33.来訪者
こちらはミーティング中のホット・スパイス・エージェンシー。
会話に少し間ができたところで、伸子が俊作に尋ねた。
伸子「ところで、黒野って誰なの?」
俊作「あれ? 言わなかったっけ? 羽村の彼氏だよ。もっとも、ホントに彼氏なのかも怪しいけどな」
伸子「何よそれ? どんな人? 黒野って」
俊作「今日会ったカフェのマスターが言うには、毎晩新宿や渋谷界隈で遊び歩いてて、いつも女をとっかえひっかえしてたらしい。だが、羽村みたいなOLは今まで連れて歩いたことがなかったそうだ」
伸子「好みが変わったのかな?」
俊作「いや、そうじゃねぇ」
純「オレもそう思う。羽村行きつけのクラブのスタッフや、末広と秋葉が黒野に会った時の態度から考えて、好みの変化はないんじゃないか?」
伸子「あの子たちも会ってるの?」
俊作「うん。渋谷スペイン坂のクラブでな。なんだか怯えてるように見えた」
純「それに、そのクラブのスタッフも、“羽村があんなガラの悪い男を連れてきたのは初めて見た”って言ってた」
米本「それって……」
俊作「お互いに前例のない、初めてのタイプだってことだ。なんか話ができすぎてる気がするんだよなぁ」
伸子「そうなんだ……」
藤堂「何とも言えないが……気にもなるところだな」
純「ロッキー、羽村の異性関係で何か情報は入ってないか?」
創「そうだな……黒野絡みの情報はまだ掴んでないけど、他にお前らが知らないような情報だと…………あ、羽村って昔からかなりモテたらしいぞ。常に男が彼女の周りにいたって話だ」
俊作「だろうな。普段の態度を見てたらわかる」
創「高校・大学時代の同級生だった女の子に話を聞いたんだけど、羽村はどうもそれを計算でやってる節があったらしい」
純「それって、男心をくすぐるポイントを心得てたってこと?」
創「まぁ…よくいえばそうかな。結構勘違いした男がいたって話だし」
純「勘違い……ねぇ」
創「しばしば“その気がない人に言い寄られて困ってる”って言ってたそうだ」
米本「ずいぶんとモテるんだな」
創「だけど、当の本人はそんなに悩んでる感じじゃなかったんだって。むしろ“まんざらでもない”みたいな? さんざん気持ち弄んで、しまいにゃ笑顔で肘鉄砲くらわす始末だ。“勘違いしないでね”ってな」
伸子「えーっ、何それ? 計算じゃん。ひどい」
創「だろ? 軽く被害者の会が作れそうだよ」
純「間違いなく会長は俊作だろうな」
俊作「何でだよ! やんねーよそんな会長なんか」
伸子「あはは。あたしも柴ちゃんが適任だと思ったよ」
伸子が一緒になって茶化す。
俊作「……まぁとにかくだ。どうやら男にちやほやされたいタイプみたいだな、羽村は」
創「いや、そんなかわいいモンじゃねぇよ。鬼だ」
藤堂「そんな風には見えなかったけどな……」
創「それだけじゃない。羽村はブランド指向で、金に対する執着が強いらしい。経済力を男選びの判断基準にしてるんだと」
俊作「金持ちじゃないと彼氏にはなれないのか」
創「ああ」
純「オレには無理だな。そんな女付き合えん」
俊作「お前もともと付き合う気ねーだろ」
純「……うん」
伸子「あははは! 適当に言ったの?」
純「……うん」
伸子「ははは…柴ちゃんたちって面白いね」
一同に小さな笑いが起こる。
俊作「ちなみに、それ言ったのは江坂千里じゃないよな?」
創「違う。江坂って女じゃない」
俊作「そうか。じゃあ江坂にも話を聞いてみよう。。何か新しいことがわかるかもしれねぇ」
創「そうだな」
伸子「柴ちゃん、江坂って誰?」
俊作「羽村の大学時代の友達だよ。新宿のキャミジミで働いてるんだ」
伸子「へぇ〜。米本くんはその人を知ってるの? 同じ大学だったんでしょ?」
米本「いや、知らないな。そもそも、オレは大学の時は羽村とも面識がなかったんだ」
伸子「そうだったの」
