35.鴨川ヒナコの証言その2
羽村佐知絵はキャバ嬢だった。
しかも、鴨川ヒナコと同じ店で働いていたのだ。
もちろん、俊作たちは驚きを隠せなかった。
ヒナコ「……どうしてわかったんですか?」
俊作「いやぁ、オレの時と似てたモンですから。もしかしたら…と思って」
ヒナコ「それに、佐知絵のことも知ってるみたいですけど……」
俊作「オレら――といっても純とロッキーは違うけど、羽村佐知絵と同じ会社なんですよ」
ヒナコ「そうだったんですか? それで、ご自分と状況が似ていると……?」
俊作「はい。一方的に自分だけ責められて解雇されました。戸川って弁護士もその場にいて、オレの上司と2対1でまくし立てられましたよ。更には黒野まで会社に現れて、受付の女性と警備員に暴行を加えたんです」
伸子「そうだったの!? そこまでは聞いてないよ」
藤堂「オレの留守中にそんなことが……」
俊作「はい。特に黒野が暴れたところは見てた人が結構いたはずですよ。それにもかかわらず、オレが“羽村がセクハラ被害を受けたことに激怒し、抗議に来た黒野に暴力をふるった”ことになってしまって……」
藤堂「実際のところはどうなんだ?」
俊作「自分から手を出してはいません。向こうから掴みかかってきたのを捌いただけです」
厳密にいうと裏拳打ちを一発見舞っているのだが、これは相手の注意をそらすためなのでたいした問題ではないだろう。
藤堂「その後は?」
俊作「ヤツの腕を捻りあげたところで、たまたま居合わせた会田さんが仲裁に入ってくれました」
藤堂「そうか。会田のヤツ、いいタイミングで居合わせたな」
米本「むう……人事部のオレも初めて聞くぜ。しかし変だな。何で柴田だけが……」
俊作「変だろ? しかも事情を聞こうともしなかったんだぜ?」
米本「そんなバカな! いきなり解雇を言い渡したってのか!」
俊作「ああ、そうだ。こんなの納得できるはずがない」
藤堂「前に雑誌で読んだんだけど、セクハラってのは“言ったモン勝ち”みたいなところがあるんだって。傍から見てセクハラじゃなくても、やられた本人がセクハラだと言えばそれまでらしい。これを悪用すれば、誰でも簡単に加害者もしくは被害者になれる」
米本「気に入らない人間もそのやり方で簡単に会社から追い出せますね」
藤堂「うむ……だが、仮に柴田がホントにやったとしても解雇はないな。実際向こうは具体的に何をされたって言ってきた?」
俊作「“しつこく食事に誘われた”、“仕事中にジロジロ見られた”、“肉体関係を強要されそうになった”――この三つですね」
藤堂「肉体関係……?」
俊作「オレがラブホテルに連れ込もうとしたらしいです。身に覚えのない“証拠写真”まで隠し撮りされました」
藤堂「あぁ、そーいや笹倉がチラッとそんなこと言ってたな」
伸子「柴ちゃん、“証拠写真”って何?」
俊作「オレと羽村が並んで道玄坂のラブホの前を歩いてる写真だ。ホントは酔った羽村を家の近くまで送って行っただけなのによ」
伸子「えーっ? どうしてそんな所歩いたの?」
俊作「そこを通ったほうが家までの近道になるんだって。でも、今考えたら軽率だったぜ。迂回をしてでもホテル街は避けるべきだった」
米本「確かに疑われるよな」
純「まぁ、しょうがねーよ。羽村はかなり酔ってたんだろ?」
俊作「そうなんだけどさ――」
ヒナコ「……あの、すいません、“かなり酔ってた”って言ってましたけど、佐知絵はその時相当飲んでましたか?」
きっとヒナコは、俊作がまだ何かを言おうとしていたのがわからなかっただろう。
ヒナコは、今思い出したことを少しでも早く俊作に伝えたかったのだ。
俊作「えーと……カクテルを何杯か…って感じだったような気がします。オレと同じぐらいの飲酒量で、なおかつオレが送っていけるぐらいだから、そんなに飲んではいなかったと思います」
純「俊作は酒に強いほうじゃないからな」
ヒナコ「それでも酔ってたんですか?」
俊作「はい。わりと早い段階で酔いが回ってたみたいでしたね」
ヒナコ「うーん……それ、あり得ないと思いますよ」
俊作「どういうことです?」
ヒナコ「佐知絵は元キャバ嬢ですよ? 簡単に酔っ払っていてはまともにお客さんとお話できません」
俊作「確かに…」
ヒナコ「それにあの子はもともとお酒の強い子です。早々に酔いが回るなんて、あたしからしたら考えられないんですよ」
米本「そうだよ。神田中央大の飲み会でも彼女だけが終始平気な顔をしてた……!」
俊作「じゃあ、あの時泥酔してたのは……演技?」
ヒナコ「その可能性は、高いと思います」
ウソだろ?
