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25.カフェ「鴨川家」

秋池を張り込む俊作だが……

純と伸子たちが接触している頃、俊作は、秋池の自宅前を張り込んでいた。


秋池は原宿のマンションで一人暮らしをしていた。2階の角部屋であるため、張り込みをしやすい。


今のところ、特に動きはない。出勤まで外には出ないつもりだろうか。

俊作は腕時計を見た。

午前10時半を回ったばかりだ。

「源」の開店は午後5時。ここから徒歩で20〜30分、自転車で10〜20分といったところだろうか。開店準備も考慮して、遅くとも、おそらく午後3時半には家を出るのではないか。


しかし、それは「出勤まで一歩も外出しない場合」だ。ちょっとした用事で出かける可能性もある。


もし秋池に会うなら、今すぐに会ったほうががいい。遅くなれば出勤時間と重なってしまうので相手にされなくなる。


先に黒野の身辺調査を行ってもよいのだが、ここは秋池に会うべきだと俊作は考えていた。


「源」で羽村佐知絵と食事をした時、秋池も店に出ていた。俊作も頭の片隅に記憶していた。そうなると、秋池は俊作と佐知絵の様子を見ているはずである。俊作は秋池に、黒野とのトラブルについて聞き出すのと同時に、自分の無実を証言してもらおうとしていたのだ。

