34.鴨川ヒナコの証言
突然現れたヒナコ。
彼女の目的は何なのか?
ヒナコ「こんな時間にすいません……」
そう詫びるヒナコの表情は重く、苦しそうだ。こんな時間に突然事務所を訪れるのには、何かあったのだろうか。
俊作「あ…いえ、それはいいんですけど……どうかしましたか?」
ヒナコ「実は――」
純「ちょっとごめんなさいね」
ヒナコの話を遮り、純が俊作に向き直り耳打ちする。
純「おい、誰だ?」
小声で話しかける。
俊作「さっき話したカフェの人だよ」
純「じゃあ、妹さんの方?」
俊作「ああ」
それを聞き、目だけスッキリしたような顔で小さく数回頷いた。
純が、今度はヒナコに向き直る。
純「ついさっきまであなたの話をしていたところです。ここじゃなんですから、どうぞ中へお入りください」
純はヒナコを中へ招き入れた。
事務所の中へ入るなり、伸子や米本、そして藤堂の姿を見てヒナコは一瞬それ以上進むのをためらった。
ヒナコ「あ……お取り込み中でした?」
俊作「大丈夫ですよ。それに、何かあったからここへ来たんでしょう?」
ヒナコ「はい」
純「今コーヒーいれるんで、適当に座っといてください!」
ヒナコ「あ、はい。失礼します」
キッチンに立つ純。
ヒナコは米本たちに軽く会釈をすると、適当に空席を見つけ、そこに座った。
創「あの…失礼ですけど、俊作とはどういうお知り合いで……?」
探り探り創が尋ねる。
ヒナコ「あたし鴨川ヒナコっていいます。原宿で兄とカフェをやってます。柴田さんには今日の昼間、ゴロツキの嫌がらせから店を助けていただいたんです」
米本「へぇ、そうだったんですか。じゃあ、さっき話してたカフェの人かな?」
俊作「そうだよ」
ヒナコ「あの、柴田さん、あの後大丈夫でした?」
ヒナコが心配そうな目で俊作の顔を覗き込む。
不意にそんな顔をされたので、俊作は思わずドキッとしてしまった。
俊作「…まぁ、なんとか。警察呼ばれちゃいましたけど」
ヒナコ「警察?」
俊作「はい。連中が呼んだんです。しかも、警察はヤツらの言うことを鵜呑みにしやがった。原宿の警察は不逞な輩よりも力が弱いんですかね」
ヒナコ「そんな……」
俊作「それよりも、こんな時間に直接来るなんて、何かあったんですか?」
ヒナコの表情が重苦しくなる。
ヒナコ「……はい。実は……兄が……ロック・ボトムの連中に襲われたんです」
俊作「えっ!?」
あのマスターが襲われた?
起こってほしくないことが起こった。自分が昼間にあのカフェを訪れたことが原因だと俊作は直感した。
ヒナコ「夕方になって、兄が一人で買い物に出かけたところを狙われました」
俊作「それで、マスターは今どうしてるんです?」
ヒナコ「病院です。ひどい怪我をしてますけど命に別状はありません」
俊作「そうか……」
くそっ、オレのせいだ!
