27.忍び寄る影
俊作「あの、黒野って今までどんな女性と付き合ってきたんですか?」
鴨川「どんな女性と付き合ってきたかって?」
鴨川はこの質問をまったく想定していなかったのか、思わず声がひっくり返ってしまった。
俊作「はい。すごく気になるんですよ」
鴨川「そうですねぇ……自分も噂でしか聞かないから詳しくは知りませんけどね、不良っぽい女性がほとんどだったらしいですよ。少なくともOLさんとはなかったんじゃないですかね」
俊作「不良っぽい女性ねぇ……」
確かにそういうタイプのほうが納得できる。
鴨川「自分もたまに街で黒野が女性を連れて歩いてるのを見かけましたけど、見るたびに違う人なんですよね」
俊作「へぇ、飽きっぽいんですかね?」
鴨川「いやぁ、どうでしょうねぇ。ヤツは相当な遊び好きらしいですから。実際、彼女かどうかも怪しいと思いますよ」
俊作「遊び好き…」
鴨川「ええ。夜な夜な街へくり出しているみたいです……」
鴨川は、黒野の夜遊びについて、自分が知っている限りの情報を俊作に伝えた。
それによれば、クラブやバー、キャバクラなど、繁華街にある店はだいたい網羅しており、毎晩子分を引き連れて現れるそうだ。また、それらのほとんどの店とは「顔見知り」であり、来店のたびにVIP並みの待遇を受けるのだとか。これは先程鴨川が話した「傍若無人な振る舞い」によって店側が黒野を恐がってしまったためだ。
ちなみに、よく現れる街は新宿と原宿、それと渋谷らしい。
俊作「……なるほど。ということは、その出没スポットの中に秋池さんのクラブも含まれていたってことになりますね」
鴨川「そうですね」
俊作「しかしそこで気になるのは、金の出どころですよね。よく毎晩遊び歩く金があるなーって思いますよ。普段どんな仕事してるんですか?」
鴨川「さぁ…わかりません。定職に就いていないのは確かですがね」
ヒナコ「…あ、あたし黒野が普段何をやってるか聞いたことありますよ」
様子をうかがうように、ヒナコが話を切り出してきた。
俊作「ホントですか?」
ヒナコ「はい。確か――」
俊作「しっ!」
ヒナコが話し始めようとした瞬間、突然俊作がそれを遮った。
俊作の顔つきが、一変して鋭くなっている。
わけがわからずおろおろするヒナコに俊作が言う。
俊作「――外に誰かいる!」
ヒナコ「えっ……?」
鴨川「誰だろう……?」
鴨川は外の様子を見るために店の出入口へ行こうとした。
俊作「動かないで! おそらく来客なんて穏やかなもんじゃない」
ヒナコ「それって、まさか……」
俊作「ロック・ボトムの連中でしょう。ちょっと確認してみます」
俊作は忍び足で窓辺に駆け寄り、物陰から外を覗き込んだ。
まず、視界に入ってきたのはジャッカル男だ。その隣には、長身で黒野同様ホストのような格好をした男が、逆立てた頭髪をいじりながらこちらの様子をうかがっていた。
更に俊作は、視線を左右にスライドさせてみた。
ジャッカル男と長身男とのちょうど両脇で、ヒップホップ男ともう1人、見慣れない男がその場をうろうろしていた。
見る限り、向こうは4人か。
おそらく目的は自分。
先程の仕返しだろう。それも人数を倍増させている。
俊作「やっぱりか……!」
ヒナコ「た…探偵さん?」
ヒナコの見るからに不安そうな視線が俊作の背中に突き刺さる。
俊作「…思った通り、店の外にさっきの連中がいます。それも更に仲間を連れてね」
ヒナコ「え……?」
俊作「まぁ、おおかたオレにさっきの仕返しをしようってハラなんでしょう。やれやれ、しょうがねぇな」
鴨川「探偵さん、どうするつもりですか?」
俊作「ヤツらを別の場所に誘導します」
鴨川「まさか、1人で連中全員を相手するつもりで……?」
俊作「まぁ、そういうことになりますね」
鴨川「無茶な…! 多勢に無勢ですよ!?」
俊作「大丈夫。なんとかなりますよ」
鴨川「……」
俊作「そんなわけで、今日のところはこれで失礼します。何かあったら連絡ください」
鴨川「…わかりました」
ヒナコ「気をつけてくださいね!」
俊作「はい! ありがとうございます。あ、それからコーヒーごちそうさまでした」
