49.バイティング・ダイバー株式会社
ミィは、俊作の眼光に気圧されてしまっていた。
ウソは通用しない――。
彼女は本能でそう感じ取っていた。
ミィ「4月頃だったと思います。2人で来店されました」
ミィは、笹倉の写真を指差して続けた。
ミィ「この笹倉さんという方はそれ以前にも何度か来たことがあったので覚えてるんですが、もう1人の……確か大成さんだったかな……この方は初めてでした」
俊作「笹倉は何度か来てたのか? いつも誰を指名してた?」
ミィ「もう辞めちゃった子です」
俊作「何て名前だ?」
ミィ「……佐知絵」
俊作「――!」
普段佐知絵が接客していたのは笹倉だった?
ミィ「でも、あの日だけはあたしが笹倉さんに指名されて、佐知絵が大成さんについてましたね」
俊作「どうしてだ?」
ミィ「わかりません……」
俊作「…ところで、大成さんはそれ以降何度か店には来たのか?」
ミィ「いいえ。あの日だけでした」
俊作「それにしては記憶力がいいな。名刺でももらったのか?」
ミィ「いえ、もらってませんけど……」
俊作「“もらってませんけど”…?」
ミィ「実は、佐知絵から笹倉さんと大成さんが来ることを聞かされてたんです。佐知絵からは“一緒に接客してほしい。大事な知り合いだから2軒目までつき合って”って言われて……」
純「2軒目まで……」
俊作(なるほど、大成さんの言うとおり、ハナから罠にはめるつもりだったんだな)
純「2軒目はどこで飲んだ?」
ミィ「確か、渋谷道玄坂の“源”ってお店でした。なんでも、佐知絵の彼氏の後輩が働いてるお店だっていうんで割引がきくみたいで」
俊作「――!」
佐知絵の彼氏の後輩だと?
黒野の後輩……たぶんロック・ボトムの誰かだろう。
そのような人物があの店にいたというのか?
俊作には、なんとなくだがその人物に心当たりがあった。
ここを出たら次は「源」へ行こう。彼はそう思っていた。
純「ちなみに、その後輩ってヤツの名前はわかるか?」
ミィ「えっと…確か坂下って呼ばれてました」
純「坂下…ね」
俊作「それで、そこで飲んだ後はどうした?」
ミィ「あたしはそこで帰りました。ただ、大成さんは途中で酔い潰れて寝ちゃったんで笹倉さんに介抱されていたみたいでしたけど」
俊作「なるほどな……。ところで、佐知絵って子に、以前妙な客が来てたらしいな。それについては何か知ってるのか?」
ミィ「あぁ、あの人ですか。“サム”というあだ名以外詳しいことはわかりません…」
俊作「“サム”……日本人じゃないみたいだな」
どうやらこの女はこれ以上のことは知らないようだ。
俊作と純は早々にフェアリー・ナイトを出て、渋谷の「源」へと向かった。
坂下――おそらくあいつだ。
「源」に到着し、坂下を呼び出す俊作と純。
出てきたのは、前日に俊作とヒナコが訪れた際に秋池を呼んできてくれた、あの愛想の悪い男性店員だった。
思った通りだ。俊作は心の中で小さくガッツポーズをした。
俊作がどうして彼を坂下だと踏んだのかというと、秋池のことを尋ねた際にわずかながら動揺の色を見せたからだった。普通は変に動揺したりしないはずである。
俊作「お前か、坂下ってのは」
坂下「何ですか?」
先程、キャバクラでミィにしたように、俊作は笹倉と大成の写真を坂下に突きつけた。
俊作「この2人と、羽村佐知絵とミィってキャバ嬢が、4月頃にこの店へ来たな?」
坂下「知りません」
機械的に切り返す坂下。しかし俊作は、ミィの時以上に鋭い目つきで坂下を睨みつけた。
俊作「しらばっくれんなよ。ネタはあがってんだ」
じっと坂下の目を睨み続ける俊作。初めのうちは知らんぷりを決め込んでいた坂下も、次第に目が泳いでくるようになってきた。
すかさず、俊作が再度尋ねる。
俊作「もう一度聞くぞ。この写真の2人と、羽村佐知絵とミィってキャバ嬢が、4月頃にこの店へ来たな?」
坂下「……はい、来ましたよ」
俊作「ミィって子の話にあった、羽村の彼氏の後輩ってのはお前のことだな?」
坂下「そ、そうです」
俊作「羽村の彼氏は黒野で間違いないな?」
坂下「はい」
俊作「じゃあ、お前はロック・ボトムの一員だな?」
坂下「……そういうことになりますかね」
俊作は大成の写真を指差した。