米本「会社に入ってから、社内で神田中央大学出身者だけを集めた飲み会で顔を会わせた程度だ。その時はすごく親しみやすい印象だったがな」
俊作「人は見かけによらねぇモンだな」
米本「まったくだ。今回のことで実感したよ」
純が、タバコをアンティークなデザインの灰皿に押しつけた。
藤堂「ところで、羽村さんの彼氏って金持ちなのか?」
俊作「それは調べないとわかりません。ひとまず原宿のカフェにもう一度行って、妹さんに話を聞こうと思います」
藤堂「そんなに動いて大丈夫か?」
俊作「はい。一刻でも早く解決したいんで」
伸子「柴ちゃん、無理しないでね」
俊作「わかってる。一応これでも営業マンだったからな。相手の気持ちを考えながら接するつもりだよ」
伸子「もし不安だったら、あたしもついて行くよ?」
俊作「大丈夫だよ。オレも大人だしね」
純「なーに一人前なこと言ってんだぁ?」
本当は伸子がつっこみを入れるところだが、純のほうが一瞬早かったようだ。
俊作「うるせぇ。それよりそっちはどうだったんだよ? 何かわかったのか?」
純「あぁ、オレは笹倉と接触してみたよ」
俊作「おっ、そりゃまた大胆な行動に出たな」
米本「鳴海さん、何か掴めたのか?」
純「うん……なんかよ、喫煙室で誰かと電話してたんだけど、“2日後の午後8時”がどうとか言ってたぜ」
俊作「何…?」
米本「どういう意味だ、そりゃ?」
藤堂「おそらく誰かと待ち合わせでもするんだろうな」
伸子「だけど…事件と直接関係があるかどうか……」
俊作「一応確かめる必要がある。まったく無関係とも言い切れない」
創「あっ、そうだ。笹倉の動向を探らせた情報屋から、“笹倉が会社から帰宅途中、頻繁に誰かと連絡をとっていた”って報告があったぜ」
俊作「ホントか? どんな話をしてた?」
創「よく聞き取れはしなかったみたいだけど、金の話をしてたような感じだったって」
俊作「金の話……か」
純「なんか、オレが聞いた話と繋がりそうだな」
伸子「お金と……2日後の午後8時……が?」
俊作「……おそらく、受け渡しの話だったんじゃないか? 笹倉が、協力者に報酬を払うのが2日後の午後8時…ってことかもしれないぞ」
伸子「受け渡し? 話が飛ぶね」
俊作「だって、オレがセクハラをしたって事実をでっちあげるんだったら協力者が必要にならないか? 一人じゃかなり難しいんじゃないかな。で、うまいことオレが会社からいなくなったんでそいつに謝礼を払うって考えたら納得がいくと思うんだけど」
伸子「あぁ、なるほど。柴ちゃん読みが鋭いね」
米本「だけど、仮にそうだとしても受け渡しの場所や相手がわからんことにはどうにもならないぜ」
俊作「羽村か、笹倉派の誰かか、それ以外だと黒野たちか――だな。徹底マークする必要がある」
純「そうだな。でも決してばれちゃいけねぇ」
俊作「よし。じゃあまずはソフトの存在と笹倉の動き、そして笹倉派のメンバーを早急に割り出そう。それから不審な行動をしてるヤツがいたら即徹底マークだ」
純「俊作、カフェや江坂のほうは任せたぞ」
俊作「ああ。そっちもな。ソフトを突き止めたら、藤堂さんのメールやオレの発注書との関係も探ってくれ」
純「OK! 米本さんも笹倉派の割り出しに協力してくれ」
米本「うむ。人事部の従業員データベースから笹倉課長と繋がってる人間を抽出してみよう」
藤堂「気をつけろよ。あれは確か人事部でも一部の人間しか使えないモノなんだろ?」
米本「はい。マグナムコンピュータ全従業員の個人情報が全て入っています。生年月日や所属先はもちろん、普段の勤務態度や社内における交友関係まで事細かに。当然リスクは負いますが、笹倉派の割り出しにはこれが最も効率的で最適な手段でしょう」
藤堂「うむ……確かにそうだが……」
米本「大丈夫ですよ。データベースは私の席のパソコンからもアクセスできますから、怪しまれることはありません」
