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37.秋池の目は語る

秋池に会うため「源」を訪れた俊作とヒナコだが…

「源」に入店する俊作とヒナコ。


店内をさらりと見渡す。


秋池の姿は見えない。

キッチンにでもいるのだろう。


俊作とヒナコは、テーブル席に案内された。

幸運なことに、店内のほぼ全体が見渡せる角の席だ。


なお、任務中につきアルコールの類は注文しない。


そわそわしているヒナコに、俊作が小声で注意を促す。

俊作「くれぐれもあからさまに秋池さんを探すような仕草はやめてくださいね。しばらく様子を見て、それでも見当たらないようなら店員に頼んで呼んでもらいますから」

ヒナコ「はい」

俊作「まぁ、この席はちょうど店のほぼ全体を見渡せる位置にあることだし、普通に食事するふりでもしてれば視界に入るかもしれませんね」

ヒナコ「そうだといいですね…」

そう答えるヒナコの声は、やはり落ち着いていない。とりあえずこのまま何もしないよう、俊作はヒナコに指示を出した。


しかし、いくら待てども秋池がホールに出てくる気配はない。


そんなに忙しいのだろうか?


ヒナコに比べて余裕の表情を見せていた俊作も、さすがに落ち着かなくなってきた。


俊作は、たまたま近くにいた男性店員をつかまえた。


俊作「あの…この店に秋池さんって方が働いてますよね?」

男性店員「え…はい」

男性店員は少し戸惑っているようだ。

俊作「自分ら秋池さんの知り合いなんですよ。彼がここで働いてるって聞いてきたもんで。ちょっと呼んできてもらえます?」

男性店員「あ……はい。少々お待ちください」


一旦キッチンへ引っ込んでいく店員を見て、俊作は「秋池について尋ねてほしくなかったのだろうか?」と直感的に思った。

男性店員の態度が、少し面倒くさそうに見受けられたからだ。


しかしながら、そんな俊作の直感とは裏腹に、秋池がキッチンから周囲をキョロキョロと見回しながら姿を現した。


ヒナコ「秋池さん!」


不可抗力だった。


俊作が止めるより前に、ヒナコが秋池の方向に体を向けて、嬉しそうに手を振っていた。



俊作は、神宮前警察署を出て板橋の事務所へ戻った時のことを思い出していた。


どこからともなくロック・ボトムの構成員と思しき連中が現れ、俊作の後をつけてきた。


ここは渋谷の道玄坂。

連中のテリトリー内だ。どこで見ているかわからない。

目立つ行動をとれば、一緒にいるヒナコにも危険が及ぶ。

俊作は周囲の人間に対し、神経をアンテナのように張り巡らせた。


ヒナコ「秋池さん!」


秋池は、驚きを露にしながら俊作とヒナコのいるテーブルまで歩いてきた。


秋池「ヒナコちゃん……? どうしてここへ……?」