俊作「この大成さんって人はな、この店で飲んでたら急に眠くなって眠っちまったんだってよ。ミィって子は酔い潰れて眠ったと思ったらしいがな。次に大成さんが目覚めたのはホテルの一室で、黒野や戸川って弁護士、もう片方の写真の笹倉って男に囲まれてたそうだ」
坂下「それが何か?」
俊作「だからしらばっくれんなっつったろ。知ってることを話せよ。オレにごまかしはきかねーぜ」
俊作は、静かに眼だけで殺気をぶつけにいった。思わず、ゴクリと唾を呑む坂下。
坂下「……く…黒野さんの指示で、大成って人の酒に睡眠薬を混ぜました」
俊作「何のために?」
坂下「……ある計画に協力させるため…です」
俊作「その計画ってのは何だ?」
坂下「笹倉さんの会社にいる、邪魔な部下を追い出す計画……」
俊作「邪魔な部下か…。そりゃ、誰のことだ?」
坂下はアゴを俊作の方へとしゃくった。
坂下「柴田さん、あんただ」
ロック・ボトムの一員なら自分の名前を知っていても不自然ではない。俊作は特別驚くことはなかった。
俊作「首謀者は誰だ? 笹倉か?」
坂下「…たぶん」
純「たぶん?」
ここで、初めて純が口を開く。坂下は慌てるようにして純に向き直る。
坂下「そこまでは聞かされてないんです。ただ、笹倉さんや黒野さん、佐知絵さんが中心になって動いてるのは間違いないかと……」
純「なるほどな……」
俊作「よし、じゃあ質問を変える。オレが昨日秋池に会うためにここへ来たのは覚えてるな?」
坂下「はい」
俊作「その後、オレは羽村の家の近所へ行ったんだが黒野に後をつけられてた。これは、誰かがオレの行動を逐一監視してないと尾行は不可能だよな?」
坂下「……」
俊作「お前、オレが昨日ここへ来たことを黒野に連絡したな?」
坂下「…………はい」
俊作「そして、秋池を早退させたのもお前だな?」
坂下「…オレが帰らせたわけじゃないんですけど」
純「じゃあ何だってんだ? 黒野の指示か?」
坂下「ええ……そうです」
俊作「その時ヤツは何て言ってた?」
坂下「“念のためしばらくどこかで謹慎してもらう”って言ってました」
純「謹慎……」
俊作「…秋池をどこに連れて行った?」
坂下「わかりません。黒野さんは教えてくれませんでした」
俊作「そうか…。じゃあ、秋池がクラブを営業停止に追い込まれた経緯については知ってるか?」
坂下「よくは知らないけど……確かクラブで出された酒に異物が混入されてたとか何とかでもめてたような……」
俊作「この店で働き出した経緯については?」
坂下「黒野さんの依頼です。ちょうど、個人的にオレがここの店長と親しかったから……」
純「具体的には何て頼まれた?」
坂下「“オレらに粗相をしたが、更生のためだ”って言ってましたね」
純「更生……」
俊作「……」
坂下「あの、このこと、オレが言ったって黒野さんには言わないでもらえますか?」
純「え?」
俊作も純も、一瞬目をぱちくりさせた。
だが、その言葉の裏側をすぐに悟ったようだった。
俊作「怖いんだろ? ホントは黒野に嫌々従ってるんじゃないのか? ロック・ボトムの一員だってわりには素直にしゃべってくれたもんな」
坂下「……」
坂下は答えなかった。
俊作「まぁいいさ。でもよ、我慢は体に毒だぜ。会社じゃあねーんだ。一緒にいても楽しくねーヤツとはつるまねー方がいいと思うけどな」
坂下「…甘いよ。あんたは、あの人の怖さを知らないからそんなことが言えるんだ」
俊作「はっ、そうかい、上等だぜ。じゃあ、その怖さってのを見せてもらおうじゃねーかよ」
俊作は不敵な笑みを浮かべた。
この聞き込みで一つわかったことは、秋池がこの事件の鍵を握っている可能性が高いということ。しかし、その秋池は現在行方不明だ。いち早く彼を見つけ出す必要がある(…とはいえ、ここは情報屋に頼るしかなさそうなのだが)。
翌日の午前10時。
ビジネススーツに身を包んだ俊作は池袋のバイティング・ダイバーにやって来ていた。
社長の石原に会うためだ。
バイティング・ダイバー株式会社は、池袋駅東口を出て、明治通りと国道254号線が交わる交差点の近くに建つ小さなビルの2階にある。来る途中、ギターやベースを担いで歩く若者と何度もすれ違った。会社の近くに楽器屋か音楽スタジオでもあるのだろう。
ビルは、少々古ぼけている感じだ。築20年は経過しているだろうか。ありきたりな、ごく普通な見た目のドアをノックした後で静かに開ける。すると、目の前にいきなり大きめなパーテーションが現れる。そのパーテーションの前に電話の置かれた小さな机が設けられている。