瞬間、俊作はそう思った。
しかし、驚くのはまだ早かった。
ヒナコ「それと、もう一つ気になることがあります」
俊作「何ですか?」
ヒナコ「佐知絵の家です。“道玄坂のホテル街を通るのが近道”だって言ってたんですよね?」
俊作「はい。渋谷の松濤方面に住んでるみたいなんで…………まさか、もしかして、それも……?」
ヒナコ「……ええ……。だいぶ前に聞いた話ですけど、佐知絵は松濤方面ではなく代官山方面に住んでるそうです」
俊作「全然方向が違う…!」
純「代官山方面なら、わざわざホテル街を通る必要がなくなるな。むしろ遠回りだ」
ヒナコ「そうですね。ただ、これは聞いた話なんでホントかどうかはわかりませんよ。もしかしたら今は松濤方面に引っ越しているかもしれません」
俊作「……よし、そこは江坂に聞いてみよう」
米本「オレも人事データベースで調べてみよう」
純「それで双方の結果を付け合わせればいい」
俊作「あとは…あの時羽村が“泥酔してなかった”って証拠だ。何とかして掴めないかな」
創「羽村が俊作と別れた松濤辺りから自宅に戻るまでの目撃証言を集めるしかなさそうだな」
藤堂「いずれにしても、早急に羽村さんの自宅を確認したほうがよさそうだ」
俊作「そうですね」
純「ところでロッキー、前に頼んだ“証拠写真”の所在と道玄坂での目撃証言はどうなってる?」
創「いや……どっちも進展はない。だけど、戸川って弁護士について一つわかったことがある」
純「何だ?」
創「弁護士の世界じゃあ、かなり恐い存在らしい。裁判で負けたことがないんだって」
純「へぇ……それだけ頭が切れるってことか」
俊作「さぁな。ただ、ヤツを敵に回したら最後だってことだな」
純「――だったら、既にオレら終わってねぇ?」
俊作「――かもな。はっはっはっ」
純「くっくっくっ」
創「ふっふっふっ」
俊作、純、創の3人は小さく笑った。
伸子「ちょっと、笑ってる場合じゃないでしょ! 相手は法律家なんだよ?」
俊作「大丈夫だよ。まだ負けると決まったわけじゃねぇ」
純「そうそう。逆にオレらを敵に回したことを後悔させてやらなきゃな」
創「自分がしたことは巡り巡って自分に返ってくるってことを教えてやろうぜ」
俊作「ああ。因果応報ってヤツをな。たぶんオレが思うに、戸川は相手側に圧力をかけるから負けないんだと思うぜ。今の鴨川さんの話から推測してな」
米本「なるほど、“こちらの要求をのまなければひどい目に遭わせる”と脅すわけか」
俊作「たぶんな。もしヤツがそんなやり方でオレらを潰そうとしてくるんだったら、かえってそっちのほうが好都合だぜ」
創「慣れてるしな、そういうの」
純「若干ブランクはあるけどな」
俊作「まぁ大丈夫だろ。はっはっはっ」
純「くっくっくっ」
創「ふっふっふっ」
俊作、純、創の3人は再び小さく笑った。
俊作たちの言葉は、何故か妙に説得力があった。伸子や米本、藤堂は必然的に異を唱えることはなかった。ヒナコも不思議と安心していた。
ヒナコ「皆さん、よろしくお願いします」
俊作「かしこまらなくてもいいですよ。オレの事件でもあるんだから」
純「そうだ。鴨川さん、キャバクラでの羽村佐知絵はどんな感じでした?」
ヒナコ「えーと……そうですね、ずる賢いというか…意地汚いというか…あまり印象はよくなかったです」
純「具体的に言うと?」
ヒナコ「あの子はブランド指向が強くて、会社の社長みたいに財力のある人間にはすぐ色目を使っていました。反対に、一般の人たちには期待だけさせておいて気持ちを弄んでいましたね」
俊作「彼女は男をその気にさせるのが上手いらしいですね」
ヒナコ「ええ。もともとルックスもいいですし。佐知絵は一般の人たちからデートに誘われてもなかなか応じなかったので、“難攻不落の美女”なんて呼ばれていましたよ」