俊作は心の中で唸った。
純「すいませーん、コーヒーが入りましたよ〜」
コーヒーをいれた純が香ばしい匂いを運んできた。
ヒナコ「あ、どうもすいません……」
純「申し遅れました。自分、このホットスパイス・エージェンシー代表の鳴海純と申します。この度はウチの俊作がお世話になってます」
ヒナコ「いえ、お世話だなんて……」
純「それで、いくつか質問いたしますが――お兄さんが襲われたということをどうやって知りましたか?」
ヒナコ「近所の人が知らせてくれたんです。病院に運んでくれたのもその人でした」
純「その人は直接お兄さんが襲われたところを見たんですか?」
ヒナコ「いえ、見ていません。見つけた時は既に怪我をした状態で路上に倒れていたそうです」
純「じゃあ、何でお兄さんがロック・ボトムの連中に襲われたってわかったんですか? 顔を見たとか?」
ヒナコ「いえ、連中は顔を覆面やサングラスなんかで隠していたのでわからなかったらしいです」
純「それじゃ、どうやって……?」
ヒナコ「病室で、兄自身が言ってたんです。襲われた際、連中の一人が“用心棒を雇うなんてふざけた真似をするな”って言ったらしくて……」
純「用心棒……?」
俊作「たぶんそれはオレのことだろう。あいつら、オレを用心棒だと思ってたからな」
純「そうか。なるほどな。あの鴨川さん、気を悪くしないでくださいね。一応、形式的な質問をしただけですから。別にあなたの言うことを疑ってるわけじゃないんですよ」
ヒナコ「はい。大丈夫です」
純「ちなみに、警察にはもう知らせましたか?」
ヒナコ「ええ。捜査はしてくれるみたいですけど、正直あまり期待はしていません」
純「何でですか?」
ヒナコ「先程柴田さんも仰ってましたけど、原宿の警察はロック・ボトムが絡む事件だと逃げ腰になるんです」
純「逃げ腰に?」
ヒナコ「ええ。できるだけ関わらないようにする感があるんですよね」
俊作「そういや湊さんの後輩みたいなヤツも似たようなこと言ってたな。なんでも上からの通達らしいぜ」
純「上からの通達?」
創「警察がそんなことするなんてあり得ないな」
俊作「普通はやんねーよ。だけど、そんなことしなきゃいけない理由があるんだろ。上層部が何らかの“弱味を握られた”とかな」
純「湊さんはこのことを知ってんのか?」
俊作「ああ。何があったか調べてくれるってさ」
ヒナコ「それと、兄から柴田さんに協力するよう言われてきました」
俊作「協力?」
ヒナコ「兄は“柴田さんなら何とかしてくれる”と信じてます。あたしもそうです。それに、あなたはご自分の事件で黒野を追っていらっしゃる」
俊作「……」
ヒナコ「ちょっと図々しいかもしれません。でも、あの街のみんなが苦しんでるんです。秋池さんのこともありますし……。お願いします、黒野たちをやっつけてください。協力できることがあれば何でもしますから」
ヒナコは力のこもった目で俊作をじっと見据えた。
ほぼすっぴんに近いメイクだが、改めて見るとそれでも美人である。
俊作はニヤリと笑った。
俊作「安心してください。こっちは最初からそのつもりです」
ヒナコ「あ…ありがとうございます!」
ヒナコの心に一筋の光が差し込んだようだ。
俊作「それじゃあ……オレからも質問させてもらいますね」
ヒナコ「はい。何でしょう?」
俊作「黒野との間に何があったか教えてくれませんか?」
ヒナコ「え……?」
俊作「ロック・ボトムの一人が気になることを言ってたモンでね。“黒野に捨てられた”と」
ヒナコ「捨てられた……って、そんなの彼らが勝手に言ってることですよ」
俊作「じゃあ、どんな関係で……?」
ヒナコ「関係っていうほどのモノじゃないんですけど…………お客さんだったんです、あの人は」
俊作「カフェの?」
黒野にカフェなんて、正直、イメージと合わない。
俊作はそう思った。
ヒナコ「いいえ、キャバクラです」
俊作「……え?」
ヒナコ「……あたし、今年の春頃まで歌舞伎町のキャバクラで働いてました。黒野はその時のお客さんだったんです」
俊作「そっ、そうだったんですか?」
驚いた。
この爽やかで元気なイメージの鴨川ヒナコが元キャバ嬢だったとは。
俊作には、ヒナコとキャバクラがどうしてもリンクしなかった。
人は見かけによらないものである。
純「ちなみに、何でキャバクラで働いてたんですか? カフェがあるのに……」
ヒナコ「もともとは、兄がカフェを始めるために借りたお金を返すためでした。でも、人手不足とか諸々の事情で辞められなくなっちゃいまして。結局、借金を返し終わった後も続けてたんです」
