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17.彼女の人間像に迫れ

再び(正確には三度だが)キャミー&ジミーを訪れる俊作。

佐知絵の過去は聞き出せるか?

千里「いらっしゃいませ〜」


午前11時半、開店直後のキャミー&ジミーはさすがにまだ客足もまばらだった。


千里「あっ、昨日の…!」

千里は俊作に気づくと、爽やかな笑顔を浮かべながら歩み寄ってきた。


千里「来てくれたんですねぇ〜! 嬉しいです!」


この笑顔の中に何パーセントぐらいの営業的要素が含まれているのだろうと、少しひねくれた感情を胸の奥底にしまい込み、俊作も笑顔で応える。


俊作「やっぱりあのジャケットが忘れらんなくて」

千里「あははっ。相当惚れ込んだみたいですね」


千里は、素早く昨日俊作が目をつけたジャケットを手に取った。

千里「こちらの商品でしたよね?」


「少々お待ちください」と告げると、千里はジャケットを丁寧にハンガーから外し、目の前にある商品ケースの上に置いた。

千里「お荷物お預かりします」

千里は、俊作が持っていたバッグも丁寧かつ手慣れた手つきで商品ケースの隅っこに置いた。


実際のところ、俊作はこのジャケットを本当に買おうかどうか迷っていた。

非常にシンプルなデザインだったので、いろんな服と合わせやすいのだ。


ジャケットを羽織り、何度も着心地を確かめる俊作。念のため、他のジャケットも試着してみる。


時折雑談も織り混ぜながら、和気藹々と買い物を楽しむ俊作。楽しさのあまり、本来の任務を忘れそうになるほどである。



俊作「うーん、やっぱり最初に着たヤツがいいっすね。これに決めます」

結局、前日から目をつけていたジャケットを買うことにした俊作。

千里「はい! ありがとうございます!」

千里は爽やかに微笑むと、ジャケットを折り畳むためにそこへ手を伸ばした。


不意に、つい不注意で、千里のヒジが商品ケースの隅っこに置いてあった俊作のバッグにあたってしまった。


“バサッ”と、バッグは無造作に床へと落下した。


落ちたはずみで、バッグの中身が勢いよく飛び出た。


千里「あっ! すっ、すいません!」

サッとしゃがみ込み、バッグを元に戻そうとする千里。

俊作「あぁ、別に平気ですよ」

俊作もそれを手伝おうとした。


――ふと、千里の動きが止まった。


俊作「――?」


千里「これは……!」


千里はバッグに向けて右手を伸ばした。

そして、落ちたバッグから飛び出た1枚の紙を手に取った。


俊作「あぁ、それか」


千里が手に取ったのは、彼女が大学時代に書いた卒業論文のコピーだった。そう、前日に俊作が神田中央大学で手に入れたモノである。


千里「えっ!? これ、あたしの論文じゃん! 懐かしいーッ! どうして持ってるんですかぁ!?」

俊作「え…? もしかして、この論文を書いた本人……?」

知ってはいたが、当然ここは無知を決め込む。

千里「そうなんです! あたしが大学時代に書いた論文なんです! てゆーか、お兄さんも神田中央大学の方なんですね!」

俊作「ええ、まぁ。英語を勉強しようと思ってたら、南方教授からこれを薦められたもんで……」

千里「ホントですかぁ!? 先生は元気でした?」

俊作「はい。とても」

千里「そうかぁ…よかったぁ…。最近会ってなかったんで気になってたんですよぉ!」

俊作「そうだったんですか。これをきっかけに、また連絡をとってみたらいいんじゃないですか?」

千里「そうですね! だけどビックリしたなぁ〜」


俊作は、千里の論文を、「ここが素晴らしい」だとか「あの部分に納得させられた」などと、ここぞとばかりにベタなぐらい好評価した。千里も謙遜していたが、まんざらでもなさそうだ。


もう少しで“本題”に入れる。

俊作はにこやかに会話しつつ、その“本題”に入るチャンスをうかがっていた。


話題が、“論文”から“ゼミそのもの”に移った。南方教授の人柄、講義の内容、ゼミでの思い出など、次から次へと話が飛び出す。


この江坂千里という女、もしかしたら話し好きなのかもしれない。接客態度がよいのも頷ける。


千里「――それでね、あたしの友達が“世界に根付いた英語文化”をテーマに論文書いてたんですよぉ」


来た!

