あの話を聞いていなければだが。
「ありがとう……すごい嬉しいよ」
「ロイ様……」
「でも、それは本心じゃないよね?」
「え?」
「ソフィーさんの領地が大変だからだよね」
「……知っていらっしゃったんですね……」
「ああ、噂で聞いた程度だけれど……」
彼女の目が見開かれ、次の瞬間にはふっと儚げな笑みを浮かべた。アジトで聞いた話は本当だったらしい。結局彼女も他の女性と同じく王子という肩書が目当てだったのか。
「確かに今、私の領地は魔族に襲われています。魔族の攻勢は激しくそれを防ぐのに精いっぱいです。兵や民は疲弊し、領地全体が風前の灯火のような有様。近隣の貴族や国も兵を差し向けられ、陥落は時間の問題でしょう」
ソフィーは寂しげに微笑む。
「でも、そんなことがなくても、私はロイ様のことをずっとお慕いしていましたよ……」
「ソフィー……?」
ソフィーがボロボロの紙を一枚取り出し俺に見せた。随分と古いものなのかところどころ破れ描けていたり、シミがついていたりしてヨレヨレな紙だ。そんな薄汚れた紙には満面の笑みを浮かべる女の子が描かれていた。
「ロイ様はこのイラストに見覚えはありませんか?」
「これは……」
注意深く絵を見つめる。
この線を濃く書いてしまう描き癖……もしかして、俺が描いたものだろうか。絵が下手くそなところと紙がボロボロなところから、小さいころにでも描いたものか。
「これは俺が……?」
「はい。本当は私、幼い頃、ロイ様とお会いしていました。森の中で迷子になって泣いていたところでロイ様がいらっしゃって、それから、幾ばくかの時を共にするようになり、その時に描いていただいたものです」
「初対面じゃなかったのか……ということは昔の俺のことも?」
「はい。もちろん存じております。ロイ様が今より少し可愛い姿をしていた頃に出会ったのですから」
「そんな俺を……」
あんなデブでどうしようもない男だった俺のことが好きだって? 信じられない。信じられないが、あの絵をいまだに持っている。俺は思わず瞼の裏が熱くなった。
「その時から私はロイ様をお慕いするようになりました。その後にロイ様がロイ・アルス・レヴァンティリア王子だと知りました。自分みたいな人間には不釣り合いなお方で今までは気持ちを抑えていました。でも、もう一度だけ会いたいという想いを抑えられず、ロイ様が帰ってくるというオネイロスパーティーに参加しました」
「それで俺と出会ったと」
「はい。一緒に街を歩いたり、イラストを描いているところを実際に見せていただけたり……感激しっぱなしで、すごく楽しいひと時でした……」
ソフィーの金髪が揺れる。彼女が寝ている俺の上に覆いかぶさってきたのだ。彼女の吐息を近くに感じる。
「ですから、今後もロイ様とそんな素敵な時間を過ごしたいと思っています……ダメでしょうか……?」
「もう、なんなのよ! こいつらっ‼」
切っても切ってもキリがない。むしろ、頭みたいなところを刺しても足がまだ動いていたりするのがもう、気持ち悪くて、気持ち悪くて……。
黒光りするそいつらはぬいぐるみの切り口から湧き出て、カサカサという音と共に私に向かってくる。魔力で強化されているのか、その体躯は人間サイズにまで巨大化しており、這い寄る姿は魔物を彷彿とさせる。いや、魔物よりも気色悪いわね。
「うっ……おえっ……」
「どうですか? ゴキ――」
「それ以上、言わないで!」
ミウを睨みつけて黙らせる。名前を聞くだけでも吐き気がするわ。
それにしても、良くもまぁこんなえげつない戦い方を……敵の弱点を突いてくるその姿勢だけはリスペクトに値するけど。こんな最低最悪な戦い方は真似したくないわね。
「そいつらだけじゃないですよ」
先ほどとは別の象のぬいぐるみが襲い掛かってくる。反射的にそいつを切るもそこからも黒い奴らが弾け飛んできた。
「あーもう、飛んでこないでぇ! この、このぉおおおお!!!!!」
そうして、湧き出てきた奴らをあらかた片付けた。もう死骸を見るだけでもきつい。胃の中の物がすでに喉元までせりあがってきている。
「絶対許さないから……」
「ふふふ、そう言っていられるのも今のうちですよ」
「それはこっちのセリフッ!」
私はミウに向かって地面を蹴った。しかし、別のぬいぐるみがその前に立ちはだかり、大振りな攻撃を仕掛けてくる。こんな程度で私を倒そうだなんて甘いわ。
「うっ……」
先ほどの黒光りする奴らの姿がフラッシュバック。ナイフを掴む手に力が入らなかった。
そして、ぬいぐるみの攻撃も上手く避けられず、吹っ飛ばされ壁に叩きつけられた。
「さっきまでの威勢はどうしちゃったんですか?」
「この……」
私はよろよろと立ち上がる。が、足が震える。
あのぬいぐるみを切り刻めばまたあの黒い奴らが……あのぬいぐるみの中には黒い奴が……
そう思うと、動けなくなっていた。キュートな顔のぬいぐるみは眼前に迫ってきていた。




