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28.「自信」と「作戦」

俊作の誘導作戦、果たしてうまくいくのか?

小手先の技で相手を挑発しつつ、この先にある更地へと誘い込むという作戦を立てた俊作。


現時点ではうまくいっている。

あともう少しだ。


そう思った次の瞬間、俊作は瀬高の行動を不審に感じた。


携帯電話で誰かと話をしている。


こんな時に電話する用事などあるのだろうか。

仲間に連絡して助太刀に来てもらう気か。いや、それにしては落ち着きすぎている。

いったい何をする気なのか――。


――と、突然ジャッカル男の右パンチが俊作の視界に飛び込んできた。


瀬高の行動に気をとられて反応が遅れたか。


やむなくこれを左手で受ける。

そして素早く、自身の前側である左足で前蹴りを返し、すぐさまバックステップ。


俊作「惜しかったなぁ〜。もう少しでパンチが当たるとこだったけどなぁ」

わざと挑発的な言い方をする俊作。


ジャッカル男「ふざけやがって……!」

俊作「ま、頑張って当ててみなよ」

ジャッカル男「うがぁぁぁぁぁッ!!」


やけくそになったのか、ジャッカル男は低空飛行で右足の飛び蹴りを打ってきた。


ここは冷静にバックステップをしつつ体を右回りに捻り、相手の蹴りの軌道から外れる俊作。同時に、左手でジャッカル男の空振りした右足を、下からすくい上げるように受け(これを空手では“すくい受け”という)、間髪入れず素早く真上に持ち上げた。