佐知絵のことだ。


俊作「“世界に根付いた英語文化”…?」

俊作は、何かを思い出したかのように言った(もちろん、これも芝居なのだが)。

千里「ええ。かなりワールドワイドな題目なんですけど…」


俊作は、まだ床に落ちたバッグを漁り始めた。

やがて、その中からまたしてもレポートとおぼしき冊子を取り出した。


俊作「これのことですか?」

俊作が取り出したのは、羽村佐知絵の卒業論文だった。

千里「そう! それよ! もしかして、それも南方先生のオススメ?」

少し興奮気味の千里。

俊作「はい。そうです」

千里「そうかぁ〜……確かにすごくいい論文だったからなぁ…」

俊作「うん、これかなりいい論文ですよね。よく調べたなーって思いますよ。外国人の友達でもいたんですかね?」

千里「えっ?」

俊作「いや、どうやって論文の材料を集めたのか気になりまして」

千里「あぁ、はいはい」

一瞬、訝しげになった千里の顔が元に戻った。質問の意図を理解したようだ。

俊作「論文の至るところに本人の体験と思われる記述が見られますからね。これ、どう考えても書物で調べたモノだけじゃないでしょ」

千里「お兄さんよく読んでますね! 実際そうみたいですよ。彼女、外国人の友達が結構いるんです」

俊作「へぇ〜。留学の経験でもあるんですか?」

千里「いいえ、彼女は留学目的で海外へ行ったことはないって言ってましたね」

俊作「じゃ、どうやって外国人の友達を?」

千里「あの子、クラブ通いが趣味なんですよ。都心のいろんなクラブ知ってて。中でも渋谷のスペイン坂にある“RYUリュウ-JINジン”って店がお気に入りだったんです。あたしも何度か行ったことあるんですけど、そこって外国人がいっぱい来る店なんですよね」

俊作「なるほど、そこで外国人の友達を作ったわけですね?」

千里「はい」

俊作「今でも行くんですか?」

千里「あたしはほとんど行かなくなりましたけど、彼女は今でもよく行ってるみたいですよ」

俊作「へぇ〜、ホントにクラブ好きなんですねぇ」

千里「お兄さんは行くんですか?」

俊作「あんま行かないっすね〜」

そう言って俊作は照れながら笑った。



今、俊作は「あまりクラブには行かない」と言ったが、これ、実は真っ赤なウソである。


俊作は十代の頃、かなりのやんちゃ坊主だった。

恐喝や窃盗などには手を出さなかったが、純や創らと共にケンカや夜遊びを繰り返し、バカばかりやらかしていた。


したがって、当然クラブにもよく入り浸っていた。


渋谷・スペイン坂の“RYU-JIN”か。話に聞いたことはあるが実際に行ったことはない。あの辺りでは大きなクラブで、外国人だけでなく有名人も時々訪れるそうだ。


とにかく、これで羽村佐知絵の人間像に一歩近づいた。もう少し迫ってみるか。

俊作「…あっ、ちなみにこの論文を書いた…羽村さんって人とは今でも会ったりするんですか?」

千里「ええ。職場も近いんで」

俊作「仲いいんですね。お姉さんと今でも付き合いがあるなんて、相当馬が合うんじゃないですか?」

千里「そうですねぇ……仲よかったですねぇ。あの子基本的にいい子でしたから。あたしだけじゃなくて、ゼミのみんなとも仲良くしてたんですよ」

俊作「なるほど〜」

俊作は深くうなずいた。


今は、この辺りでやめておいたほうがいいだろう。これ以上佐知絵のことを聞くと逆に怪しまれる可能性が高い。


会計を済ませて店を出た俊作は、購入したジャケットを自宅に持ち帰ろうと思い、一旦帰路に着いた。



純「――そうか、わかった。また何かわかったら連絡くれ」


俊作が新宿のキャミー&ジミーでジャケットを購入していた頃、純は自分とつながりのある情報屋と連絡をとっていた。


もしかしたら、羽村佐知絵は“セクハラを恐れて会社を休んだフリをしている”のではないだろうか?

そして、それを利用して、事件の更なる裏工作のために動いたりしないだろうか?


