11 声の主
「私は・・・ウェン・ツェンに殺された。恨みと怒りだけが今の私だ。」
「なら・・・お前は・・・。」
ローランド卿が声を絞り出した。
「そうさ。アイエス=クゼ=タリク。クシュ族最後の族長だ。」
シアーズはまだなんとなく理解した。だが、クルーやイギリス海兵は、混乱しているようだ。しかし、話すようなものではない。
「さっき言っていた、聖水の力ってなんだ!」
シアーズは天井に向かって叫んだ。
「聖水・・・魔物の力を消す、光の水だ。聖水は、どんな者にも沿う、無垢で純真な人の心を蓄えている。体に入った心は、その者の記憶によって、一瞬でそやつに相応しい心の形に変化する。水のようなものだな。但し、魔力を奪って人の心を与えてくれるだけではない。まず、生け贄に水を飲ませる。人間の心を差し出す生け贄だ。そして、魔力を持つものが水を飲む。すると、互いの心が交換されるわけだ。入れ替わる人の心は、泉の無垢な人の心を身に纏い、魔物の心を打ち砕く力を持つようになる。」
シアーズは必死に考えた。今、落ち着いて話しを聞けるだけでも不思議なくらい、感情が高ぶっている。
「噂に聞いていたのと違う・・・。」
声は嘲るように言った。
「当たり前だ。噂だぞ。我々一族は、力の本質を島の外に漏らす事はない。だいたい、この世に見返りなしで、恩恵だけを与えてくれるものがあるとでも思っているのか?その泉ですら、打ち砕かれた魔物の心の一部を取り込み、そのおかげで聖水を湛えていられるのだぞ。」
「生け贄は・・・どうなるんだ・・・。」
シアーズはこわごわ聞いた。
「言ったろう、互いの心を交換するのだと。生け贄には、魔力を持った心が宿る。大抵、生け贄に使われたのは、島の外から攻めてくるただの人間だったから、魔力に耐えきれずに死んでいく。愚かにも、そやつらは生け贄を差し出さずに飲んだ。」
シアーズはシルヴィアを見た。さっきまで気分が悪そうにしていたのが、嘘のようだ。顔色が戻った。頬に柔らかな紅みが差している。しかし、同時に恐れた。だったら・・・。
「ほお・・・先に水を飲んだのは、ウェンの息子か。これは傑作だ。」
ローランド卿は地面にうずくまったままだ。それどころか、ほとんど倒れるような格好をしている。
「ウィルっ・・・!」
駆け寄ると、呻き声が聞こえた。シルヴィアとは反対に、すごく苦しそうだ。
「ウィルは・・・どうなるんだ。」
天井から笑い声がした。心底楽しんでいるような声だ。シアーズは涙が出そうになった。
「さあ・・・見た所、そちらの女の方は、本物のようだな。しかし、そいつは出来損ないだ。半分、魔物の血が混ざっている。それに本物の魔力が加わるんだ。人の心はその女に渡した。だから、そいつは魔物にしかなれない。」
「そんなっ・・・!」
イギリス海兵が怯えている。
「ウィル!」
ローランド卿の肩を掴んだ。手を見て、ぎょっとした。象牙色の肌は、まるで湿った土のような色になり、うっすらとグレーグリーンの鱗のようなものが見える。慌てて顔を覗き込んだ。髪でよく見えないが、左の周りに、『あの』鱗があった。荒い息使いが聞こえる。彼の体が動いたのに気付いた。シアーズは、本能的によけた。
「何しやがる!」
ローランド卿はゆっくりと立ち上がった。右手には、剣が握られている。下を向いていた顔を、ゆっくりとこちらに向けた。




