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53.伸子vs佐知絵

笹倉を病院へ送り届けた俊作と純。


帰宅後、俊作はこのことを藤堂部長と米本、そして伸子にも伝えた。

3人とも驚きの色を隠せないようだったが、特に伸子は俊作同様「バチが当たったのよ!」と一言付け加えていた。


翌朝、株式会社マグナム・コンピュータ営業部では急遽部全体での朝礼が開かれた。

何も事情を知らない社員たちは何事だろうと藤堂の周りに集まる。


藤堂が、重たそうに口を開く。

藤堂「おはようございます」

社員が一斉に「おはようございます」と挨拶を返す。

藤堂「えー、今みなさんにお集まりいただいたのは、急遽お知らせしたいことがあるためです。…実は昨夜、法人営業一課の笹倉課長が、帰宅途中事故に遭われて入院しました」

営業部にざわめきが起こる。


実は、俊作は藤堂に事実をありのまま伝えてはいたが、会社で発表することがあれば事故ということにしておいてほしいと頼んであった。


藤堂「幸い、命に別条はないそうですが、まだ意識も戻ってはいないようなので当分復帰は難しいかと思われます。つきましては、当分の間、法人営業一課の指揮は平尾課長代理にとっていただきたいと思います」

若干白髪交じりの、黒ぶち眼鏡をかけた中年男性が小さく頭を下げる。この男が平尾課長代理である。

藤堂「何かあれば私もサポートします。助けがほしい時は遠慮なく言ってください」

平尾「はい」

藤堂「えー、朝礼は以上です。今後の経過についてはわかり次第報告致します」


動揺を隠しきれない社員たちが各々の席へ散っていく中、伸子は羽村佐知絵の様子を何気なく横目で観察していた。

末広真智子と小声で何やら話している。おそらく笹倉のことを話しているのだろう。


各課ごとの朝礼も終わり、みんなが通常業務に入った。伸子もいつも通りパソコンに向かって入力作業を始めた。笹倉がいないので、不謹慎な話だろうが少しは気持ち的に仕事がやりやすい。


藤堂は、前日に伸子経由で受け取った「ハイパー・バイティング」を使って自分のパソコンへ侵入した者を洗い出していた。俊作からソフトを受け取った純がこっそり伸子に渡しておいたのだ。

USBメモリをコネクタにセットするだけで専用画面が立ち上がり、少しクリックするだけでインストールが始まる。極めて使いやすいソフトウェアである。

インストールが完了すると、いよいよ本格的にソフトを使うことができる。藤堂は、トップ画面に表示された「パソコン診断」をクリックした。

待つこと約1分。

「あなたのパソコンには悪意のあるユーザーが不正に侵入しています。このユーザーを特定し、二度とこのような不正アクセスができないようブロックをしますか?(※アクセスブロックを行うと、このユーザーに限らずいかなるユーザーもあなたのパソコンには侵入できなくなります)」というメッセージが記されたウィンドウが現れた。藤堂は、先のメッセージの後に「はい」と「いいえ」が表示されていたので、「はい」をクリックした。

すると、今度は「不正アクセスは犯罪です。このユーザーがあなたのパソコンでどのような違法行為を行ったか、そのレポートも作成しますか?」というメッセージウィンドウが表示された。当然、これも「はい」をクリック。


結果として、アクセス元は笹倉のパソコンで、メールボックスを覗き見されていたことがわかった。だが、大成へ送ったメールを消去したわけではなさそうだ。もしかしたら、メールの消去は笹倉が大成のパソコンへ侵入して行ったのかもしれない。もし仮に藤堂のパソコンでメールの消去を行ったのであれば、消去前に藤堂が気づくはずである。


