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55.廃ビルの地下駐車場にて

その頃、俊作は朝から創お抱えの情報屋たちと共に秋池の捜索や、戸川弁護士と「サム」なる人物についての調査にあたっていた。


調査の効率化を図るため、俊作は各調査員を三つの部隊に分けた。


秋池の捜索を行う「一番隊」。

戸川の調査を行う「二番隊」。

「サム」の調査を行う「三番隊」。


部隊に名前をつけたのは俊作だ。まるで新選組である。


調査員は14人。俊作を含めると15人になるので、一つの部隊につき5人ずつ振り分けることにした。

俊作は一番隊に入った。


原宿を中心に、コインパーキングや月極駐車場をくまなく回る俊作。おそらく、連中は自動車をアジトのような場所に隠すだろう。秋池を監禁するなら、普通はアジトを利用する。したがって、あの黒い車が見つかれば秋池も見つかる。俊作はそうにらんでいた。しかし、それらしい自動車はまだ見つからない。


俊作は思う。


この事件の首謀者は誰なのか?


これまでいちばん首謀者に近い存在とされていた笹倉は、今俊作が秋池とセットで捜している車にはねられて重体となっている。笹倉がそのような目に遭ったということは、真の黒幕ではない可能性が高い。


では、羽村佐知絵はどうだろうか。

実際に俊作をセクハラで訴えた人物だ。その腹の内には何かよからぬ企みがあったのだろう。しかし、俊作と彼女は、プライベートではもちろん、会社でもちょこちょこと会話をする程度である。トラブルの火種になるような事例が思い浮かばない。


笹倉にせめて意識があれば黒幕の正体も簡単に聞き出せそうなものだが、いかんせん重体なのでそういうわけにもいかない。そうなると、自分たちで調べ上げるしかなくなってくる。


キーワードは五つ。


秋池、「サム」、戸川弁護士、下足痕、そして証拠写真。


このうち、下足痕と証拠写真は純が追っている。

俊作が調べるのは残りの三つだ。


とにかく、これらをつきつめていけば真相に辿りつくことができる。俊作はそう信じていた。


既に、捜索開始から半日が過ぎようとしていた。しかしながら、いっこうにあの黒い自動車は見つかる気配がない。


そこで俊作は考えた。


ロック・ボトムのメンバーを片っ端から聞き込んでいけば、いずれはアジトの場所がわかるのではないか。だが、闇雲に街を動き回ったところで連中に遭遇できる確率は低い。


では、どうすればよいだろうか?


クラブ「RYU-JIN」へ行くか?

その方法もアリだが、だいたいクラブは夕方から営業する。現在の時刻は午前11時21分。夕方まで待つのはしんどいし、そんなにのんびりしていられない。


そこで俊作は再び考えた。


カフェ「鴨川家」を利用しよう。

マスターである鴨川は、黒野たちに襲われて負傷し入院している。妹のヒナコは、黒野たちを恐れて板橋へ逃れてきた。その状況を逆に利用するのだ。

店の照明をつけて、あたかも営業を再開したかのように装う。そうすればロック・ボトムのメンバーがまた嫌がらせをしに現れるだろう。そこをすかさず尋問し、アジトの場所を聞き出す算段である。


思い立ったら即行動だ。

俊作は一旦板橋へ戻り、ヒナコから店の鍵を借りると、再び原宿へ取って返した。


簡単に昼食を済ませた後で、カフェ「鴨川家」の正面玄関に「準備中」のプレートを掲げる。「準備中」の状態にしておかないと、一般の人々まで客として来てしまう恐れがある。ロック・ボトムの連中なら準備中でもお構いなしに乗り込んで来るだろう。更に、「しばらくの間休業します」という張り紙もはがしておく。