藤堂「十分に注意してくれ。キミまで処分の対象になることは避けたい」
米本「わかりました」
純「よし。じゃあ、リストアップした人物はプリントアウトしてオレに渡してくれるか?」
米本「上の目を盗みながらやるから少しずつしか渡せないけど、それでもいいか?」
純「それで構わない。いっぺんにやると他にばれる恐れがあるからな」
米本「わかった。リストと一緒に、笹倉課長が柴田の行いを報告した時の資料も渡せたら渡すよ。柴田か笹倉課長の項目を見れば記録があるだろうから」
純「頼んだ。それから俊作、時間があえばでいいんだけど、帰宅時の笹倉を尾行するのを手伝ってくれない?」
俊作「いいよ。つーかお前もヤツをつけるつもりか?」
純「ああ。いつ、誰と連絡とるかわかんねーんだ。電話の内容をガッチリ集音マイクに録りこんでやる」
俊作「わかった。こっちの用事が片付いたらメールするよ。ところで、笹倉の自宅がどこかわかってんのか?」
純「確か江戸川区だったよな、ロッキー?」
創「東西線の葛西が最寄りだ」
俊作「よし。頼んだぜ、純。他に何か情報はないか? ……のぶちゃん、法人営業一課で何か変わったことは?」
伸子「えっ? 変わったこと? ……そうねぇ、あっ、そうだ」
俊作「何だ?」
伸子「今ねぇ、会田さんが柴ちゃんの分の予算まで受け持ってるの」
俊作「何だって?」
藤堂「ああ、そうなんだよ。大丈夫なのか、あれ?」
伸子「本人は大丈夫だと言っているんですけど……」
藤堂「心配だな。いくら会田でも二人分の予算をこなすのは容易じゃない」
俊作「ちょっと待ってくれ。何で会田さんが二人分の予算を?」
伸子「会田さん本人が言い出したの」
俊作「何だって?」
伸子「最初、あたしが“柴ちゃんの予算を課の人数で割ってそれぞれの予算に上乗せする”って予算の編成案を作ったの。でも課長がそれに反対して……“上乗せする額が高すぎる。これは柴田自身が望んだことだからこんなに上乗せする必要はない”って言われちゃったのね。それで会田さんが……」
俊作「はぁ? 意味がわかんねぇ。それに、オレは“予算を増やしてくれ”なんて言ってねーぞ。知らぬ間に設定されてたんだ」
伸子「やっぱりね。柴ちゃんがそんなこと言うはずないもんね」
藤堂「柴田の年齢や経験、能力を考慮するとあれはでかすぎる。オレも笹倉に見直すよう言ったんだが、あいつ強引に押し切りやがった」
俊作「押し切られた? 藤堂さんが?」
藤堂「あいつ、お前が笹倉宛てに送信したメールをプリントアウトして持ってきたよ。“この通り柴田は大丈夫だと言っている”ってな」
俊作「メールだって? そんなモン送った覚えはないですよ!」
藤堂「しかし、確かに送信者は柴田だったぞ」
俊作「……まさか、それも例のソフトで……?」
藤堂「え……?」
俊作「だって、ホントにオレはそんなメール送ってないですから」
藤堂「……そうか。そのソフト、にわかには信じられんが、そう言われてみれば……」
純「うん、あり得ない話じゃない」
俊作「オレもそんなソフトは聞いたことなかったけどな、なんか、だんだん確信に変わってきてるぜ」
米本「しかも、それを使ってる人間が社内にいる……」
俊作「ああ。早急に割り出さなきゃなんねぇ――」
『ピンポーン……』
俊作が続きを言おうとしたところで、インターホンが鳴った。
純「誰だ? こんな時間に……」
純が、応対のために玄関へと歩いていく。
ドアを開ける音が聞こえる。
宅急便の類いではないようだ。威勢のよい声がしない。
純「俊作、お前にお客さんだぞ」
玄関先から俊作を呼び寄せる純。
俊作「オレに? 誰だろう……?」
俊作はゆっくりとソファーから立ち上がり、玄関へと歩いていった。
俊作「あっ……!」
ドアの向こうには、なんと鴨川ヒナコが立っていた。
いったいどうしたのだろうか?