俊作「へっ! 難攻不落ねぇ」
俊作は思わず鼻で笑ってしまった。
ヒナコ「逆にセレブの誘いには簡単にのるんですよ。そこから交際に発展したこともあったって話です。でも、ここまでは傍から見ててまだ我慢できる範囲なんです」
純「――と言いますと?」
ヒナコ「セレブなお客さんが必ずしも佐知絵を指名するとは限らないでしょ? 他の子がつく場合だって当然あります。でも、佐知絵はそれを横取りするんです」
純「横取り?」
ヒナコ「そうです。彼女はセレブなお客さんはなにがなんでも自分のモノにしたいみたいで……。しかも、自分が悪者にならないよう考えてやるんですよね」
俊作「ばれないように画策するってことですか?」
ヒナコ「はい。指名された子のヘルプについた時に色仕掛けと気配りでさりげなくお客さんの気を引き、裏ではその人のデマを、ホントは自分ででっちあげたのに、いかにも他人から聞いたような感じで流して他の子が接客したくなくなるよう仕向けるんです。だから、佐知絵の仕業だとは気づきにくくて」
俊作「イヤな女だ」
伸子「そこまでしてセレブと付き合いたいのかな……」
ヒナコ「……それに気づいたのは、あたしを含めわずか数人でした。でも他の子たちは佐知絵よりも年下だったから抗議することができなくて……。それで、あたしがみんなを代表して佐知絵に抗議したんです。当然本人はシラを切りましたけど」
純「それから羽村佐知絵とはどうなりました?」
ヒナコ「最悪でした。もともとあまり仲はよくなかったんですけど、露骨に嫌い合うようになりました。あの子、お店の中であたしを孤立させようと、何も知らない子たちを次々と味方につけていったんです」
創「うわぁ、ガキみてーな嫌がらせ」
伸子「辛くなかったですか?」
ヒナコ「辛い…というよりイライラがつのる感じでしたね。今、思い返しても腹が立ちます。さっきお話しした腕時計の件も、もしかしたらこのことが引き金になったのかもしれません」
藤堂「可能性は高いな……」
米本「あらかじめ味方を多くつけとけば、事件をでっち上げても自分が疑われる危険性は低い」
俊作「策士だな、何気に」
伸子「なに感心してんのよ。今回と似てるじゃん!」
俊作「わかってるよ。オレとソリのあわなかった笹倉が羽村に味方してる点が似てるんだろ?」
伸子「う、うん…」
俊作「やっぱりな。黒野が絡んでる時点で怪しいけど。まぁ、あの女は前にも似たようなトラブルを起こしてるってことだ」
純「断定するのは早いぞ。念のため裏を取らないと。鴨川さんが勤めてたキャバクラへ行って確認をとるんだ」
創「それはオレがやろう」
純「ロッキー、いいのかよ?」
創「キャバクラはたいがい夜にやってるけど、その時間俊作は純の手伝いで笹倉を尾行しなきゃいけないだろ? なぁに、乗りかかった船だ。最後まで付き合うよ」
純「すまないな」
俊作「それと鴨川さん、昼間にお邪魔した時、“黒野が普段何をしてるか聞いたことがある”って言ってましたよね?」
ヒナコ「ええ。あくまで聞いた話なんで、事実かどうかはわかりませんよ?」
俊作「構いません」
ヒナコ「……黒野は昔、歌舞伎町でホストをしていました。1年ほど前に辞めて、なんでもIT関係の仕事に就いたらしいです」
純「そういや、あいつバイトがどうとか言ってたが、もしかしたらそのことかな。だけどあれでITかぁ? 似合わねぇー……」
俊作「そもそもヤツは真面目に働こうってガラじゃない。鴨川さん、黒野は何でホストを辞めたのかわかりますか?」
ヒナコ「さぁ……そこまではわかりません」
そこからは自分の目で確かめる必要がありそうだ。




