11.行動開始!
“脱サラ探偵”として始動した俊作だが…
一方、俊作と純は、俊作が解雇された翌日から羽村佐知絵及び笹倉課長の身辺調査に乗り出した。
この2人を徹底的にマークして、俊作が無実となる証拠を全て洗い出す作戦だ。一糸のほころびすらも逃さぬ覚悟である。
まずは佐知絵から。
2人は中年のサラリーマンに変装し、昼休みのタイミングを狙って株式会社マグナムコンピュータのビル付近へ出向いた。
佐知絵は、昼休みになると同期の女子社員を2人連れて会社近くのパスタ屋へ行くことが多い。そこで事件に関する話が聞けるかもしれないと判断したのだ。
1人は末広真智子。
サラサラしたロングヘアーに狐のような切れ長の目が特徴的で、一部では“狐面”と呼ばれているらしい。また、やや細身で、伸子よりも背が高い。
もう1人は秋葉梨乃。LAN構築などの提案をする、システム営業課の営業事務をやっている。
小柄で、顔がリスに似ており、茶色に染めたショートヘアーがよく似合う。それに加えてアニメ声のため、一部の男性社員には人気があるようだ。
しかし、昼休みになってビルから出て来たのは真智子と梨乃の2人だけだった。
俊作「まさか、休みか…?」
純「とりあえず、後をつけよう」
真智子と梨乃がパスタ屋へ入ると、俊作と純もすかさず店内へ傾れ込む。
2人がウェイトレスに案内された席は、真智子と梨乃の席からそう遠くない位置だった。
真智子と梨乃に気づかれないよう、純はICレコーダーをセットした。
どうやら彼女たちは、2人ともカルボナーラを注文したようだ。
ちなみに俊作はAランチセット、純はCランチセットを頼んだ。
ランチセットに含まれているコーヒーをチビチビすすりつつ、俊作と純は聴覚を真智子と梨乃に集中させた。
真智子「佐知絵、まだ来ないね」
梨乃「そうねぇ。まぁ、昨日の今日だからしょうがないんじゃない?」
やはり、羽村佐知絵はまだ欠勤していた。
真智子「やっぱり、事が事なだけに精神的ダメージも大きいんだろうね」
梨乃「うん…だってセクハラだもんね」
真智子「柴田さん、何考えてんだろね」
梨乃「そんな人には見えなかった」
真智子「“人は見かけによらない”ってこのことかもね」
梨乃「そうね」
そう言って、クスクスと笑う真智子と梨乃。
真智子の細い目が更に細くなる。
俊作「……好き勝手言いやがって、このクソガキどもが」
真智子と梨乃の会話を聞いて、俊作は小さく、まるで地鳴りのような声で唸った。
純「まぁまぁ」
純が優しくなだめる。
梨乃「…だけど、佐知絵も急に休んじゃったから心配したよ」
真智子「今思えば、あの子、ちょっと悩んでたような節があったかも」
俊作「――!?」
俊作は少し身を乗り出した。
真智子「先週……いや、先々週からだったかなぁ。なんか、いつもよりテンションが低そうに感じたんだよねぇ」
俊作「……!」
先々週といえば、俊作が佐知絵と2人で食事した頃だ。
酔っ払った佐知絵を介抱しつつ、道玄坂のホテル街を恥ずかしさに耐えながら彼女の自宅近くまで送った、あの夜だ。
そういえば、あの次の日から佐知絵のテンションに微妙な変化が見られた。
初めは酒が抜けていないためかと思っていた。
しかし、真智子の話から察すると、“自分と食事をしたことが原因で気分が落ち込んだ”というようにとれる。
まさか、羽村佐知絵は本当に自分からセクハラを受けたと思っているのか……?
そんなバカな。
もしそうだとしたら、佐知絵の思い込みは常識はずれなものになる。
そもそも、何故そうなるのかがわからない。
彼女を送る際に道玄坂のホテル街を通りはしたが、連れ込むようなことはしていない。
では、酔った佐知絵を介抱する際、彼女の身体に触れたことだろうか?
それもおかしな話だ。
まず、身体に触れずして介抱するなど不可能である。
それに、介抱が必要になるほど泥酔した状態の女性が、男性に抱えられてセクハラだと認識する余裕が果たしてあるだろうか?
普通はないだろう。いつも通り呼吸をするだけでも辛いはずである。
もし佐知絵がセクハラだと感じていたとしたら、彼女は酔っ払ったふりをしていたということになる。
もちろんこれは俊作の推測にすぎない。だがこの推測が的中すれば、羽村佐知絵の性悪ぶりが浮き彫りになる。
俊作は、悪い意味で佐知絵に対する興味を膨らませていった。
彼女が悪事に加担している可能性が極めて高い。いったい何を考えているのだろう。そこまでして自分を悪者にしたい理由とは――?