後は、敵が迷い込むのを待つだけだ。果たしてうまくトラップに引っ掛かってくれるだろうか。

店の奥にドアがあり、その先に小さな物置部屋がある。そこには在庫のコーヒー豆や備品が置かれている。更に奥へ行くとまたドアがあり、住居と繋がっている。

俊作は物置部屋に隠れながら、ただ出入り口をじっと見つめた。


待つこと3時間。


「バン」と、ドアの開く音がした。乱暴な開け方だ。

ロック・ボトムの誰かがやって来たのだ。俊作は確信した。そっと物陰から入口の方を覗き見る。


やって来たのは、あのジャッカル男だ。しかも単独である。

狙い通りだ。俊作は独り、ニヤリと笑った。

ジャッカル男「おい鴨川ァ! 出てこい! いつ店を再開しやがった!」


今、ジャッカル男の前に躍り出ると、向こうが恐れをなして逃げてしまうかもしれない。俊作は、ジャッカル男を店の奥までおびき寄せることにした。

何か物音を立てればよいのではないか。俊作は、わざと近くに立てかけてあったモップを倒した。

「ガタン」という音が、ジャッカル男以外に誰もいない店内に響く。

ジャッカル男「ん! そこか!」

ドカドカと騒々しい足音が物置部屋に近づいてくる。俊作はドア脇の壁に張り付いて息を潜めた。

ジャッカル男が、半開きになっている物置部屋のドアを勢いよく全開にした。


次の瞬間、ジャッカル男の視界がぐるりと回転した。俊作がジャッカル男の体を掴み、床に思い切り引き倒したのだ。

ジャッカル男「がふっ…!」

背中から叩きつけられ、悶絶するジャッカル男。

そこへすかさず、左ヒザをジャッカル男の腹へ乗せながらのしかかる。いわゆる「ニー・オン・ザ・ベリー」の体勢だ。

俊作「よう! 会いたかったぜ!」

ジャッカル男「て…てめぇ!」

俊作「あぁ? 口の聞き方を知らねーみてーだな。また返り討ちにあいてーか?」

ジャッカル男「くそぉ……はめやがったな!」

俊作「何言ってやがる。さんざん悪さしたのはてめーらだろうが!」

ジャッカル男「う…うるせぇ!」

俊作「おい、てめーらのたまり場はどこだ?」

ジャッカル男「あぁ!?」

俊作「たまり場だよ。アジトみてーな所の一つや二つあんだろ。場所を教えろよ」

ジャッカル男「……」

俊作「どこだ」

ジャッカル男「……」

俊作「たまり場はどこだ」

ジャッカル男「知らねーよ」

すると俊作は、カッと目を見開き、まるで鬼神のような顔つきでジャッカル男を上から睨みつけた。

俊作「言え。オレに黙秘権は通じねーぜ」

ジャッカル男の背筋が一瞬にして凍りつく。ただならぬ殺気を感じ取ったのだろう。

ジャッカル男「…道玄坂。地下駐車場のある廃ビルだ」

俊作「ホントだな?」

ジャッカル男「ホントだよ!」

俊作「よし。じゃあそこまで案内しろ。今警察呼ぶから」

ジャッカル男「あぁ?」

俊作「だから、警察と一緒にそのビル調べるんだよ。お前はそのための道案内だ」

ジャッカル男の顔が引きつったまま硬直している。

俊作「おっと、逃げようなんて考えんなよ。五体満足じゃいられなくなるぞ」

ジャッカル男「くっ…」


俊作は湊刑事に連絡をした後、一番隊の各調査員に「アジトの場所は聞き出したので、各自二番隊と三番隊の応援に回ってほしい」という旨のメールを同時送信した。


30分後、店に湊刑事が佐藤刑事や鑑識係数名を伴って到着した。俊作たちは一息つく間もなく道玄坂へ移動した。


ジャッカル男の言った廃ビルは、確かに道玄坂に存在するのだが、かなりわかりづらい所にあった。

