30.刑事・湊参二朗
湊参二朗――。
かつて、当時十代だった俊作や純がヤンチャをしていた頃、地元の管轄である板橋中央警察署で少年課の刑事として勤務していた男である。
しょっちゅうケンカをしていた俊作や純は、当然、そのたびに湊の世話になっていた。
自分たちと同じ目線で接してくれ、「ダメなものはダメ」としっかり叱ってくれる湊刑事は、学校の先生よりも先生らしかった。
その湊刑事が、今、自分の目の前にいる。
ただ驚くばかりである。
湊「ビックリしたよ。まさかお前とこんな形で再会するとは」
取調室に入るなり、湊はくわえタバコでそう言った。
その横では、俊作よりも年下と思われる男性刑事が腕組みをしながら仁王立ちしている。
確か、湊刑事は彼を「佐藤」と呼んでいた。
俊作「オレもですよ、湊さん。いつ板橋から異動になったんすか?」
湊「今月からだ。厳密にいうと、オレはここの人間じゃねぇ」
俊作「え?」
湊「今月の一日付けで本庁捜査一課勤務になったんだよ。別の事件でたまたまここにいたわけ。そしたらお前が連行されてきやがった。でも人手不足だったもんだからオレが取り調べを仕方なくやるわけなんだけどな」
俊作「マジすか! 警視庁の捜査一課とは」
湊「すげーだろ」
俊作「驚いた」
湊「しかし、板橋とは色が違うな、原宿ってのは」
俊作「色?」
湊は、一旦タバコの先端にかろうじてくっついている灰を灰皿に叩き落とした。
湊「ああ。“原色使いの街”って感じだな」
俊作「何なんすか、それ」
湊「オシャレなのはいいけど、若々しさだけが先行しちまってどうも落ち着かねぇ」
俊作「なるほど。でも、ちょっと裏道入れば少しは落ち着いた色になりますよ。それに原宿は明治神宮や代々木公園も近いし。渋谷のほうが落ち着かないかもしれないっすよ?」
湊「渋谷は、言うなれば“蛍光色”だ。刺激までついてくるからな」
俊作「あぁ…そうですね」
湊は得意気に笑うと、再びタバコの灰を灰皿に落とした。
湊「ところで、鳴海たちは元気か?」
俊作「はい。相変わらずつるんでますよ」
湊「そうか。仲いいんだな、お前ら」
俊作「ははは…そうみたいですね」
俊作は少し照れ臭くなった。湊は三度タバコの灰を灰皿に落とす。
湊「しかし柴田よぉ、お前いい歳こいてケンカするたぁ何考えてんだ?」
俊作「いや、あれはケンカじゃないっすよ! 身に降る火の粉を払っただけです」
佐藤「ウソをつくな!」
湊「聞いた話と違うな。どういうことだ?」
部分的に話すとかえって伝わりづらいだろう。
俊作は、会社を解雇されたところから今までのいきさつを話した。先程、夢にも出てきた白鷺堂の一件もその中には含まれている。
話し終えると、湊は静かにタバコの火を消した。
湊「――なるほどな。じゃあ、あの被害者たちは敵の仲間だってのか」
俊作「はい。むしろ被害者はこっちですよ。有無を言わさず取っ捕まえやがって。ありゃ警察の怠慢だ」
少し興奮気味に、俊作の語調が荒くなる。
佐藤「この野郎、警察を侮辱する気か!」
佐藤刑事もカチンときたらしい。
俊作「だって事実だろ?」
目だけで殺気を放つ俊作。それに気圧されたのか、佐藤は次の言葉を失ってしまった。
湊「まぁまぁ、やめとけ。佐藤、マジでこいつ(俊作)を怒らせたらお前、殺されちまうぞ?」
佐藤「……すいません。取り乱しました」
若干納得のいかない佐藤だったが、ここはおとなしく引き下がる。
湊「しかし柴田よ、中にはいい警官だっているんだぜ? オレみてーによ」
俊作「……そうでしたね」
冷たく言い放つ俊作。
湊「な、なんだよ、そんなに冷たくしなくてもいいだろうよ。お前らがガキだった頃はさんざん面倒見たじゃねーか。ホントだったら今頃前科者かもしんねーんだぞ? ごまかすの苦労したんだからな」
俊作「マ…マジすか?」
湊「今だから言える話だぞ。ちったぁ感謝しろ」
俊作「そうだったのか……すいませんでした、湊さん」