そう考えた純は、念のため情報屋に佐知絵の動向を探らせていたのだ。


しかし、今のところこれといった情報は入ってきていない。


純「まぁ、しょうがねぇな」


ふと腕時計を見る。

間もなく正午だ。


純はマグナムコンピュータ本社ビル近くの定食屋に入り、一番奥の席に着いた。

この後、俊作や伸子の同期である米本幹夫がここへ来ることになっている。午前中、人事部付近を掃除している時にうまく呼び出すことができたのだ。


間もなく、米本がやって来た。

背が高いわけでもなければ低いわけでもなく、髪が長いわけでもなければ短いわけでもない米本の顔は、ムード歌謡が好きそうな某お笑い芸人に少し似ていた。


米本は、純に気づくと軽く会釈をした。純はスッと立ち上がり、純から見て向かい側にある席へ米本を誘導した。


純を不審そうに一瞥しながら、米本はゆっくりと、床に対して垂直な姿勢を保ったまま腰掛けた。


純「安心してくれ。オレは怪しい者じゃない」

純は自分の名刺を差し出した。

米本「探偵……?」

純「あぁ。私立探偵の鳴海って者だ」

米本「ふーん…。会社内でいきなりオレを名指しで呼び止めたところを見ると、一応信用してもよさそうだな」

純「まぁ、警戒するのも無理ねぇか。だけど、こうしてここへ来てくれたのはありがたいぜ」

米本「で、オレに何の用事なんだ?」

純「その前にさ、何か注文しない? 腹減ってるっしょ?」

米本「…あ、あぁ」


言われるがまま、米本は日替わり定食を頼んだ。

純はカツカレーを既に注文済みである。


純「タバコ、吸ってもいいか?」

米本「別に構わんが、自分の頼んだメシが来たらやめてくれ。食事中にタバコを吸われると不快になるんでな」

米本はやや険しい顔で言い放った。

純「そ、そうか。わかった」

純は、申し訳なさそうにタバコをくわえ、火を点けた。

「堅苦しいヤツだな」と純は思った。この男から佐知絵についての有力な情報を聞き出せるだろうか? 少し純は不安になった。


米本「…で、オレに何の用事なわけ? 鳴海さん」

純「ん? あぁ、そうだったな。すまん。実は、柴田俊作の事件を追ってんだ」

米本「え? 柴田?」

米本の表情から、少しだけではあるが、確実に警戒の色があせた。

米本「柴田はどうしたんだ? 突然会社クビになっちまうしよ、同期のオレとしてはわけがわかんなくて。話によればセクハラが解雇理由らしいけど……」

純「どうやらそうみたいだな。しかも被害を訴えたのは、あんたと同じ大学出身の羽村佐知絵だ」

米本「信じらんねぇ。なぁ、あいつはホントにセクハラなんてしたのか?」

純「いや、してない。本人が断固として否定している。オレはあいつとはガキの頃からの付き合いだが、セクハラなんてするようなヤツじゃねぇ」

米本「そうだよな! じゃあ、あいつは今何を…? じっと動かずに無実を叫んでるだけか?」

純「心配するな。俊作は今、オレと一緒に事件の真相を追ってる。ウチの探偵としてな」

米本「探偵? 柴田がか?」

純「ああ。あいつは上司に苦しめられた挙げ句、罠にハメられクビになって怒り心頭だ。徹底的に、どこまでも敵を追い詰めるだろうぜ」

米本「それを聞いて安心したぜ。柴田に泣き寝入りは似合わんからな」

純はニコリと笑った。

純「そこでだ。俊作の無実を証明するために、あんたにも協力してもらいたいことがある」

米本「何だ?」

純「二つある。一つは、羽村佐知絵について知ってることがあれば教えてほしいこと。そしてもう一つは、笹倉って野郎が俊作の行いを人事部に何て報告したかを調べてほしい。事実とかなり異なってるのは間違いない」

米本「なるほど、それを探れば事件のカラクリが明らかになるってことか」

純「そういうことだ。米本さんなら何かと都合がいい。だが、これだけは気をつけてほしい」

米本「何をだ?」

純「“事実と異なる報告”が通ったってことは、何か裏がある可能性が高い。笹倉本人か他の誰かはわからんが、“見えざる力”を働かせた人物がいるってことだ。ヘタに動けばその力に潰されかねない。目立った行動は避けるよう、くれぐれも注意してくれ」

米本「そうだな。了解した」


その時、純が頼んだカツカレーが運ばれてきた。


純「いやー、すんなり頼み事を聞いてくれてよかったぜ。俊作の人柄に感謝しなきゃな!」

純はタバコをくわえながら、ひと安心といった表情で料理を自分のもとへ手繰り寄せた。


すると米本は急に表情を曇らせ、大きく咳払いをした。


純「…?」

米本「……タバコ、消してくれ」

純「…あ、あぁ、そうか。すまん」

純はあわててタバコを灰皿に押しつけ、笑ってその場をごまかした。


佐知絵の出没スポットを聞き出すことに成功した俊作。米本という協力者を得た純。

より深く佐知絵の人間像に迫れ!

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