「御用の方は、内線524を押してください」
電話の脇に、そのような貼り紙があった。俊作はその通りプッシュホンを押し、内線電話で受付に繋ぐ。
30秒ほど待つと、奥からボブカットの女性が姿を現す。身の丈は160㎝ほどあるだろうか。太っているわけではないが、やや骨太な体系である。
女性「柴田さんですね? お待ちしておりました。応接室へどうぞ」
言われるがまま、俊作は奥の応接室へと案内された。入口とは違い、応接室はしっかりとした壁で区切られている。
上座のソファーに通された俊作。やがて、社長の石原が入室してくる。
石原「どうも、石原です」
俊作は、「石原」という名前から勝手に現在テレビで活躍中の、天気予報もできる某俳優をイメージしてしまっていた。だが、実際の石原社長はさほど大柄でもなく、むしろ大学助教授役の似合う某俳優に近いルックスだった。ただし、見た目だけで年齢を判断すればまだ若い。30代前半といった感じか。
自己紹介もそこそこに、俊作は話を切り出した。
石原は、三田村の時と同様に身を乗り出して俊作の話に聞き入っている。
俊作が全て話し終えると、石原は小さく唸った。
石原「そうですか……あなたもエクストラ・マジシャンの被害者だったんですね」
俊作「私だけではありません。身の回りで同様の被害に遭った者が何人かいます。早急に策を打たねばなりません」
石原「……」
石原は、黙って俊作の目を見据えているようだった。
やがてスッと立ち上がり、クルリとドアの方向へ踵を返した。
石原「少々お待ち下さい。今対策用ソフトをお持ちしますので」
俊作「え? 対策用ソフトですか?」
石原「まだ発売前なんですが、つい先日最新バージョンが完成したばかりなんですよ」
なんというタイミングの良さだろう。俊作は心からそう思った。
数分後、石原社長がUSBメモリを3つほど持って戻って来た。
石原「このUSBメモリの中に対策用ソフト“ハイパー・バイティング”が入っています。このメモリ1個でパソコン5台までインストールすることが可能です」
俊作「5台まで……」
石原「これがあれば、エクストラ・マジシャンの駆除やアクセスブロックはもちろん、アクセスしてきた端末の割り出しやいじくられた内容まで解析することができるんです」
俊作「すごいですね!」
石原「ただし、駆除をしたりアクセスしてきた端末の割り出しやいじくられた内容まで解析することができるのは、実際にエクストラ・マジシャンに感染したパソコンだけです。ハイパー・バイティングはエクストラ・マジシャンのデジタル信号を逆に利用して相手のパソコンに乗り込んでいきますからね。そうでないパソコンはアクセスブロックしかできません」
俊作「はぁ~……なるほど。まるでクロスカウンターというか、真剣白羽取りというか」
USBメモリを手に取りながら、俊作は多大な関心を寄せていた。
石原「…まぁ、そんなところでしょうかね」
少し照れ臭そうに石原は言った。
俊作「これ、お値段はおいくらなんですか?」
石原「いや、お金はいりません。それはまだ発売前のモノだし、厳正な動作検証を済ませたとはいえ実際どのような効果があるのかもわかりません。それに、柴田さんの目を見れば、絶対に悪用しないことがすぐにわかりますよ」
俊作「あ、いや、そ、そうですか」
今度は俊作が照れ臭くなってしまった。
石原「一刻でも早くそれらを使って、会社に蔓延るエクストラ・マジシャンの殲滅にあたってください」
俊作「あっ、ありがとうございます!」
俊作は深々と頭を下げた。
石原「――ただし!」
俊作「?」
石原「条件が一つあります」
俊作は思わず一度下げた頭を素早く元の高さまで引き上げた。
俊作「条件……と言いますと?」
石原「柴田さん、あなたはお辞めになったとはいえマグナム・コンピュータの方ですよね?」
俊作「あ、え、ええ、そうですね」
質問の意図が分からず、俊作はつかえながら答えた。
石原「マグナム・コンピュータにお勤めで、会わせてほしい方がいるんです」
俊作「はぁ…。それは誰です?」
一旦、石原は視線を伏せて、それからまた俊作に向けた。
石原「高根伸子さん……という方なんですが、ご存知ですか?」
俊作「……え?」




