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48.伸子ホストクラブへ行く

俊作たちが大成を捕まえるより少し前、伸子とヒナコは歌舞伎町にある、黒野がかつて勤務していたというホストクラブの近くまで来ていた。


店の名前は「サンバ・テンペラード」。

派手すぎない外観だが、どこか上品で気品高さを感じさせる。


伸子とヒナコは、一旦店近くのカフェに入った。


伸子「あそこね…」

ヒナコ「…ええ」

伸子は少し緊張しているようだ。先程から軽く深呼吸を繰り返している。

ヒナコ「高根さん、もしかして緊張してます?」

伸子「はい。だってホストクラブって初めてなんですもの。鴨川さんは?」

ヒナコ「キャバクラにいた頃、仕事あがりにつき合いで何度か行ったことがあるだけですよ。でも、あたしにはそんなに楽しい所だとは思えませんでした」

伸子「そうなんだ……」

ヒナコ「いや、あくまで個人的な意見ですよ? でも、これをきっかけにハマるのだけは気をつけたほうがいいと思います」

伸子「あぁ、ホストにハマりすぎて借金作っちゃう子がいるみたいですからね。あたしは大丈夫だと思いますよ……たぶん(笑)」

ヒナコ「たぶん…って、自信ないんですかぁ~?(笑)」

互いに笑い合う伸子とヒナコ。出会って間もない両者だが、少し打ち解けたようだ。

伸子「じゃあ、そろそろ行きましょうか」

ヒナコ「はい。店へ行く前に確認しましょう。この聞き込みはそれぞれ別行動で、取材役と記録役に分かれます。高根さんはどちらをやりたいですか?」

伸子「うーん…どっちでもいいんで、鴨川さんから好きなほうを選んでいいですよ」

ヒナコ「いいんですか? じゃあ、あたしが記録役をやります。先に店へ入って待機してます。なるべくあたしに近い席へ通してもらってくださいね」

伸子「わかりました。少し間をおいてから行きます」

伸子とヒナコはカフェを出た。


ヒナコが先に店内へ入っていく。

席へ案内されると、バックに忍ばせてある、創から借りた高性能ICレコーダーのスイッチを周囲の目を盗みながらオンにした。


約5分後、伸子が入店。

ちょうどヒナコとはす向かいの席に通される。この位置ならICレコーダーで会話を録音することができる。

ヒナコは、横目で伸子の様子を確認しつつホストとの会話を楽しんだ。


一方、ホストクラブ初体験の伸子も、なんとかホストとの会話に順応していっているようだ。

伸子についたホストは「シュウ」と名乗った。年齢は伸子よりも1歳上らしいが、童顔でさほど上背もないせいか、逆に若く見える。

シュウ「へぇ、シンコちゃんはこういう所初めてなんだ?」

伸子は、念のため「シンコ」という偽名を使っていた。ただ単純に「伸子」の「伸」を音読みに読み換えただけなのだが。

伸子「そうなの。だから緊張しちゃって」

シュウ「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。楽しく飲もう」

伸子「ふふふ、そうだね」

シュウ「でもさぁ、初めてなのに1人で来るなんて勇気あるよね。何かあったの?」

伸子「……秘密!」

シュウ「えぇ? 何それ?」

伸子「うふふ。さ、飲もう!」

シュウ「そういう、ちょっとミステリアスな感じの子って、嫌いじゃないなぁ」

シュウのリードで、伸子の緊張は次第に和らいでいった。


1時間ほど経過した頃、ヘルプのホストが伸子の席に着く。シュウと同い年だという、リハクという名のホストだった。こちらは逆に実年齢より少し上に見えた。体格も良く、とてもホストに似つかわしくないくらい無骨な顔つきだったからだ。

シュウ「聞けよリハク、彼女、今までホストクラブに来たことなかったんだって」

リハク「マジ? でも、何で初めてなのに1人なの? 誰か付き添いは?」

伸子「いないよ。あたし1人」

シュウ「シンコちゃん、そういえばさっきも1人で来た訳を言わなかったよね。やっぱり気になっちゃうなぁ。よかったら話してくれないかな?」

伸子「…いいよ。シュウくん優しいから話してあげる」

シュウ「ホント? でも、イヤだったら話さなくていいからね」

伸子「ううん、大丈夫。ちょっと真面目な話だけどいい?」

真剣な面持ちで、伸子はシュウを見つめた。

シュウ「いいよ。何でも話して」

そんな伸子の気持ちが伝わったのか、シュウもこれまでとは表情を一変させ、伸子の話がよく聞こえるよう顔をより近づけた。

伸子「実はね、人を捜しに来たの」

シュウ「この店に? どんな人だい?」

伸子「……友達の元彼」

リハク「友達の? キミのじゃないんだ?」

伸子「うん。だってね、話を聞けばその元彼って酷いんだよ? 初めのうちは友達を束縛するぐらいの勢いだったのに、自分は陰でキャバクラ通いして、挙句にはあっさりそこの店の女に乗り換えちゃうんだから」