湊「いやぁ、わかりゃいいんだ。ところでよ、さっき客を上司に取り上げられたっつってたな?」
俊作「はい」
湊「原因は発注書の作成ミスだと」
俊作「ええ。それがどうかしたんすか?」
湊「ホントにお前のミスか?」
俊作「……たぶん」
湊「たぶん?」
俊作「わかんないんですよ。確かにちゃんと作ったはずなんですけど、いつの間にか納品するはずの品が違ってて……」
湊「その発注書ってのはどうやって作るんだ? エクセルか?」
俊作「いえ、社内の専用アプリケーションからです。納品する商品をプルダウンメニューから選べるようになってまして。今回の場合、本来納めるべき商品と間違えた商品はプルダウンメニューで隣同士になってたんで、オレのミスと言われてもしょうがないっちゃあしょうがないんすけどね」
湊「そうか、そういうことか」
俊作「湊さん、そんなこと聞いてどうするんすか?」
湊「それ、“誰かに書き替えられた”って可能性は考えられないか?」
俊作「え……?」
あまりに突飛な推論に、俊作は思わず次に言おうとしていたことを一気に頭の中から削除していた。
湊「いや、最近ここの管内で一人暮らしの女性が暴行を受ける事件が起きたんだ。まぁオレはその事件で来てるんだけど」
俊作「はぁ」
湊「その翌日に、別の女子大生から“SNSで知らない人といつの間にか友達になっている”との相談を受けた」
俊作「……」
湊「更にその翌日、某有名ブランドショップの女性店員が非番の日に客の男からつきまとい行為を受けた」
俊作「何なんすか、それ? まったく別の事件が同時期に3件も起きてますけど」
湊「初めはオレもそう思った。だけどこれら全ての事件には一つ共通点があったんだ」
俊作「それぞれの被害者が友達同士だった?」
湊「違う。そんな単純なことじゃない。パソコンだよ」
俊作「パソコン?」
湊「それぞれの被害者は、みんな犯人にパソコンを覗かれてたんだ」
俊作「えっ? ――ってことは……」
湊「個人情報はもちろん、その他のプライベートな情報もまるごと盗まれた。だから一人暮らしの女性とショップの女性店員は行動パターンを犯人に知られていた。それだけじゃねぇ。パソコンを遠隔操作された子もいる」
俊作「2番目に言ってた女子大生…ですか?」
湊「ああ。だからSNSでいつの間にか知らない人と友達になってた。まぁ、早い話がハッキングだな」
俊作「湊さん、それ、厳密にいうと“クラッキング”ってヤツっすよ」
湊「クラッキング? 今はそういうのか?」
俊作「いや、前からいわれてますよ。他のコンピュータに不正にアクセスして悪いことをする行為はクラッキングと呼ぶほうが正しいらしいです」
湊「そうなのか。一つ勉強になったな。でもな、それぞれの犯人はみんなパソコンにたいして強くないんだよ。専門的な知識までは持ちあわせてなかったってことだ」
俊作「え…? じゃあ、どうやって…………はっ!」
俊作はそこから推論を導き出した。
俊作「ソフトウェアだ…! ソフトを使えば誰でも簡単にネットワークを経由して他人のパソコンを覗くことができる!」
湊「そうだ。まだ詳しく調べねーとハッキリしたことは言えねーが、犯人たちは簡単に他人のパソコンを覗き見できるようなソフトウェアを使ったんだろう」
俊作「そんなものどこで手に入るんだ」
湊「わからん。これもちゃんと調べなきゃな。それよりも、オレが言いたかったのは、“もしかしたらお前の発注書も誰かに遠隔操作されたんじゃないか”ってことだ」
俊作「そんな……」
佐藤「ちょっと湊さん! 部外者に軽々しく捜査情報教えちゃまずいですよ!」
湊「佐藤はちょっと黙っててくれるか?」
佐藤「……」
湊「――まぁ、これはあくまで可能性の話だ。今オレがそういうヤマを追ってるから、ふとそう思っただけだし。ホントにお前の責任かもしれねぇ。まぁ、参考までに頭の片隅にでも置いとけ」
俊作「はい…」
湊「そんな難しそうな顔すんなよ。誰かが遠隔操作したかもしれねぇんだぜ?」