俊作はカウンターに向かって立っている鴨川の前に500円玉を差し出すと、軽く頭を下げて店を出ようとした。
退店の際に、鴨川が何か言いたげな顔をしているのを認識した。
鴨川「あの、お釣り……」
俊作は、優しく微笑んだ。
それだけで、鴨川の言葉がふっと途切れた。
俊作「余りの額はチップですよ、マスター。少ないですけどね」
言い残して、俊作は今度こそ店を出た。
俊作が手をかけたドアの向こうには、明らかに殺気を漂わせたゴロツキが4人、一斉にこちらを注視していた。
俊作は、表情ひとつ変えることなくそのゴロツキどもを一瞥する。
俊作「……何だ」
ジャッカル男「“何だ”じゃねぇ! 今度こそ覚悟しろよコラァッ!」
俊作「何の覚悟だよ?」
ジャッカル男「とぼけんなぁ! マジ殺すぞてめぇ!」
復讐心に燃えるジャッカル男を、「まぁまぁ」とあの長身男がなだめた。
ジャッカル男「瀬高さん」
どうやら、この長身男は瀬高という名前のようだ。
見たところ、この瀬高という男はグループの中でも上の立場にあるようだ。
瀬高「よぉ、あんたウチのモンをやってくれたんだって?」
俊作「え……?」
俊作はわざと、何のことかわからないといった顔をしてみせた。
しかし、瀬高は怒っていない。
瀬高「…悪い。質問が悪かったな。あんたさぁ、こいつらの顔は覚えてるよな? さっき会ったばっかだもんなぁ?」
ジャッカル男とヒップホップ男を交互に指差しながら、瀬高が尋ねる。
俊作「……ああ」
さすがにここまでシラを切るわけにはいかない。
瀬高はまた髪の毛をいじり始めた。クセなのだろうか。
瀬高「こいつらがよぉ、さっきあんたにやられたっつってんだよ。それホントなの?」
俊作「……いや、そんなことはしてないぞ。現に2人ともピンピンしてんじゃねーか」
ジャッカル男「ふざけんなよ! 呼吸が止まったんだぞ!」
瀬高「おいおい、話が食い違ってんじゃん。ホントにやってねーのかよ?」
俊作「ホントだ」
ジャッカル男「オレにヒザ蹴りしたじゃねーかよ!」
俊作「ヒザ蹴り? …あぁ、あれ?」
瀬高「“あれ?”じゃねーよ。やってんじゃねーか!」
俊作「ちょっと待て。オレは別にぶちのめしちゃいねぇんだ。そいつが掴みかかってきたから、条件反射でヒザが出ちまったんだよ」
瀬高「あ、そう。こいつらが悪いってんだな?」
俊作「そうだな。そういうことになる」
瀬高「お前ら、こいつの言ってることはホントか?」
瀬高がジャッカル男とヒップホップ男を振り返った。
ジャッカル男「ちっ、違いますよ!」
ヒップホップ男「あいつ、見た目でばれないようにわざとボディを狙ったんすよ!」
俊作「は!?」
突然何を言い出すのだろう。理解に苦しむ。
しかし、こいつらは人の言いぶんを聞こうとしない。もう何を言っても信じないだろう。ほぼ間違いなく瀬高たちは襲い掛かって来るだろう。
いや、それは事前にわかっていた。だから戦闘の心構えをしてあえて店から出てきたのだ。
瀬高がニヤニヤしながら近づいて来る。ジリジリと、一歩ずつ。
瀬高「そういうことだったかぁ〜! てめー何者だぁ? ボディを狙うとはずいぶん手慣れてるな」
俊作「名乗る必要はねぇ」
瀬高「カッコつけんな。どうせ鴨川のヤツが“この街のために”雇った用心棒ってとこだろう」
俊作「……!」
俊作は心の中で舌打ちをした。
この男、鴨川を知っている。しかし、瀬高が原宿界隈でやりたい放題の連中である以上、それもあり得る。俊作は即座に納得した。
瀬高「だけど、用心棒とかいって生意気な真似しやがるよな。ウチのカシラが聞いたら何て言うかな」
ヒップホップ男「そーっすね! ロック・ボトムに逆らうのがどういうことかわかってないみたいですからね!」
用心棒じゃないのに……。
俊作は心の中でツッコミを入れた。しかし、瀬高らに正体がばれていないだけマシである。
まぁ、いいか。
俊作はそう思った。
俊作「ところでそこの2人(ヒップホップ男とジャッカル男)、お前らどうしてさっきこの店に来た?」
ヒップホップ男「あぁ!? 何でもいいじゃねーかよ! コーヒー飲んじゃ悪いってのか!」