ヒナコ「こちらの方に聞いたんですよ。秋池さんがここで働いてるって」


俊作と秋池の目がピタリと合った。


秋池「……」

俊作「…秋池さんだな」

秋池「そうですけど」

俊作「時間がないからあいさつは省略させてもらう。オレは柴田。あんたに話がある」

秋池「何ですか?」

俊作「10日ぐらい前に、オレは同じ会社の同僚とこの店で食事してたんだけど、どんな様子だったかを聞きたいんだ」

秋池「…いやぁ……どんな様子だったかと聞かれても……そんな前のこと覚えていませんよ」

俊作「覚えてない?」

秋池「ええ。毎日たくさんのお客さんがいらっしゃるんです。そんな一人一人顔なんか覚えられません」

俊作「そんなはずはない。秋池さんは抜群の記憶力を持ってるって聞いたんだけどな」

秋池「えっ? 誰です、そんなこと言ったの?」

俊作「彼女だよ」

俊作はヒナコを指差した。

秋池「……」

今度はヒナコと秋池の目が合う。

心配そうな目で、ヒナコが秋池の顔を覗き込む。

俊作「秋池さん、つきあいの長い彼女の前でもウソをつく気か?」

秋池「何なんですか? ボクはホントに知らないんです」

俊作「クラブのオーナーやってた時は、常連客の誕生日まで覚えてたらしいな。そこまで記憶力のいい人間がまったくオレの顔すら覚えてないってのはちょっと変だな」

秋池「そりゃ、クラブとダイニングバーじゃ店の広さが違いますから」

ヒナコ「秋池さん、“人の顔を記憶できるのが特技”じゃなかったんですか?」

秋池「だけど、そうは言ってもこうたくさんお客さんがいたらさすがに無理だよ」

ヒナコ「そんな……」

俊作「話に聞いてた人物像とは違うな。かなりマメで、鴨川さんの誕生日を毎年祝ってくれてたらしいじゃないか。彼女のお兄さんだって、あんたが客の顔を忘れるはずなんてまずないだろうって言ってたぞ」

秋池「マスターが…」

秋池の目が、少しだけ遠くへ行っているように見えた。

ヒナコ「……兄は、今ケガをして入院しています」

秋池「えっ? どうしたの?」

ヒナコ「ついさっき襲われたんです…黒野に」

秋池「黒野……」

俊作「知ってるよな? あんたのクラブを営業停止に追い込んだ男だ。マスターはヤツの仲間に襲われたんだ」

秋池「何でマスターがそんな目に…?」

ヒナコ「柴田さんが、今日の昼間、黒野の仲間がウチのカフェへ嫌がらせしに来たのを助けてくれたから…その仕返しにやられたんです」

秋池「ちょっと待って。話が繋がらないよ。マスターがやられたことと、今ヒナコちゃんたちがここへ来たのとどう関係があるんだ?」

俊作「オレが今調べてる事件に関係している」

秋池「事件?」

俊作「ああ。だからオレが10日前のことを聞きに来たんだ」

ヒナコ「秋池さん、ホントに覚えてないんですか?」


5秒ぐらいだったか、秋池が沈黙した。


もしかしたら、少し動揺しているのではないか?