黒野ともめたことが原因で自分のクラブが営業停止になってしまったのであれば、彼に対して恨みの感情を抱いているはずだ。協力を得るのはそう難しくないだろう。


携帯メールを打つふりをしながら秋池が出て来るのを待つこと約30分。


やはり秋池は家から出て来ない。

これ以上の張り込みは近隣の住民に怪しまれる恐れがある。創お抱えの情報屋に替わってもらおう。

俊作は、いったん秋池の自宅前を離れた。


次に向かった先は、今は営業停止になっているクラブ「Harajuku 302」だ。黒野の身辺調査である。


今、そこへ行ったところで誰もいないのはわかっている。しかし、何らかの手がかりはあるはず。そう信じる俊作の足は自然と速くなっていった。


「Harajuku 302」は、秋池の自宅マンションからそう遠くない位置にあった。具体的にいえば、神宮前交差点から少し表参道方面へ進んだ所にある。

小さなセレクトショップやカフェなどが立ち並ぶ中に3階建ての小さな雑居ビルがある。

そのビルの脇に、地下へ降りる階段が見える。「Harajuku 302」はその先でひっそりと息を潜めている。


階段の上から、まずは店の外観を眺めてみた。

ここからだと、店のドアしか見えない。いたって普通の、どこにでもありそうな出入口だ。

階段を降りてみる。

ホコリやチリがたまり放題かと思われたが、それほどではない。

ドアには、よく見ると豆電球で飾りつけられた、店名のロゴをあしらった看板が取り付けてあった。


だが、やはり静かである。生気というものがまったく感じられない。もちろんドアには鍵がかかっており、開けることはできない。

俊作は、しばらく辺りを見回してみた。特に荒らされた様子もない。


俊作「誰か、事情を知ってる人間に聞き込みでもしてみるか」


そう思って、くるりと回れ右をしようとした時だった。


「おい!」


階段の上から、俊作を乱暴に呼びつける者がいた。


ヒップホップ風の男が、じっと俊作を見下ろしている。見た感じ、歳の頃は21〜2ぐらいだろうか。


男「ここで何やってんだ!」

まるで不審者を発見した警官のように大声をあげる男。しかしそれでも、俊作は動じることなく男を見据えていた。

俊作「いや……久しぶりに通りかかったら閉まってたから、どうしたんだろうと思ってな。閉店したの、ここ?」

当然ながら、何も知らないふりをして尋ねてみる。

男「……そのクラブ、今はやってない」

俊作「あぁ、やっぱり閉店したんか。どうしたんだろう。何かあったのかな?」

男「お前には関係ない! わかったらさっさと行け!」

それだけ言うと、男はどこかへ行ってしまった。

俊作「何だったんだあいつは……」

だが、場所を変えたほうがよいのは事実だ。この辺りに情報交換に適した場所はないか。俊作は再び歩き出した。


小さく網目のような道で構成された原宿の街並を、右に左に蛇行しながら明治通り方面へ進むこと約10分、俊作は前方に小さなカフェを発見した。


レトロな雰囲気の、コジャレた店だ。


近づいて、窓の外から店内の様子をさりげなくうかがう。


カウンターでは、30代半ばと思しき男性が棚の整理をしている。アメリカンカジュアルがよく似合っていることから、わりとオシャレな人物なのだろう。

彼ならこの辺りの事情に詳しいのではないか。まずはここで情報収集するとしよう。


俊作は、木製のドアを開けた。


男性店員「いらっしゃいませ。空いているお席にどうぞ」


いちばん奥の席に腰掛ける俊作。

なんだか、温かい雰囲気の店だ。俊作は、ごく自然にふぅ、と大きく息を吐き出した。


すぐさま、テーブルを拭いていた女性店員が歩み寄って来る。こちらは見た目、俊作より少し年下に見える。25歳前後といったところか。女子アナにいそうな美形だ。


女性店員「ご注文はお決まりですか?」

物腰柔らかく尋ねてくる。俊作も自然と微笑む。

俊作「アイスコーヒーを」

女性店員「かしこまりました。少々お待ちください!」

女性店員は勢いよくカウンターに向き直った。

女性店員「お兄ちゃーん! アイスコーヒーひとつ!」

男性店員「はいよぉ!」

俊作「お兄ちゃん?」

俊作は思わず甲高い声をあげた。

女性店員「はい。ウチら、兄妹でこのお店をやってるんです。マスターは兄で、あたしは従業員」

男性店員「そうそう。仲良し兄妹が温かく出迎えるアットホームなカフェ“鴨川家”といえば、この辺りじゃ有名なんですよ。お察しの通り、店名は我々兄妹の苗字からとりました」