俊作「いや、悪くはない。ただ似つかわしくないと思っただけだ」
ヒップホップ男「あぁー!?」
ジャッカル男「聞き捨てならねーなぁ!」
俊作「あんなマナーの悪いヤツが似つかわしいはずねーだろ」
ジャッカル男「ありゃ、あの女の接客がよくなかったんだよ!」
俊作「オレにはそう悪くは見えなかったがな」
ジャッカル男「うるせぇ! 悪かったんだよ!」
ヒップホップ男「そうだ。あれはないわ。鴨川の妹め、ウチのカシラに捨てられたのを根に持ってやがるんだ」
俊作「捨てられた……?」
ジャッカル男「あり得るな。オレたちゃ女の恨みを買っちまったってとこか?」
俊作「おい、今のどういうことだよ?」
ヒップホップ男「てめーには関係ねぇッ!」
瀬高「おい、お前らちょっとしゃべりすぎだ」
瀬高が注意する。
ヒップホップ男「あっ、すいません……」
ヒップホップ男とジャッカルが、一瞬だけ気まずそうな顔をした。
瀬高は視線を俊作に移す。
瀬高「それからお前、どうして今、鴨川の妹の話に食い付いた? ホントに用心棒なんか?」
俊作「……」
瀬高「…ふん、まぁいい。しめあげりゃわかることだ」
俊作「やってみろよ」
瀬高「ほぉ、強気だな。オレらとやろうってのか」
俊作「どうせ何にもしねーで帰る気もねーだろ。ただし、場所は変えさせてもらうぞ。ここだと店に迷惑がかかる」
瀬高「はぁ? 迷惑だぁ? 言ってる意味がわかんねーぜ!――」
続けて瀬高が何かを言おうとしたところへ、俊作が突然それを遮るかのようにして人差し指を瀬高の目の前に突き付けた。
瀬高「……?」
不意に、俊作がニヤリと笑う。
俊作「次の台詞を当ててやるよ。“イカレてるのか? この状況で”――だろ」
瀬高「うぐ……」
思わず口をつぐむ瀬高。どうやら的中したようだ。
俊作「どうした? 急に口数が減ったな」
瀬高「てめぇ……なめんじゃねぇぞ……!」
上の歯と下の歯がぶつかり、激しく軋む音が聞こえてくる。
ジャッカル男「瀬高さん、もうこいつやっちまってもいいっすよね!?」
瀬高「おう! 二度と逆らえねーようにしてやれ!」
ジリジリと間合いをつめながら、ジャッカル男が不気味にニヤける。
ジャッカル男「へっへっへっ……この人数なら負けるこたぁねーだろ」
俊作「ちっ……」
連中は本当にここで乱闘を始める気だ。何とか別の場所に誘導させる方法はないか。
考えている間に、ジャッカル男がファイティングポーズをとる。脇が甘く、顔面が隙だらけな素人丸出しの構えだが。
俊作「……そうだ」
何か思いついたようだ。
ジャッカル男が右の拳でパンチをしかけてきた。
これをダッキング(上体を屈ませて攻撃をかわすこと)しながら横に移動する俊作。
ジャッカル男「ちいっ…」
構わずジャッカル男が再び右のパンチを放つ。
今度はスウェー(上体を反らせて攻撃をかわすこと)で回避する俊作。
ジャッカル男が3発目を打とうとした時、それより先に俊作が裏拳でしなやかなジャブを相手の鼻先に打ち込んだ(空手では裏拳打ちという)。
ジャッカル男「ぐ……」
ジャッカル男の鼻先が少し赤くなる。
続けざまに2〜3発、裏拳打ちを鞭のようにしならせながらジャッカル男の鼻先に見舞う俊作。
逆にエキサイトしたジャッカル男は、右に左に腕を大きく振り回しながら俊作に突撃していく。
しかし、これらを俊作はスウェーとバックステップを駆使してかわしていく。
よけながら、俊作は今の状況を落ち着いて確認する。
俊作(……よし、残りの3人もちゃんとついてきてるな。確かこの先には更地があったはずだ)
俊作は、ジャッカル男の攻撃をよけながらカフェ「鴨川家」まで来た道のりをそのまま逆に戻っていた。
店まで来る途中、正確には店にかなり近い位置だが、適度な広さの更地があったのを俊作は記憶していた。
牽制程度に攻撃を加えることによってジャッカル男を怒らせ、反撃に出たところをバックステップやスウェーでよける。それを繰り返し、ジャッカル男を更地までおびき寄せる。瀬高たちはほぼ間違いなく後を追ってくるだろう。したがって、瀬高たち4人を「鴨川家」から誘導したことになる。
それが俊作の作戦だった。