地上3階建ての、さほど大きくない雑居ビルだったようだ。使わなくなってからそんなに時間が経過していないようにも感じられる。


湊の運転する覆面パトカーが、地下駐車場へと滑り込んできた。鑑識係の車もそれに続く。どうやら2台に分乗しているようだ。

俊作「黒い車はどこだ?」

ジャッカル男「車だぁ?」

俊作「秋池を拉致し、笹倉をはねた車だ。ここに隠してあんだろ?」

ジャッカル男は無言のまま、地下駐車場の奥を指差した。


ガラクタ置き場と化した駐車場に、シートを被った車が埋もれている。間違いない。

湊「あれだな? よし、ちゃっちゃと調べるぞ」

湊が先陣を切ってパトカーを降り、車に積もったガラクタをどかし始めた。俊作と佐藤刑事もそれに続く。


ホコリまみれになること約10分、捜しに捜したあの黒い自動車がついに姿を現した。

こんな所にあったのか。廃ビルの地下駐車場に隠しておいたのであれば、そう簡単には見つからない。


感傷に浸る間もなく、俊作たちはその車を調べ始める。

佐藤「右のヘッドライト付近がへこんでる。笹倉はここにぶつかったのか」

鑑識係は丁寧に指紋を採取している。


やがて、一人の鑑識係が湊に耳打ちをする。

鑑識係「これは、こちらで押収して更に詳しく調べる必要がありそうですね」

湊「そうだな。よし、レッカー車を呼ぶか」

湊が携帯電話を手にする。同時に、鑑識係が車から引き揚げていく。


半ば野ざらし状態となった車を、俊作は何気なく眺めていた。

俊作「ん?」

後部座席の上で、何やら黒光りしている小さな物体があるのを発見した。

俊作「何だ、ありゃ?」

俊作は、黒い物体に顔を近づけていった。


俊作「湊さん!」


佐藤刑事に今後の行動について指示している湊刑事を呼びつける俊作。

慌てて話を切り上げ、俊作のもとへと駆け寄る湊刑事。

湊「どうした?」

俊作「こんなもんが落ちてましたよ」

俊作は、ハンカチに包んだ黒い物体を湊に見せた。


それは、ボタンだった。裁縫で使われる、あのボタンだ。

直径は13mm~14mmほど。

湊「おおっと、見落としてたか」

湊は鑑識係を呼び寄せ、小さな黒いボタンを手渡した。


やがて、レッカー車が窮屈そうにボディを入り込ませながら道玄坂へやって来た。この狭い道路を、よくもここまで辿り着けたものだと俊作は思った。


湊は、隅っこでうなだれているジャッカル男の肩に手を置いた。

湊「さて、お前さんはこれから署で事情聴取に応じてもらうぞ」

ジャッカル男「好きにしろ。どうせ、すぐに戸川さんが解放してくれる」

湊「何だと?」

ジャッカル男「あの人はオレたちの保護者だ。あの人のおかげでオレたちはこの街で快適に過ごせるんだ」

湊「何が快適にだよ。お前らの悪行三昧は有名だぜ?」

ジャッカル男「証拠がねぇ。証拠があがらない限り、オレたちが悪人になることはない」

湊「……」

湊は、苦虫を噛み潰したような顔をした。その顔がおかしかったのか、ジャッカル男はべろりと舌を出し、挑発的な笑いを湊に突きつけた。それを横で見ていた俊作も、ジャッカル男の態度に不快感を露わにしていた。


すると、湊はジャッカル男の胸ぐらを左手で掴み、そのままその手を相手の喉元へ押しつけた。

ジャッカル男「ぐ…!」

不意に喉を圧迫され、息を詰まらせるジャッカル男。バランスを崩し、されるがままに背中から壁に叩きつけられる。俊作は止めに入らない。おそらく自分が湊の立場であっても同じことをしただろう。