俊作「なるほど。そこへ黒野が客として来たんですね?」
ヒナコ「はい。彼はあたしを指名してきました。だけど既にご存知のように、黒野は普段から乱暴者だったので、相手をするのが大変でした」
その先は聞かなくても想像がつく。しかし俊作は話を遮ろうとしなかった。
ヒナコが続ける。
ヒナコ「――あの人、お店に来てはしつこくあたしに関係を迫ってきました。あたしが休みだと呼び出せって騒いだりしたんですよ」
俊作「個人的には相手をしたくないだろうけど、キャバ嬢って立場上そうはいかなかったんじゃ……?」
ヒナコ「そうなんです。何度かお店の外で会いましたけど、男女の仲になるのだけはなんとか回避できました」
伸子「でも、常識のない人ね。休みの人を呼び出させようとするなんて」
ヒナコ「あの人には“常識”なんてモノがないんでしょうね。他にも、ちょっと気に入らないことがあればすぐに暴れたりしてましたから」
米本「出禁にはしなかったんですか?」
ヒナコ「無理です。一度店長が注意したんですけど、後で闇討ちに遭いました」
藤堂「……ムチャクチャだな」
伸子「ひどい……」
ヒナコ「だけど、黒野の相手をするのも今年の頭ぐらいまででした」
俊作「――と言いますと?」
ヒナコ「黒野が指名する子を変えたんです」
俊作「え? 何で…?」
ヒナコ「あたしにもわかりません。いきなりだったものですから。だけど、正直少しは安心しましたね。黒野自身は相変わらず横暴でしたが」
俊作「そうか……それでヤツら“捨てられた”なんて言ってやがったんだな」
伸子「だけど、すっかり彼氏気取りだね。つきあってるわけじゃないじゃん」
ヒナコ「困りますよね。こっちは仕事のつもりなんですから」
創「それに、いつの間にか話もすり替わってるしな」
俊作「どんだけ自分中心なんだよ」
ヒナコ「……たとえ自分中心だろうと、黒野があたしから離れてくれれば安心だと思っていました。でも、まだそれで終わりじゃなかったんです」
俊作「えっ? 何があったんです?」
ヒナコ「3月のある日、新しく黒野が指名した子の腕時計が誰かに盗まれました。彼女の話だと、お店に来る時はちゃんと身につけていて、仕事中は外してバッグの中にしまっておいたそうです。だから犯人はお店の誰かってことになりますよね」
俊作「はい…そうですね」
ヒナコ「……あたしが、その犯人に仕立てあげられてしまったんです」
俊作「…えっ?」
ヒナコ「もちろん、あたしはやってません。でも、その子の腕時計があたしのバッグから見つかって……」
だんだんとヒナコの声が感情的になってきた。
ヒナコ「当然ですけど、こうなったら何を言っても聞いてもらえません。彼女は“お客さんがあたしを指名したから憎たらしくなったんでしょ!”ってあたしを非難してきました」
俊作は黙って聞いている。
ヒナコ「そしたらその子、弁護士を連れてきて“示談金を払うかお店を辞めろ”と言ってきたんです」
俊作「弁護士…?」
ヒナコ「はい。最初あたしは“どちらの要求ものめない”と突っぱねたんですけど……」
伸子は、見守るようにヒナコを見つめる。
ヒナコ「……そしたら……今度は、黒野たちがカフェに対して嫌がらせをするようになって……」
純「…どんなことをされたんですか?」
ヒナコ「直接暴力をふるわれることはありませんでした。でも、根も葉もないデマを流されたり、長時間カフェに居座られたり――精神的な攻撃が毎日続きました。お客さんも減りました」
ヒナコの感情が昂ぶっていることは、俊作や純たちから見ても明らかだった。
ヒナコ「あたしも、たまりかねて黒野に嫌がらせ行為をやめてって言いましたけど、まったく効果がありませんでした。それどころか、更に嫌がらせがひどくなって……」
俊作「それでキャバクラを……?」
ヒナコは黙って頷いた。
ヒナコ「……ええ。兄にも迷惑がかかりますし」
伸子「そんな……卑怯だよ。無理矢理に要求をのますなんて。怖い人なんか連れて来られたら従わざるを得ないもん」
従わざるを得ない……?
俊作は何かに気づいた。
俊作(濡れ衣、弁護士、黒野……まさか――!)
ヒナコの顔をうかがうように俊作が尋ねる。
俊作「……あの、その弁護士、もしかしたら戸川って名前じゃないですか……?」
途端に、ヒナコに驚きの表情が浮かぶ。
ヒナコ「はい。そうですけど……?」
純と創も「まさか」と言いたげな顔つきになる。
俊作「…じゃあ、黒野が新たに指名したのは、もしかして……羽村佐知絵…じゃないですか……?」
ヒナコ「……はい」
意外な事実が判明したッ…!
それは羽村佐知絵の過去!