ジャッカル男「ぐあっ…!」

たまらずよろけるジャッカル男。


そこへ再び俊作の左前蹴り。


当然のように転倒するジャッカル男。


それと入れ替わるように、ヒップホップ男も加勢してきた。

挨拶代わりの右パンチを、俊作はやはりバックステップで回避した。


俊作は、目だけ動かして自分の右方向を一瞬だけ、チラリと見た。


すでに、目的の更地が真横にあった。


それを確認し目線を戻したのと同じタイミングで、ヒップホップ男とジャッカル男が2人一緒に攻撃をしかけてきた。


俊作は、ニヤリと一瞬だけ笑うと素早く真横に飛びのき、でんぐり返しをしながら更地の中へ逃げ込んだ。


作戦成功。

これで思い切り戦える。


ヒップホップ男「この野郎……逃げてばっかいねーでかかってきやがれ!」

俊作「てめーのトロさを人のせいにしてんじゃねぇ。悔しかったら1発ぐれぇ当ててみろっつってんだろが」

ヒップホップ男「クソがぁぁぁぁー!!」

右手の拳を後ろいっぱいに引き、怒号と共にヒップホップ男が突進してきた。


右のオーバーハンドフック(横からではなく、上から叩きつけるように振り下ろすフック。野球のオーバーハンドスローに似ている)をしかけてくるのが見え見えだ。


俊作はオーソドックス(右利きの構え)に構えた。


俊作の左前蹴り。


ヒップホップ男のみぞおちに見事ヒット。

息をつまらせ、苦痛を露にするヒップホップ男。ちょうどパンチを打とうとしたところを狙われたのだから、当然ダメージが大きくなる。


悶絶するヒップホップ男の眉間に、俊作が右ストレートを叩き込む。

まるでゴム人形のようにグニャリと全体をくねらせながら倒れこむヒップホップ男。完全にのびている。


ジャッカル男「なっ……!」

俊作「一丁あがり」


驚愕するジャッカル男を押し退けるように、後からついてきた瀬高がようやく俊作の目の前に立つ。


俊作「一人減ったな」

瀬高「やりやがったな…!」

俊作「どうする? 撤退するなら今のうちだと思うけど?」

瀬高「いい気になるなよ。オレらにそんな選択肢はねーんだ。むしろそっくりそのまま台詞をてめーに返してやんよ」

俊作「ここで全滅してもか?」

瀬高「いや、全滅はしない」

瀬高の顔が自信に溢れている。

俊作「ほう、自信満々だな。さっきケータイで誰かと話してたみてーだけど、援軍でも呼んだか?」

瀬高「さぁな」


どうも腑に落ちない。

この自信は何だ。腕に覚えでもあるのだろうか。


俊作「……まぁいい。援軍を呼んだとしても、そいつらが来る前に全員片付ければいいことだ」

瀬高「できるのか? オレらはここで全滅しない自信があるぜ」

俊作「あ?」


何を言っているのか。


この瀬高という男は、たった今ヒップホップ男が俊作にあっけなくやられたのを目の当たりにしているはずだ。それにもかかわらずこの自信に溢れた態度。


俊作「“全滅しない自信”? ずいぶんと奇妙なことを言いやがるな。どういうことだ、そりゃ?」

瀬高「質問を質問で返すんじゃねぇ! オレが先に質問してんだろ、このアホが!」

俊作「わりーな。学生時代、疑問文には疑問文で返せって教わったもんでよ」

瀬高「……」


遠くから、車の走る音が聞こえてくる。こちらに向かっているようだ。しかし、今の俊作にはそんなのどうだっていい。

頭にあるのは、「どうやって瀬高たちを全滅させようか」だ。もしくはこのまま逃げ帰ってくれても構わない。


俊作「おい、ごちゃごちゃくっちゃべってねーでやんのかやんねーのかハッキリしろよ!」

ジャッカル男「瀬高さん、早いとこやっちまいましょうよ!」

瀬高「まぁ待てよ」

瀬高がジャッカル男に耳打ちをした。


すると、ジャッカル男まで自信満々に笑うではないか。いったい何なのだ。


俊作「何をそんなにヘラヘラしてやがる。気色悪い」

ジャッカル男「別にィ〜」


車の音が大きくなる。


俊作(どうせ正当防衛は成立してんだ。さっさとやっちまうか)

俊作は身構えた。

俊作「かかってこい」

しかし、瀬高たちはヘラヘラしたまま何もしようとしない。


こちらに近づいていた車の音が、ピタリと止んだ。

すぐ近くで停車したようだ。


その時、瀬高が音のする方向をチラリと見た。


俊作の方に向き直った瞬間、瀬高は突然倒れたヒップホップ男に駆け寄った。


瀬高「おい! しっかりしろ! 大丈夫か!」

ヒップホップ男の上半身だけを揺り起こし、必死そうに声をかける。


しかし、この時の俊作に「いきなり何やってんだ?」などと怪しむ余裕はなかった。


人影が二つ、俊作と瀬高たちが睨みあっているところへ猛然と迫って来るのが見えた。


一目でそれが何なのか、俊作はすぐにわかった。


あの帽子。


あの服の色。


腰には棒のようなものとわっかのようなものを携えている。



――警察官。


制服警官が2人、こちらに走って来る。


瀬高「おっ、来てくれたか!」

警官A「“仲間が暴漢に襲われている”と通報したのは、あなたですね!?」

警官Aは瀬高に向かって尋ねた。


俊作「何だと……?」


暴漢?

どういうことだ?


瀬高「ああ。あいつがオレの仲間を……! 早く捕まえてくれ! こいつはたぶん“シマ荒らし”だ!」

俊作「ちょっと待て! オレはそんなんじゃあ……」

警官B「そこを動くなよ!」

俊作の言い分も聞かず、2人の制服警官はジリジリと間合いをつめる。


俊作(クソッタレめ! あの瀬高とかいうヤツがさっきケータイで話してたのは仲間じゃなくて警察だったのか…!)