結局、真智子と梨乃はそれっきり事件のことを話題にすることなく、食事を終えて店を出ていった。
これ以上は有力な情報が出ないだろうと判断し、俊作と純は彼女たちの後を追って店を出るようなことはしなかった。
ふぅ、と多く息を吐き、純はICレコーダーのスイッチをオフにした。
純「お前、途中からすげぇ話に食い付いてた感じだったけど、何か思い当たることでもあるのか?」
俊作はコーヒーを一口飲むと、つい今しがた組み立てた自分の推論を純に話した。
純「なるほど。有り得ない話じゃないかもな。だけど、羽村が“お前から食事に誘われたこと自体がセクハラだ”と感じたって可能性もあるんじゃねぇか?」
俊作「まさか」
純「何も身体を触ったり下ネタを連発したりするだけがセクハラじゃねぇからな。プライベートな関係を強要してもセクハラになる。ヘタすりゃケータイの番号を聞いただけでもアウトらしい」
俊作「プライベートな関係なんて強要してねぇよ。あの時は彼女もイヤがってはいなかったし、第一向こうが構って欲しそうな素振りを見せたんだぜ」
純「それを立証することはかなり難しいぞ」
俊作「だから羽村を徹底マークするんだろ? それに、セクハラだと感じたらまず誘いにのらねぇはずだ」
純「“相手が先輩だから断れなかった”って言うかもしれないぞ」
俊作「それなら泥酔するまで酒を飲まねぇだろ。酔ったフリをするのも不自然だし」
俊作は純をじっと見据えた。
純は、中年男性に扮した親友の、真面目に自分を見据える姿がなんだかおかしくて、つい吹き出してしまった。
俊作「何で笑うんだよ!」
純「いや、わりーわりー。おっさん姿のお前がなかなかおかしくてな」
俊作「真面目にやれ(笑)」
純「Sorry」
俊作「しかし、これからどうするよ? 肝心の調査対象が休みじゃあ、真っ向から探りを入れらんねぇぜ」
純「うーむ、少し回り道をするか」
俊作「彼女の関係者をあたるんだな?」
純「あぁ」
俊作「今はそれしか方法はなさそうだな」
純「ここは別行動にしよう。オレはさっきの子たちをあたってみる」
俊作「何で? 会社関係ならオレが行ったほうがよくない?」
純「俊作、お前は会社をクビになってんだぞ? 今、会社の周りをうろついてみろ。抗議しに来たのがバレバレだぞ」
俊作「……あ、そうか」
俊作は、自分の頭脳が少し間抜けだったことに気付いた。
会社には、笹倉課長がいる。
彼にこちらの行動がわかってしまえば、まだ見ぬ無実の証拠を隠滅されるだろう。それどころか、新たな“不祥事の事実”を“捏造”されかねない。
今、俊作がマグナムコンピュータ周辺をうろつくのは危険だ。
純「…まぁ、会社関係はオレに任せとけって」
俊作「わかった。……あっ、そーいや、オレの同期で羽村佐知絵と同じ大学出身のヤツがいるよ。そいつに話を聞いてみるのもいいんじゃない?」
純「That's good! 何て名前だ、そいつは?」
俊作「米本幹夫。人事部にいる」
純「人事部か……」
俊作「あぁ。うまくいけば笹倉がオレについて何て報告したか、その辺がわかるかもしれねぇ」
純「なるほど、お前がクビになった経緯が詳しくわかるってことか」
俊作「あぁ」
純「いいねぇ、そういう情報はかなり有力だよ」
俊作「それと、もう一つ――」
純「何だ?」
俊作「オレと同じ課にいた、同期の女の子が気がかりなんだ」
純「女の子? 一応名前を聞いとこうか」
俊作「高根伸子。営業部・法人営業一課で営業事務をやってるよ」
純「何で気がかりなんだ?」
俊作「オレがクビになった時、すげぇ憤慨してたからさ。同期だったし、その子とは仲もよかったんだ」
純「……なるほど」
純は、そう言って残りのパスタを口に放り込んだ。
仲間想いの俊作らしいや。
純はそう思った。
同時に、会社にそれほど仲のよい女性がいるのを羨ましく感じた。
しかし、そんなに気がかりならメールの一つでもよこせばよいのではないか。
多くの人はこのように考えるだろう。
だが、今回の場合、俊作は会社を解雇された身である。なかなか自分からはメールしづらい。しかも、そこまで気を回せる余裕が今の俊作にはないのだ。
幼い頃からの親友である純は、そんな俊作の心境を理解していた。
純「OK,会社に潜入したらついでにその高根伸子って子の様子を見てくるよ」
純はニコリと笑った。
俊作「すまん、頼むわ」
純「そのかわり、俊作は羽村佐知絵と笹倉の身元をちゃんと洗ってこいよ。後で探偵っぽい身辺調査のやり方教えるから」
俊作「おう、わかった。早速取り掛かろうぜ」
純「ちょっと待った」
席を立とうとした俊作を、純が止めた。
俊作「何だ?」
俊作が、不思議そうに純の顔を覗き込む。
純「探偵をやる上で、お前に会わせたい人物がいる」
俊作「オレに?」
純「あぁ。身辺調査の前にそこへ行こう」
純の行きたい所とは?