ジャッカル男「お…おい、こんなことしてタダで済むと思ってるのか……! 戸川さんに暴力刑事だって訴えられるぞ……!」

湊は、あえてその言葉に対する返答をしなかった。

湊「秋池はどこだ」

低く、冷たい声でジャッカル男を問い詰める。

更に、湊と俊作が発する恐ろしいまでの殺気がジャッカル男を容赦なく襲う。

ジャッカル男は、一瞬にして反抗する気を喪失してしまった。

ジャッカル男「……知らねぇ」

絞り出すように答えるのがやっとだった。

俊作「あぁ? 知らねーだぁ?」

これでもかというぐらいに睨みをきかせる俊作。

ジャッカル男「ホントなんだよ! ホントに秋池の行方はわかんねーんだ!」

湊「何言ってんだ! 秋池はおめーらの仲間があの車を使って拉致したんだろうが!」

ジャッカル男「ああ、確かにそうだ。だけど、ヤツは逃げたんだよ! 見張り役が目を離した隙にな!」

湊「何だって?」

俊作「逃げた? どこへ?」

ジャッカル男「それがわかれば今吐いてるよ! 黒野さんや瀬高さんも捜してんだ」

湊「何てこった!」

俊作「おい、“源”にいる坂下ってヤツから聞いたんだが、黒野は秋池を“念のためにどこかで謹慎してもらおう”と考えてたらしいな。どうして秋池を謹慎させる必要があるんだ? 秋池が何か知ってるのか?」

ジャッカル男「……それは言えねぇ。言えばオレは黒野さんたちに殺される」

俊作「そうか。じゃあ、羽村佐知絵と黒野はどうだ?」

ジャッカル男「どういうことだ?」

俊作「あの2人はホントに仲のいいカップルかってことだ」

ジャッカル男「そ、そんなことオレが知るかよ。つき合いは順調だと思うけど」

俊作「羽村が前にキャバクラで働いてたことは知ってるな?」

ジャッカル男「あ、ああ」

俊作「あの女が店を辞める直前、“サム”って野郎が客として羽村とかなり親密に話し込んでたらしいんだけどよぉ、黒野はそのこと知ってんのか?」

ジャッカル男「……」

ジャッカル男は答えなかった。

俊作「これも返答なしか……怪しいな」

湊「よし、詳しくは署で聞こう」

ジャッカル男「無駄だと思うぜ。オレが任意同行されれば戸川さんがすぐに飛んで来る」


湊は、唐突に不敵な笑みを浮かべた。

そして、素早く懐から手錠を取り出し、ジャッカル男の両手にかけてしまった。


ジャッカル男「……?」

わけがわからず、自分の両手を見張るジャッカル男。

湊「住居不法侵入の現行犯でお前を逮捕する」

ジャッカル男「なっ、何だと!」

湊「任意で引っ張れば弁護士にくっついて来られる恐れがある。だが、お前を鴨川家へ不法侵入した罪で現行犯逮捕し、刑事事件として手続きすれば弁護士は簡単には手を出せねーだろ。お前の罪を軽くするために動かなきゃいけねーからな」

俊作「なるほど、考えましたね、湊さん」

湊「ふん、刑事の知恵だよ」

ジャッカル男「ふっ、ふざけんな! これは不当逮捕だ! 警察の横暴だ!」

湊「あ? 聞こえねーな。渋谷区の愚連隊御一行様がよ」


湊はジャッカル男の腕を掴むと、強引に自分たちが乗って来たパトカーまで引きずって行き、そのまま後部座席に無理矢理押し込んだ。そして、近くにいた佐藤刑事を呼びつける。

湊「佐藤! お前、こいつ連れて先に神宮前署へ戻ってろ!」

佐藤「え? 湊さんは一緒に戻らないんですか?」

湊「ああ。オレは柴田たちとここに残る。この近くにもう1件調べなきゃいけない場所があるんでな」

佐藤「そうですか、わかりました。でも、単独行動はなるべく控えたほうがいいっすよ。警察は組織捜査が信条ですから」

湊「ドラマみてーなこと言ってんじゃねぇ! 早く行け!」


佐藤刑事は、湊から逃げるようにアクセルペダルを踏んだ。既に駐車場を出ようとしているレッカー車の後を追い、パトカーは神宮前警察署へと戻って行った。


地下駐車場には、俊作と湊だけが残った。

湊「さて、行くか」

俊作「行くか…って、どこへ?」

湊「あれ? 鳴海から聞いてないのか? 例の“証拠写真”が手に入ったから、疑惑のラブホを調べに行くんだよ」

俊作「え? マジすか? 純のヤツ、オレに報告するの忘れやがったな」

湊「――この後鳴海たちと合流する。それまでは待機だ」


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