10.脱サラ探偵誕生
会社を解雇された俊作は、代々木公園で偶然にも親友の鳴海純と出会った……!
代々木公園から板橋へ戻る車の中、純はハンドルを操りながら俊作の話を聞いていた。
後部座席では、先程捕獲した白い子猫が丸くなって眠っている。
純「マジか……そりゃおかしいな」
俊作が全てを話し終えると、純はいかにも不可解といった感じの表情を浮かべた。
俊作「だろ? 変だろ? だから納得いかねぇんだ」
純「その羽村って女の行動もわかんねぇし、お前の上司がしゃしゃり出過ぎだ」
俊作「あぁ。あのハゲはいつもオレに嫌がらせしてたとはいえ、あそこまで出て来られるとかえって怪しい」
純「それに弁護士と“証拠写真”ってのも気になる。法律をチラつかせて、有無を言わさずお前をクビにしたかったとみえるな」
俊作「“法の力でオレをいかようにも裁ける”っていう間接的なメッセージをオレに認識させたってことか」
純「まぁ、そういうことだね」
俊作「フン、法律家がバックにいれば恐いものなしってワケか。下っ端のヤンキーみてぇだな」
純「ケンカに強いヤツを後ろ楯にするクチだろ?」
俊作「そうそう。たいがいてめぇ一人じゃ何もできねぇタイプだ」
車が、交差点に差し掛かる。
赤信号が見えた。
純は、落ち着いてブレーキを踏んだ。
純「なぁ俊作」
赤信号を見ながら、改まった感じで純が言う。
俊作「何だ?」
純は、ゆっくり顔を俊作の方に向けてこう言った。
純「オレと一緒に探偵をやらないか?」
「へっ?」と、きわめて素っ頓狂な声を出す俊作。
あまりに唐突だった。
純は俊作がまったく予測しないような発言をした。
俊作「た、探偵? オレがか?」
目をパチクリさせながら俊作が問い返す。
やはり、純は黙って頷いた。
俊作「お、おい、マジで言ってんのか。いきなり話題変えるなよ。ビックリしただろ」
再び、純は目線を前に戻した。
純「今やってる仕事はさ、さっきみたいに、いなくなった猫や犬を捜すようなモンばっかだけど、将来的にはもっとでかい仕事をやりたいんだ。…将来的っつーか、ホントはそっちがもともとの目的なんだけど」
俊作「何なんだ、それは?」
純「クライアントは一般企業。その企業を競合他社のスパイから守ったり、またはその企業が表沙汰にできないトラブルを請け負って解決したりする仕事をやりたいんだ」
俊作「なんだかスケールがでけぇな」
純「もちろん、企業だけじゃなくて個人の依頼も受け付けるけどね」
信号が青になった。
純は勢いよくアクセルペダルを踏み込んだ。
俊作「いでっ!」
発車の反動で、俊作はシートに側頭部を思い切りぶつけた。
それでも構うことなく、純は仕事の将来的なビジョンを語り続けた。
純「今、事務所はオレ独りでやってる状態だ。やりたい仕事には大きな危険が伴う。オレ独りの力じゃどうにもならなくなってくるだろう」
俊作「…なるほど、そこでオレの力が必要になってくるってわけだな」
純「そう。お前は相当な空手使いだ。ケンカも強い。そして営業で培った洞察力と判断能力も持ち合わせてるだろう」
もっとも、純が俊作を必要としている理由はこれだけではない。長い付き合いの親友だからこそ、彼の性格は熟知している。それを踏まえ、純は“この柴田俊作という男こそ信頼できるパートナーにふさわしい”と判断したのである。
以前にも述べたように、俊作は男気にあふれていて、正義感が強い。ということは、簡単に物事を諦めない性格だということである。これは探偵をやるにあたって必要な要素なのだ。一つの案件を調査するのには時間がかかる。しかも、アクションゲームのように一筋縄でいくとは限らない。最後まで調べ抜く根気がなければできる仕事ではない。
俊作はそれらの条件をクリアしていた。それに彼は冷静なところもある。
純が俊作をスカウトした最大の理由が、実はこれだった。
俊作「そうか……でも一つ言っとくぞ。探偵になってもいいけど、その前にオレは今回のことについて自分の無実を証明してぇ」
俊作はややうつむき加減で言った。