シュウ「それは酷いなぁ。それで、その元彼がこの店にいるんだね?」

伸子「そうなの。会って一発引っ叩いてやりたくて。あまりにも友達がかわいそうなんだもん……」

伸子はうつむき、思いつめているような様子を演出した。

シュウ「シンコちゃん、キミはすげー友達想いなんだね。でも、さすがに引っ叩くのはマズイから、代わりにオレが説教しとくよ。それでいいかな?」

伸子「……うん」

シュウ「そいつの名前とかわかる?」

伸子「確か、黒野って言ってた」

シュウとリハクの顔が、一瞬にして強張る。

リハク「……あ、あいつか……」

伸子「いるんでしょ?」

シュウ「……ごめんねシンコちゃん。その黒野ってヤツ、確かにこの店で働いてたけどだいぶ前に辞めちゃったんだよ」

伸子「えっ? い、いつ?」

黒野が辞めた時期については既に知ってはいるが、ここは知らないふりをする。

シュウ「もう1年ぐらい前だよ」

伸子「そうだったんだ……。じゃあ、あの子、半年ぐらいウソをつかれてたんだ……」

リハク「半年もウソを?」

伸子「うん。別れたのが半年ぐらい前だったから……」

シュウ「おいおい、あいつそんなに酷いことをしてたの?」

伸子「そうなの。もう、聞いてるこっちまで頭にきちゃったわよ」

シュウ「そりゃそうだよ。だけど、あいつにはあまり関わらないほうがいいよ」

伸子「どうして?」

シュウ「あいつ、とんでもない乱暴者で原宿辺りの不良グループのアタマらしいんだ。そのせいかどうかわからないけど、ここで働いてた時もトラブルが多くてね」

リハク「そうそう。黒野は金と女にだらしない男でさ。金や女絡みのいざこざが多かったよ」

伸子「じゃあ、辞めたのも金銭トラブルか女性問題で……?」

リハク「いや、辞めたのは他店とのトラブルが理由だよ。まぁ、女絡みってのは半分あたってるかな」

伸子「え?」

シュウ「ゴールデン街の方に“ファニー・ウォーク”ってホストクラブがあるんだけど、1年前に黒野がそこの常連客を無理矢理横取りしようとしてトラブルになったんだ。その時黒野がお抱えの不良グループを指揮して相手のホストを袋叩きにしちゃって。そのホストは全治3カ月の大ケガさ」

伸子「ウソォ……」

リハク「当然向こうのオーナーが怒鳴り込んできて、“警察へ届けるぞ!”ってウチのオーナーに詰め寄ったよ」

シュウ「しかし、そこへ黒野の弁護を引き受けた弁護士が仲裁に入って、なんと示談にしちまったのよ」

伸子「示談に?」

シュウ「ああ。黒野は逮捕されなかったけど、さすがにこれ以上ここで勤めるわけにはいかなくなったんだろうな。それから程なくして辞めたよ」

伸子「そう……で、今は何をやってるの?」

シュウ「なんか、聞いたところによると、もめた時に弁護してくれた弁護士の勧めでパソコン関係の仕事をやってるらしいけど、詳しくはわかんない」

リハク「しかし、あの弁護士もある意味すごかったよな。いったいどんな手ェ使ったのかな」

シュウ「ああ。あの人何て名前だったっけ。トダとかトガワとかいったっけ」

リハク「そうそう、確かそんな名前だった」


トガワ?


――戸川のことか?