なんだか、どこぞのお笑いコンビを連想しそうな店名である。

俊作「すいません、知りませんでした…」

男性店員(=鴨川)「別に謝ることはないですよ。有名なのはこの界隈だけですから」

女性店員「オーバーだよ、お兄ちゃん」

鴨川「うるさいぞ、ヒナコ!」

「ヒナコ」とは、この妹の名前だろう。

ヒナコは「えへへ」と笑って、ヒナコはまたテーブルを拭き始めた。

鴨川「でもね、別に日本一有名なカフェにする気はないんです」

俊作「何故です?」

鴨川「地元の人々に愛される店でありたいんです。あ、自分ら生まれも育ちも原宿なんですよ。長いこと住んでると、やっぱり愛着が湧くでしょう?」

俊作「ええ、そうですね」

鴨川「そうなると、地元に恩返ししたくなってね。思い切ってカフェを始めちゃいました」

マスターの鴨川は、照れ臭そうにうつむいた。

俊作「好きなんですね、地元が」

鴨川「はい。好きです。ところで、お客さんは地元どこなんですか?」

俊作「板橋です。自分も、生まれてからずっと板橋区民なんですよ」

鴨川「そうなんですかぁ。なんか似てますね、育ち方が」

俊作「あはは、そうですね」

俊作と鴨川が笑っていると、ヒナコがこちらを睨む。

ヒナコ「お兄ちゃん! おしゃべりはいいから早くコーヒーいれてあげなよ。お客さんの喉が渇いちゃうでしょ!」

鴨川「はいはい、ただ今やりますよぉ〜! すいませんねぇお客さん。ちょっとしゃべりすぎました」

俊作「いいえ、構いませんよ」


1分ほど待つと、俊作の前に注文したアイスコーヒーが香ばしい香りと共に差し出された。


一口飲んでみる。


俊作「あっ、美味い」

なんとも味わい深いコーヒーだ。

鴨川「でしょ? ウチは豆といれ方にこだわりがあるんですよ。企業秘密だから言えませんけどね」

鴨川は得意気な顔をして笑った。

ヒナコ「お兄ちゃん、調子にのらない!」

鴨川「のってないよ。美味いって言ってくれたから喜んでるだけだよ」

ヒナコ「……もう。お兄ちゃんはいつもこうなんだから」

俊作「ははは…ホントに仲がいいんですね」

鴨川「あ、いや、お恥ずかしい」


もう一口、コーヒーを飲む俊作。


飲みながら、先程までの会話を頭の中で反芻する。

確か、この兄妹は生まれも育ちも原宿である。ということは、「Harajuku 302」について何か知っているかもしれない。

よし、聞いてみるか。


俊作「あの、先程生まれも育ちも原宿だって仰いましたよね? ちょっとお聞きたいことがあるんですが」

鴨川「何でしょう? 自分が知ってる範囲内でならお答えしますよ」

俊作「……この近くに“Harajuku 302”ってあったじゃないですか」

鴨川「――!」

鴨川の表情が微妙に険しくなる。更に俊作の視界の端っこでは、ヒナコのテーブルを拭く手が止まっていた。

俊作「あそこ、閉店しちゃったんですか?」

鴨川「……いや、違います。営業停止みたいですよ」

何やら含みのある答え方だ。

俊作「営業停止? どうしてですか?」

鴨川「それは……あの……」

鴨川は言葉を詰まらせた。

俊作「何か言えないような理由でも?」

鴨川「いやぁ……まぁ……」


鴨川が次の言葉を思案していると、背後でドアの開く音がした。新たに客が入ってきたのだ。


ヒナコ「いらっしゃいませ――」

最後まで発音しきらないうちに、ヒナコの言葉が途切れた。鴨川の表情も更に強張る。


客は男性2人組。

できることなら来店してほしくないタイプだということが、鴨川兄妹のリアクションからうかがえる。


しかし、2人組の片方は俊作も見覚えがあった。

それもそのはず。その男は先程出くわしたヒップホップ風の男だった。


「ちっ、また会ったか」と、俊作は心の中で舌打ちをした。


ヒナコ「ご、ご注文は……」

ヒナコが恐る恐る近づく。

男「コーヒーだ」

ヒップホップ風の男が高圧的に吐き捨てる。

ヒナコ「お一つでよろしいですか?」


次の瞬間、もう1人の男が力いっぱいテーブルを叩いた。


硬直するヒナコ。


それを睨みつけるもう1人の男。マンガ「北斗の拳」に登場するジャッカルのようなゴツイ服装に加え、鼻にピアスをつけている。


ジャッカル男「てめーオレをシカトする気か!? オレにもコーヒー持ってこいよ!」

ヒナコ「すっ、すいません! かしこまりました! ホットとアイスがありますが……」

ジャッカル男「アイスに決まってんだろが! こっちゃ喉が渇いてんだよ!」

ヒナコ「ア…アイスですね。かしこまりました。少々お待ちください」

気まずそうにその場を退くヒナコ。俊作は横目でその様子を見ていた。


なんと横暴な態度なのだろう。いや、それ以前にあのようなガラの悪い連中が、しかも男2人組でカフェを訪れるなんてあまりないのでは……?


男たちがタバコに火をつけた。鴨川兄妹が注意しないところを見ると、この店は特に禁煙だというわけではないようだ。もっとも、鴨川兄妹が連中を恐がるあまり注意できないだけかもしれないが。


ヒップホップ風の男が、テーブルに灰皿が置かれていないことに気づき、ヒナコにそれを持って来るよう命令した。

その際、「タバコの灰がテーブルや床に落ちたから掃除しろ」とか「ガムシロップが少なくなっているから補充しろ」などと、ヒナコをまるでパシリのように扱った。

更に連中は、鴨川兄妹や店の文句を言い始めた。

仕事がトロい、態度がなっちゃあいない、センスがない……等々、これでもかというほどの罵詈雑言を浴びせた。


さすがに、俊作もこれを黙って見ているわけにはいかなかった。


俊作「おい! うるせーぞ!」


男たちの動きが止まる。


俊作は席を立った。


先程の男と鉢合わせ!

これは偶然か?

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