俊作はその表情を見逃さなかった。


秋池「…ごめん。せっかく来てもらって申し訳ないけど、何度聞かれても答えは同じだよ。この柴田さんという人が同僚の女性とどんな様子で食事してたかなんてわかんないよ」

ヒナコ「そうですか……」

言ったまま、ヒナコはうなだれてしまった。

秋池「その時の様子なら他のスタッフに聞いてみたらどうかな? 10日前店に出てたスタッフなんてオレ以外にも何人かいたわけだし」

ヒナコ「……」

明らかに、ヒナコの表情は腑に落ちない感じだ。

秋池「じゃあ、まだ洗い物残ってるから……」


秋池が後ろを振り向かないうちに、俊作が素早く立ち上がった。


俊作「秋池さん、やっぱウソはいけねーな」

秋池「…え?」

俊作「あの日のこと、ホントは覚えてたな?」

秋池「いや、ですから覚えてないって言ってるじゃないですか」

俊作「…じゃあ、どうしてオレと食事した相手が女だってわかったんだ?」

秋池「…?」

俊作「オレは“同じ会社の同僚とこの店で食事してた”って言っただけで、相手が女性だなんて一言も言わなかったぜ?」

秋池「――はっ!」

フリーズする秋池。

俊作「覚えてないとわかんないよな?」

秋池「う……」

ヒナコ「秋池さん……」

俊作「話してもらおうか。その様子だと、一連の事情も知ってそうだ」

秋池「……今は話せない」

俊作「いつなら話せるんだ?」

秋池「今日は12時にあがる予定です。その頃もう一度店の前まで来てくれませんか?」

俊作「それは危ないな。黒野やその仲間に監視でもされてたら……」

秋池「柴田さん、あなたはボクの事情に詳しいですね」

俊作「まぁ、いろいろ調べたからな。じゃあ、この番号に連絡をくれ」

俊作は、テーブルに設置されていたアンケート用紙に自分の携帯電話の番号を走り書きして秋池に手渡した。

秋池「わかりました。では」


秋池は小走りでキッチンへと戻っていった。


ゆっくりと着席した俊作は、ノンアルコールカクテルをぐいっと飲み干した。


俊作「…ウソはつけないタイプなんですね、秋池さんは」

ヒナコ「そうですね。あの人は正直なところがあります。でも、そこがいいんですよ」


そう語るヒナコの目はイキイキしている。


これは、もしや……?


不意に、俊作は微笑ましそうな目をした。

ヒナコにも、その表情の変化ははっきりわかった。


ヒナコ「柴田さん? どうかしましたか?」

俊作「……いえ、何でもありません」

俊作はややうつむき加減で微笑んだ。

ヒナコ「そ、そうですか…」

俊作「さて、そろそろ行きますか。純たちが待ってる」

ヒナコ「あ、はい。行きましょう!」


店を出た俊作とヒナコ。


俊作が純に電話をする。

そう遠くない場所にいたようですぐ迎えに来れるとのことだったが、1ヶ所に止まっていてはロック・ボトムの連中に見つけられやすいだろうとのことで、どこか別に場所でおち会うことにした。


俊作「…じゃ、109の前で」


俊作とヒナコは109へ向かった。


到着すると、既に純たちは到着していた。


純「お疲れ。どうだった?」

俊作「やっぱ秋池はオレのことを覚えてた。忘れたなんてウソだった」

純「そうか。ウソをついた理由までは聞けたか?」

俊作「いや、あの場じゃ聞けなかったけど、今日は12時に仕事が終わるらしいから、その後で連絡くれるって」

純「OK、いいぞ。でかい収穫になりそうだ」

俊作「そうだな」

純「じゃあ、さっさとスペイン坂へ行くとするか。俊作はどうする? 一緒に来るか?」

俊作「おう、行こう」

創「しっかり頼むぜ」

俊作「お前もな。鴨川さんをちゃんとガードするんだぞ」

ヒナコ「よ、よろしくお願いします…」

創「はいよぉ! 任せときな!」

創の声が高音域に達している。

純「ロッキー、お前テンション高くなってねーか?」

創「あ? 気にしない気にしない!」

純「……」

実家暮らしとはいえ、やはり美女がやってくるのは嬉しいのだろう。

そんな気持ちが、創の顔からにじみ出ていた。

俊作「そうだ、のぶちゃんはどうする? このままロッキーに送ってもらう? それとも電車で帰る?」

伸子「そうねぇ……じゃあ、送ってもらおうかな」

俊作「そうか。ロッキー、のぶちゃんも送ってってくれ」

創「どこまで送ればいい?」

伸子「中野駅まででいいよ。ウチ、駅から近いの」

創「了解!」

純「おい、失礼のないようにするんだぞ。こんなおいしい機会はそうそうねーんだからな」

創「うるせぇ! おめーらもしっかり調べてこいよ!」

純「はいはーい、わかってますよ。んじゃ、行こうぜ俊作」

俊作「おう。みんな気をつけてな」


純のウイングロードは、俊作を乗せるとスペイン坂を目指して走り出した。


二人の後ろ姿を見て、創がつぶやく。


創「まったく純のヤツは……」

伸子「みんな、仲がいいんだね」


伸子も、ニコニコ微笑みながら俊作と純の後ろ姿を見ていた。


創は、急にはにかみ、ハチ公前のスクランブル交差点方面に目をやる。


相変わらず、人と人が、互いに、編み目を抜けるように行き交っている。


創「――まぁ、昔から一緒につるんでるからね。腐れ縁なのかな」

伸子「ふふふっ」

創「……さぁ、オレらも行くとしますか」



創は、まずJR中野駅に向けてイプサムを走らせた。

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