瀬高が呼び寄せたのは仲間の援軍ではなく、警察だった。



俊作「待て! オレの話を聞け! オレは暴漢じゃねぇ! こいつらが先にケンカをしかけてきたんだ!」

警官A「黙れ! じゃあ何でここに倒れてる人間がいるんだ! お前がやったんだろうが!」

俊作「それは正当防衛だ!」

警官A「信用できるか。お前、見た目無傷じゃねーか」

俊作「状況的にどっちが不利かわかるだろ!」

警官B「彼らがよってたかってお前を襲ったてのか?」

俊作「そうだよ! 見りゃわかるだろ」

警官B「そうは見えんがな」

俊作「何だと!?」

警官A「とにかく、署まで来いッ!」


とにかく雰囲気的にまずい。

ここは逃げなければ。


昔からの癖なのか、俊作は真っ先にそう思った。


捕まれば調査に支障が出る。それは避けないと。


この更地は、道路に面した所以外は民家もしくは小さな店に囲まれている。

普通に道路から逃げることはできない。その方向には警官がいる。


それならばと、俊作はくるりと回れ右をして民家の方向に走り始めた。


道路から逃げられないのであれば、民家の塀をつたって逃げるしかない。

幸い、俊作が逃げようとしている方向には木箱や廃材が階段状に積まれている。わざわざ塀によじ登る必要がなくなる。


しかし、胸クソ悪い思いだ。


またしても一方的に悪者扱いされた。


それよりも、会社にしろ警察にしろ、どうして自分の言い分を聞いてくれないのだろう。

怠慢だ。徹底した事実確認を怠っているとしか思えない。その怠慢のせいで人生を狂わされる危険性もあるというのに。やはり、社会というのは非情かつ理不尽なものなのだろう。


警官B「止まれぇー!」

2人の警官が必死に俊作の後を追う。


しかし、俊作のほうが俊足だった。

ほとんど一瞬で木箱と廃材の山がある所まで到達できた。


よし、これならとりあえずはこの場所から脱出することができそうだ。あとは、この木箱と廃材の山を階段状に駆け上がればよい。それから先は、塀の上を歩きながら考えよう。


このままスピードを失わずに塀を駆け上がるには、まずいちばん目の前にある木箱に飛び乗るのが最善だろう。この木箱はさほど大きくないため、飛び乗るのにちょうど良い。


よし、一気に警官どもを振り切るぞ。


俊作は、思い切り左足で地面を蹴った。


イメージ通り、勢いを殺さずに飛び上がることができた。例えるなら、「スーパーマリオブラザーズ」の「Bダッシュ→ジャンプ」といったところか。


ここまでは思い通りにことが運ぶ。


しかし――。



――“バキィッ!”


俊作「うっ!?」


木箱に着地した途端、俊作の右足がその木箱を突き抜けてしまった。


何だ!?


状況を理解する間もなく、ついに左足も音をたてて木箱にめり込んだ。


俊作「うわっ!」


足場が崩れ、俊作は木箱の中に落ちる形となった。その際にバランスを崩して転倒し、左ヒザを地面に打ち付けてしまった。


俊作(ちくしょう、この木箱……腐ってやがった!)


おそらく長いことこの更地に放置されていたのだろう。大人一人の体重に耐えられないほどに木材が腐っていたのだ。


不覚だ。

俊作はそこまで計算には入れていなかった。


急いで立ち上がるものの、既に二人の警官が俊作の周囲を取り囲んでいた。


警官A「もう逃げられんぞ!」

俊作「……」


まいったな、こりゃ。

俊作は心底そう思った。しかし、もう逃げ道がないのは事実だ。


俊作「…わかったよ。一緒に行きゃいいんだろ? 早く連れてけよ」

不貞腐れたように言い放つ俊作に腹を立てたのか、二人の警官は彼を強引にパトカーへ引き摺っていった。

俊作「いててててて! 自分で歩けるから!」

警官A「黙れ! おとなしくついて来い!」



そんな俊作と警官のやりとりを、瀬高が遠くから目だけでほくそ笑んでいた。


俊作確保さる!

このまま前科者となってしまうのか…?

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