俊作「はぁ……」
湊は、急にニカッと明るく笑った。
湊「よし! 今日はもう帰れ!」
俊作「へ?」
湊「ケンカの話は不問にしてやる。釈放だ」
佐藤「ちょっ……湊さん! いいんですか?」
湊「いいんだよ。こいつはウソをつかない性格だ」
佐藤「しかし……」
湊「大丈夫だよ!」
佐藤「……」
それっきり、佐藤刑事は黙り込んでしまった。
湊「おい柴田、早いとこ真相をつきとめるんだ」
俊作「湊さん…」
湊「その代わり、パソコン覗き見してるヤツやソフトウェアについて何かわかったらすぐに知らせろ」
俊作「……なるほど、“ギブアンドテイク”っすね」
湊「そういうことだ。不満か?」
俊作「いや、そんなことはないですよ。人間社会じゃあ当たり前の話ですからね」
湊「よーし! それじゃ決まりだな! こっちも何かわかったら連絡する」
俊作「わかりました!」
佐藤「あり得ない! こんな取り調べ初めてだッ! 湊さん、この男は暴行もしくは傷害の疑いがあるんですよ!? そんな輩と手を結ぶなんて……」
湊「だから、こいつはウソをつかないって言ったじゃねーか。オレは柴田を昔から知ってるんだ」
佐藤「それに、あのロック・ボトムの連中とは面倒を起こすなって課長から言われてるじゃないですか!」
俊作「えっ? 面倒を起こすな…だと? どういうことだよ!」
俊作が佐藤刑事に詰め寄った。
佐藤も「しまった」と思ったが、もう遅い。
湊「佐藤くーん、簡単に内部事情を漏らしちゃまずいんじゃないの?」
佐藤「……すいません」
湊「まったく、案外間抜けなヤツだな」
思わず苦笑する湊刑事。
俊作「――で、何でヤツらと面倒を起こしちゃいけないんだ? あんなメチャクチャやる連中ほっといていいのかよ!」
佐藤「知らん! 上からの通達なんだ」
俊作「通達だぁ!? そんなの関係ねーだろ! 現に街の人たちが困ってんだぞ! 警察がそんな態度でどうする!」
佐藤「しょうがないだろ。上がそう言ってんだから」
俊作「“上が…”じゃねーだろ! これだから警察は……」
湊「まぁまぁまぁ、そう熱くなるなよ柴田」
もう少しで佐藤に掴みかからりそうな勢いの俊作を湊がなだめる。
湊「詳細を知ることができないのは事実だ。だがな、その点に関しちゃオレも変だと思ってる」
俊作「……」
すると、湊は俊作に向かって手招きをした。「耳を貸せ」というジェスチャーである。言われるがまま、湊に顔を近づける俊作。
湊「あんまり大きな声で言えねーけどよ、何で上が教えてくんねーのかも調べとくよ」
俊作「えっ? そんなことして大丈夫なんすか? 上層部の事情に首を突っ込んで湊さんの立場が危うくなったら……」
湊「バカ! オレのことは心配すんな! 警視庁捜査一課の刑事だぜ、オレは。お前は自分のやるべきことをやれ! それに、このヤマ調べりゃ何かわかるかもしんねーぞ。既に柴田は連中と関わってるわけだしな」
俊作「そうですね……わかりました! すぐ調査に戻ります!」
湊「おう! 早く動かねーと解決できるモンもできなくなっちまうぞ!」
俊作「はい!」
湊「そうだ、ケータイの番号教えてくれないか? 連絡先を知らねーんじゃどうにもならん」
俊作「あ、そうですね」
俊作と湊は、赤外線通信による番号とメールアドレスの交換を行った。
湊「…よし。玄関まで送るよ」
俊作「いやぁ、いいっすよ。女の子じゃあるまいし」
湊「かたいこと言うなよ。別にいいじゃねーか」
まぁ、いいか。
俊作は、かすかに微笑んだ。
俊作「……じゃ、行きましょうか」
俊作と湊が刑事課を出た瞬間だった。
見覚えのある男が向こうから歩いてくる。
オールバックにメガネ。そのメガネからは冷たい眼光がほとばしる。
――戸川だ。
笹倉と一緒に退職を強要してきた、あの弁護士がこの神宮前署にいる。
何故、あの男がここに……?
※「クラッキング」のところは、ウィキペディアを参考にしました。
筆者も勉強になりました!