しかし純はこう言った。
純「それぐらいオレも手伝うよ! さっきも仕事手伝ってもらったしな!」
俊作「え? いいのか…?」
純「あぁ。てゆーか、自分の潔白を証明するのを初仕事にすればいいじゃん」
純はまた、あの爽やかな笑顔を見せる。
俊作「お前……」
純「“お前……”じゃねーよ! 辛気臭ぇ顔してねぇで、とっとと真相を解明するぞ!」
俊作「……フッ」
俊作は、静かに笑みを浮かべた。
純「何だよ急に? お前らしくない笑い方だな」
俊作「いや、なんだか昔を思い出しちまってよ」
鼻の下を指で軽く左右に擦りながら、俊作は懐かしさと照れ臭さを感じながら言った。
純「ハハッ! まるでケンカでもしに行くみてぇだってか!」
俊作「あぁ。オレらは巨悪に立ち向かおうとしてるんだぜ?」
純「違いねぇ! ちょっとオーバーかもしんねぇけど、そう言われてみると確かに昔を思い出すなぁ!」
俊作「だろ? なんだか急激に血が疼いてきたぜ!」
代々木公園にて捕獲した子猫を無事に犬山さんの自宅へ送り届けた後、俊作と純は、純の探偵事務所へと向かった。
事務所とはいっても、実際は、純が、彼の実家近くにある分譲賃貸マンションの一室を借りて、自宅と兼用で使用しているものである。
部屋番号は202号室。南向きである。
1LDKで、10畳のダイニングルーム(うちキッチン3畳を含む)と8畳のリビング、6畳の寝室から成り立っている。
これだけ広いと家賃が心配されるところだが、幸いにもこの部屋のオーナーが友人の父親であるため、かなり安くしてもらっているそうなのだ(それでも詳細な額は不明である)。
表札には、鳴海純という名前の他に“ホットスパイス・エージェンシー”と書かれたプレートが備え付けられていた。
リビングに通され、少々アンティークな匂いがするソファーに腰掛ける俊作。
俊作「あのさぁ、“ホットスパイス・エージェンシー”って、この事務所の名前?」
コーヒーをいれにキッチンへ行った純に尋ねる俊作。
純「そうだよ」
俊作「辛そうな名前だな。まぁ、辛いもの好きなお前らしいネーミングだけど」
純は、辛い食べ物が大好きだった。CoCo壱に行けば必ず5辛のカレーを食べるし、更にいえば、このマンションの近所にタイ料理屋がある。言うまでもなく、純はその店の常連である。
純「粋なネーミングだと思わないか? レッド・ホット・チリペッパーズからヒントを得たんだけどさ」
俊作「えぇ!? レッチリ? ホットしか合ってないじゃん!」
純「そうか……そうだよな」
純は肩を落とした。
俊作「おい、そこヘコむとこじゃねーだろ(笑)」
すかさずツッコミを入れる俊作。
純「わかってるよ!」
大きな声で笑い合う2人。
解雇の衝撃で傷ついた俊作の心も、少しずつ癒されつつあるようだ。
純「そうだ、それよりも早いとこミーティングに移ろうぜ。次にオレらがどう動くべきかを話し合うんだ」
俊作「あぁ、そうだな……」
俊作の表情がスッと真剣になる。
純「今回の目的は、俊作の無実を証明することだ。しかも、これは俊作に対する罠である可能性も高い。だけど今は何の手がかりもない。この場合、まずは敵を知ることから始めるべきだと思うんだけど、お前はどう思う?」
純はタバコに火をつけた。
俊作「オレも同じことを考えてた。疑問点はいくつかあるのに、そこへ辿り着く術がないもんな。それに刑事ドラマとかを観ても、まずは関係者の身元を洗い出すことから始めてるし」
純がニヤリと笑う。自分たちが次にとるべき行動がほとんど導き出されたようなものだし、きっと俊作と同意見だろうという確信があったからだ。
純「よし、じゃあ笹倉ってのと羽村って女の身元から調べてみるか」
俊作「あぁ。そこからあたってみるのが近道のような気がする」
以上、ミーティング終了。
ここまで意見が一致するのも珍しいのではないか。いや、この2人だからこそなのかもしれない。
兎にも角にも、こうして“脱サラ探偵・柴田俊作”がここに誕生した。
親友・鳴海純と共に巨悪を叩きのめせ!
いよいよ反撃開始だ!