藤堂はUSBメモリをパソコンから取り出すと、伸子を呼びつけて給湯室へ連れ出した。

藤堂「高根さん、このソフトを今すぐ米本くんの所へ持って行ってくれないか?」

伸子「は、はい。今ですか?」

藤堂「ああ。もしかしたら大成さんのパソコンも笹倉に覗き見されてる可能性がある」

伸子「え? …あ、もしかしてメールが消されたことですか?」

藤堂「そうだ。よく考えたらオレに気づかれないようにメールを消すなんてことは、大成さんのパソコンじゃないと無理なんだよ」

伸子「そうですね。わかりました。今すぐ人事部へ行ってきます!」

藤堂「すまん。頼んだよ」


藤堂の言った通りだった。

人事部でハイパー・バイティングを使用した結果、笹倉は米本だけではなく大成のパソコンにまで侵入していたことがわかった。

米本「まさか、部長のパソコンにまで……」

伸子「藤堂さんの読み通りね」

米本「しかし、恐ろしいソフトだな。こうやって気づかれないうちに、しかも手軽に他人のパソコンに侵入できるなんて」

伸子「そうよね。早く柴ちゃんのパソコンも診断しないと」

米本「あいつのパソコンはまだ営業部に残ってるのか?」

伸子「ううん。総務部が持って行っちゃった」

米本「そうか。じゃあ、総務部にかけ合わないといけないな。藤堂さんに相談してみたらどうだ?」

伸子「うーん、そうだね。そうしてみる」


伸子は、いったん営業部に戻ることにした。


エレベータを降りて自分の席に戻る途中、給湯室のほうから佐知絵の声が聞こえてきた。真智子や秋葉梨乃と会話をしているようだ。

伸子の足は、自然とそちらへ向いていた。何故か、会話の内容を確かめないといけないような気がしたようだ。


真智子「笹倉課長が事故に遭ったって、何が遭ったんだろうねぇ」

佐知絵「なんか、車にはねられたらしいよ」

真智子「えーっ!? はねられた?」

梨乃「ひき逃げ……?」

佐知絵「たぶんね」

梨乃「えぇ~……」

佐知絵「もしかしたら、柴田さんがやったのかもね」

梨乃「柴田さん?」

佐知絵「クビにされた逆恨みってことよ。ありえない話じゃないでしょ?」

梨乃「まさかねぇ……」

真智子「いくらなんでも……」


伸子「ちょっと、羽村さん!」

伸子はたまらず給湯室内へ怒鳴り込んだ。

佐知絵たちは目を丸くしている。

伸子「ひき逃げなんて、柴田くんがそんなことするはずない!」

佐知絵「やだなぁ高根さん、冗談ですよ」

伸子「冗談にしたって、言っていいことと悪いことがあるでしょ! どうしてそこまで彼を悪者扱いするの!?」

佐知絵「実際、あたしは柴田さんからセクハラされてるんですよ? セクハラが悪事じゃないっていうんですか?」

伸子「そういうことじゃない! 何で柴田くんがセクハラをしたって言い切れるのよ?」

佐知絵「あたし被害者なんですけど。ちゃんとした証拠もありますし」

伸子「どうせ捏造したモノでしょ? あたしには信じられないわ。あたしだけじゃない。ウチら柴田くんと同期のみんなだって信じてないよ」

佐知絵「どういうことですか、捏造って? どうしてそう言い切れるんですか?」

伸子「だって、本人が否定してるんだもん。聞くところによれば、その証拠は柴田くんがあなたをホテルに連れ込もうとした場面を撮った写真だったそうね。だけど、彼は一切そんなことはしてないって言ってた」

佐知絵「ハッ、何を言ってるんですか。それは柴田さんの言い逃れにすぎませんよ。もっと客観的な視点で捉えたらどうなんですか?」

伸子「そんなこと言うんだったら、あなたこそ周りの意見に耳を傾けてみなさいよ! 今回の事件で“彼がセクハラしそうな人物だった”なんて言う人は誰一人としていなかったはずよ!」

佐知絵「“人は見かけによらない”って昔から言うでしょ? あの人にはそんな一面もあったってことですよ」

伸子「ウソよ! 本人が否定してる以上、絶対ウソなのよ! 第一、柴田くんに裏表なんかないもん」

佐知絵「困りましたね……いい歳して事実を受け入れられないなんて」

この言葉に、さすがの伸子もカチンときたようだった。

伸子「何よ! 事実じゃないから言ってるんでしょ! だいたい、あなただって素性のよろしくない人とつき合ってるらしいじゃない! そんな人が、よく“人は見かけによらない”なんて言えるわね!」

