06 銀の風
ローランド卿は、部下に支えられて何とか立ち上がった。自身の体のことより、シアーズのことで頭がいっぱいだ。
何なんだ、あいつ。確かに体調が優れないせいで、いつもよりは乱暴な言い方になったかもしれない。なのに、あんなに怒る程でもないだろう。
ふと、手を見た。ぞっとした。手の甲に、緑の鱗がうっすらと見えた。あの時の――七歳以前に戻ったみたいだ!竜の鱗、そんな、今になって!思わず手を隠した。やはり、魔物の血が混ざっていた。ついに来たのか。誰も教えてはくれなかったが、抑えられなくなったら一体どうなる?
「閣下?」
部下が、何事かと心配した様子だ。何でもない、と適当な返事をした。不思議そうにするが、部下はそれ以上の詮索はやめた。
ローランド卿はもう一度手を見た。もう今は竜の鱗は見えない。手を握りしめ、彼は唇を噛んだ。一刻も早く、聖水を手に入れなければ……!
シアーズ達はもともと道だったような所を辿って行くうちに、断崖絶壁の崖の上に出た。地割れで出来たような崖だ。かなり下に、川が見える。落ちたら助かる保証はなさそうだ。川を注意して見ると、一つ、中州のようなものが見えた。中州というよりは、岩のかたまりが突き出ている感じだ。だが、巨大な木が生えている。直感で確信した、あれだ。あれが、入口だ。よく見れば、暗い穴のようなものまで見える。
どこか降りられる個所はないか、と見回した。道らしきものを目で追っていくと、崖に沿って、荒い坂道があるのに気付いた。行ってみると、危なっかしいが降りられないわけでもなさそうだ。他に良い所はないのか、と辺りを見回すが、降りられそうなのはここだけだった。仕方なく、土と石の壁に手をついて、一列になり、ゆっくり降りることにした。足元で、カラカラと音を立てて石が落ちていった。石片が足元に吸い込まれるように消えてゆく。恐ろしい。皆、無言でそろそろと移動した。
なんとか無事に、川に降りた。川は思ったより流れが速い。しかし、澄んでいてとても綺麗だ。浅いので、川の中を歩いて岩場まで行った。茶色い岩がむき出しの状態で、他には遠くからも見えた巨木しかなかった。草すら生えていない。変な所だ、と思ったが、そのまま洞窟の中に入って行った。
洞窟の中は暗く、足元に気をつけないと転んでしまいそうだ。だが、魔術の名残なのだろうか。壁には青く斑に光る石がいくつもはめ込まれており、辺りを薄暗く照らしている。
暫く歩くと、ぽっかりと広い場所に出た。青い強い光が向こう側の地面から差している。あの巨木のものだろうか、天井から垂れさがる、いくつもの木の根が見えた。だが、視線を移して驚いた。木の根があるのに、その下にまた木が生えている。地上のものよりはかなり小さいが、よく見ると、垂れ下がっている木の根が、途中からその木の枝と融合しているのだ。しかも、光の正体はその木らしい。冷や汗が流れる。
「何なんだ……」
シアーズは近寄った。
「危ないんじゃないの?」
シルヴィアが心配した。とその時、急に木の方から強い風が吹いた。いや、この冷たさ。これは水だろうか。流されそうになる。必死に踏ん張ると、それは過ぎ去った。やはり、水では無かったのだろうか。薄目を開けて確認した。水たまりもないし、濡れていない。
「おい、大丈夫か……」
声をかけて、血の気が引いた。シルヴィアが――いない。クルー達もざわついている。
「シルヴィア!?どこだ、おい、返事しろ!」
木の方へ近寄った。だが、いる気配はしない。
「シルヴィア!」
なおも捜そうとした。後ろから、声がした。
「あの女はもういないぞ」