着信
地裏ムカサは、結局バナナチョコレートパフェを食べ損ねてしまった。昼間は四緑カオリだけで花屋とカフェを切り盛りしているため、カオリから話を聞くのにパフェを作らせに行くわけにはいかないのだ。もともと二つあったはずのパフェは、共に呪香ミツコの胃に消えようとしていた。
ムカサに勧められた客用の椅子に、エプロンドレス姿のカオリは長い足を優雅に組んで腰かけた。
「それほど、確信に迫るような話じゃなかったわ。三人の様子からすぐにウィザードだと思って注意して見ていたけど、その子たちはあなたたちみたいに授業時間中に抜け出したわけじゃないから、他にもお客さんがいて、じっくり立ち聞きしたわけじゃないし」
「俺たちがこの時間に来たのは理由があります。教師同伴なのその証拠です」
「俺の責任みたいに言うな」
自然と受け答えをしたムカサに対し、犬神ヤシャが反応した。カオリの印象を良くしたくて必死なのだ。
「たくさんお客さんがいて、と言わないのは正直ね。じっくり聞かなくても、客の話を立ち聞きしたのは隠さないのね」
糖分をとって落ち着いたのか、ミツコが少しだけ柔らかい調子で口を挟んだ。一つ目のパフェは完食し、二つ目は比較的ゆっくりと口に運んでいる。カオリは一瞬だけミツコに剣呑な視線を向けたが、すぐにムカサに向き直った。相手をしないことに決めたのだろう。
「三人はどんな様子でした?」
「そうね、男の子一人と、女の子二人の三人組で……男の子は背が低いけどがっちりした感じね。女の子二人はその男の子と同じくらいの身長で、背中まで茶色い髪を垂らした子と、お下げで丸い眼鏡をしていたわ」
「その三人ですか?」
ムカサが尋ねると、教師であり学校内のウィザードはおおよそ把握していると思われる犬神は小さくうなずいた。カオリは続けた。
「普通に世間話をしているように見えたわ。あるいは、打ち合わせかもしれない。でも、何か切迫しているような感じはなかったわね。話の内容も、『呪いの家』のことは……出ていたと思うけど、それほど興味があるようには見えなかった。ウィザードとして力をつけるために、侵魔を探しているのかと思ったぐらいだし……ただ、帰る時に突然、三人の携帯電話が同時に鳴り出したのは覚えている。面白い偶然か、同じ相手が一斉送信したのか、いずれにしても、覚えていたのは三人の携帯電話が同時に鳴り出したからじゃないわ。むしろ、その後の三人の反応ね。どこなく落ち着かないようすで、慌ててお金を払って出ていったわ」
「……つまらない話ね」
ミツコが二つ目のパフェを完食し、いつものように口の悪さを露呈させた。
「笑わそうと思って話したわけじゃないわ」
「私も、笑いたくて聞いていたわけじゃないわ」
「パフェはどうだった?」
ミツコが加わると話が進まなくなると判断したムカサは、意識をそらすためにあえて関係ないことを尋ねた。
「まあまあだったわね。でも、それはこの店の手柄ではないわ。偉いのはバナナとカカオ豆を育てた人たちであって、陰陽師の手に追える代物ではないわ」
「次回の来店を拒否してもいいのよ」
カオリは冷たく言い放ち、しばらくの間、ミツコと見つめあった。ミツコはただ、小さく呟いた。
「……ごめんなさい」
「私がその三人を見たのは、それが最後だったわね」
カオリはムカサに振り返り、先ほどの話をしめた。ミツコが余計な口を挟まなくても、話は終わっていたようだ。
「電話の相手が何者かわからないと、検討のしようもないな。もし、その電話が呪いの家にかかわるもので、三人のウィザードが消えた直接の引き金だとしたら、ウィザードを狙った奴がいるということですね」
ミツコは空になったパフェのグラスの前で小さくなっていたので、犬神が同意を示した。
「ああ、そうだな……侵魔か……あるいは魔王が関わっているんだろう。大規模な計画でも立てている最中かもしれないな」
「邪魔なウィザードをあらかじめ排除するため?」
カオリが尋ねた。その可能性が高い、とムカサも思った時だった。ミツコの携帯電話がけたたましい音を奏でた。ミツコは携帯電話を一べつし、着信音を止めた。
「誰なの?」
聞いたのは、もっともミツコと縁が薄く、もっともミツコを嫌っているはずのカオリだった。ミツコに誰が電話してこようと興味がなかったムカサはミツコが激昂するのではないかと身構えたが、ミツコは個人情報の塊である携帯電話の画面をカオリに向かって見せた。
「誰かが、私に助けをもとめているわ」
ミツコの携帯電話には、開封されたメールが表示されていた。
『助けて。外で待っているから』
ごく短い、ただそれだけのメールだった。