佐知絵「何ですって?」

伸子「聞いたわ。あなたの彼氏、不良グループのリーダーなんだってね。それも、相当悪さして街の人たちを困らせてるって話じゃないの」

この言葉に、真智子と梨乃は再び驚いてしまう。

佐知絵「黒野くんを悪く言わないで! 彼はいろんな人に慕われてるのよ!」

伸子「じゃあ、あなたもこれ以上柴田くんを悪者扱いしないでくれる?」

佐知絵「どうしてそこまで柴田さんを庇うんですか? もしかして好きなんですか?」

伸子「なっ、何言ってんの!? そんなんじゃないわよ!」

佐知絵「じゃあ何なんですか?」

伸子「それは――」


会田「おい、やめろ!」

騒ぎを聞きつけた会田が止めに入る。

会田「2人とも、仕事中だぞ! 言い争うのはやめろよ!」

佐知絵「高根さんが変な言いがかり付けるから悪いんですよ」

伸子「羽村さんだって柴田くんを悪者扱いしたじゃない!」

会田「だからよせって! 高根さん、柴田の人柄はオレたちがよくわかってる。あいつがどんな言われ方されようが、オレたちの見る目は変わらない。そうだろ?」

伸子「そうですけど……ここまで悪く言われると、なんだか彼がかわいそうで……」

うっすらと、伸子の目に涙が浮かぶ。おそらく、悔しさも入り混じっているのだろう。

会田「……羽村さんも言い過ぎだ。あんまり被害者ヅラしないほうがいい。キミだって人に言いたくない秘密の一つや二つぐらいあるんじゃないのか?」

佐知絵「う……」

思わず、佐知絵が口をつぐんだ。

会田「よし! わかったなら仕事に戻るんだ!」


昼休み、藤堂が伸子を昼食に誘い出した。先程の騒動で精神的ダメージを負った伸子を気遣ってこのことだった。

藤堂「さっきは大変だったな」

近所の定食屋へ向かう途中、藤堂が先程の騒動について話を切り出した。

伸子「……はい」

藤堂「あの子が柴田の悪口を言うなんてなぁ。ついに本性を現してきたってとこか」

伸子「部長、あたし悔しいです。どうして無実であるはずの柴田くんがあんなにまで悪者扱いされないといけないんですか?」

藤堂「そうだよなぁ。それについてはオレも納得がいかん。あの子は前から柴田を嫌ってたのか?」

伸子「いえ、それはないと思います。ちょっと前までは仲良く話してましたし」

藤堂「うーん……不可解だなぁ」

伸子「あ、ところでパソコンのことなんですけど……」

藤堂「パソコン?」

伸子「ほら、エクストラ・マジシャンの対策ソフトですよ」

藤堂「あ、ああ、あれか。米本くんには渡してくれたんだよね?」

伸子「ええ。それで、残るは柴田くんが使ってた端末だけです。あれは総務部が持って行っちゃいましたよね?」

藤堂「そうだったな。じゃあ、総務部に使わせてもらえるよう頼まないといけないか」

伸子「そうですね」

藤堂「じゃあ、オレから総務部長に頼んどくから、パソコン診るのは高根さんにお願いしてもいいかな?」

伸子「いいですよ」


「あのぉ~……」


背後から、伸子と藤堂に声をかける者がいた。


秋葉梨乃だった。

佐知絵や真智子はいない。


伸子「あ、秋葉さん? どうしたの?」

梨乃「あ、あの、あたしもランチにご一緒してもよろしいですか?」

梨乃は堅苦しそうに言った。

伸子「え? あ、うん、いいけど、何でそんなに改まってるの?」

梨乃「いやぁ、あたし、佐知絵と仲がいいじゃないですか。それに、さっきあんなことがあったから話しかけづらくて……」

伸子「そりゃそうだよねぇ。でも、こんなこと聞くのもアレだけど、何であたしとお昼食べようと思ったの?」

梨乃「佐知絵のことで聞きたいことがあるんです。高根さん、頑なに柴田さんが無実だって主張してたから、なんか気になっちゃって……」

伸子「……」

藤堂「よし、わかった! 続きは店に着いてから聞こう!」


定食屋に到着した伸子たち。奥のお座敷に案内され、注文を済ます。

お冷を一口飲んだ藤堂が、先程の話の続きを切り出した。

藤堂「秋葉さん、羽村さんのことで聞きたいことがあるってのは?」

梨乃も、お冷を少し口にした。

梨乃「…佐知絵は、ホントに被害者なんでしょうか?」

藤堂「…え?」

梨乃「セクハラ騒動があったというのに、あの子全然精神的に落ち込んだ様子がないんです。初めは気丈に振舞ってるだけなのかなって思ったんですけど、だんだんそうは思えなくなってきて……。今日の午前中もあんな笑えない冗談を言うし、彼氏は怖そうな人だし、ここ何日かの佐知絵はどこか変なんです。なんか、入社の頃から知ってる佐知絵じゃないみたいで……」

伸子「…それで、羽村さんがホントに被害者なのかどうかもわからなくなっちゃったのね?」

梨乃「……はい」


意外だった。

佐知絵の身近にこのような思いを抱く人間がいようとは。

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