シュウ「シンコちゃん、黒野はとにかく危ないよ。それでも友達のために一言物申したい? スッパリ割り切って新しい恋をするのも一つの道だよ?」

伸子「…そうね。とりあえず今シュウくんが話してくれたことは友達にも伝えとくね」

シュウ「うん。それがいいよ」

伸子「ごめんね、こんな重い話しちゃって」

シュウ「いいんだよ。気にしないで。さぁ、飲み直そう!」


伸子とヒナコが店を出たのは、入店から約2時間後のことであった。

ことのほか、ホストたちはすんなりと黒野の情報を教えてくれた。やはり、仲間のホストからも忌み嫌われた存在だったのだろう。


伸子「上手く録音できましたか?」

ヒナコ「大丈夫だと思いますよ。後で黒木さんに頼んで音声データに変換してもらいましょう」


解散すべく新宿駅へ向かう途中、ドン・キ・ホーテの辺りでフェアリー・ナイトへ聞きこみ調査に行っていた創と偶然にも帰り道が一緒になった。


創「鴨川さん、ちゃんと裏付け取ってきましたよ。やっぱ羽村佐知絵って子は相当性格の悪い女だったみたいですね」

ヒナコ「でしょう? しかも大半の人間がそれに気づかないんだから、たいした役者ですよ」

創「それと、羽村が店を辞めた理由まで聞くことができました」

ヒナコ「あぁ、佐知絵は確かあたしが店を辞めてからすぐに辞めたって聞きましたけど……」

創「そう。彼女が店を辞めたのは今年のゴールデンウィーク前のこと。なんでも、鴨川さんとのトラブルの責任をとって辞めていったそうですよ」

ヒナコ「あたしとのトラブル?」

創「建前ですよ。アコちゃん(※この日創が聞き込みを行ったキャバ嬢の名前)も言ってましたけど、鴨川さんが店を辞めて、陰で“せいせいした”って言ってたのがいきなり“トラブルの責任をとる”って言い出したもんだからすごく不自然だって」

伸子「…わけわかんないね。何か裏でもあるのかな?」

創「もしかしたら、“鴨川さんの呪い”じゃないかって噂されてますよ」

ヒナコ「え? あたしの?」

創「鴨川さんが辞めた直後から、妙な客が来店するようになったとか。身なりはそこら辺のサラリーマンと変わらないが、常に羽村を指名してきては2人で真剣そうな話をしてたみたいです。チラホラ金の話も聞こえたとか。それから程なくして羽村は店を辞めた……。だから、店の子たちは鴨川さんが何者かに依頼して、トラブルのことをネタに羽村を強請ゆすったんじゃないかって噂してるみたいなんです」

ヒナコ「冗談じゃないですよ! あたしがそんな犯罪行為するはずないじゃないですか!」

創「それはアコちゃんもわかってます。噂してるのは、もともと羽村と仲の良かったキャバ嬢たちです」

ヒナコ「……まぁ、アコちゃんがわかってくれてるならとりあえずは安心だわ」

伸子「だけど、“妙な客”っていうのが気になるわね。誰なんだろう?」

創「アコちゃんはそいつに接客しなかったからよくわからないらしいけど、羽村が店を辞めたらぱったりと来なくなったらしい」

伸子「怪しいなぁ……」

創「これはオレが何度か店に通って情報を聞き出しとくよ」


その時、創の携帯電話に、俊作から着信が入る。

大成逮捕までの経緯を報告するためだ。

創は、俊作とこれまでの調査状況を互いに報告し合った。


創「――なるほど、笹倉もあの店に行ったことがあったんだな」

俊作『ああ。大成さんをはめるためにな。しかも店に協力者っぽいのがいやがった』

創「その女に詳しく話を聞く必要がありそうだな」

俊作『ああ。じゃあ、今度はオレがキャバクラへ行って話を聞いてくるよ』

創「ホント? そうしてくれると助かるよ。オレは今さっき行ってきたばかりだから、そう何度も行けねーしな」

俊作『OK。羽村を指名した“妙な客”ってのも気になるしな』

創「頼む」


それから約30分後、歌舞伎町のフェアリー・ナイトではアコを待つ俊作と純の姿があった。

席に着いたアコに俊作が事情を話すと、彼女は近くにいたボーイに耳打ちをし始めた。

アコ「待っててね。今その子を呼んでもらったから」


しばらくすると、小柄で童顔だがバストの大きなキャバクラ嬢がやって来た。

いわゆる「ロリコン系」という手合いの女性だろう。

彼女は、ミィと名乗った。ミィは、その外見通りかわいらしいしゃべり方が特徴だ。


ミィ「今日はぁ、お仕事帰りなんですかぁ~?」

正直、こういったタイプは俊作にとって最も苦手な部類だった。とっとと必要な話だけ済ませて店を出よう。彼はそう思った。

俊作「あんたに聞きたいことがあって来た」

ミィ「えぇ?」

俊作は、笹倉と大成の写真をミィの目の前に提示した。

ミィの表情が、ほんの一瞬だけ心当たりのありそうな感じに映った。

俊作は、それを見逃さなかった。

俊作「この2人に見覚えがあるな?」

ミィの目をじっと見据えながら俊作が言う。

言葉もなく、ミィは首を縦に2~3回振った。


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