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春風の中……

4月のある日。

春風で桜が舞い散る日、

大家のばあさんが亡くなった。


築六十年の古い下宿でーーー。

ひきこもりの男三人は、

突然、親代わりになった。


葬儀はしなかった。

病院から葬儀社の安置所へ運ばれ、

二十四時間が過ぎたあと、

そのまま火葬場へ送られた。

――――

私はひぐらし、

ぼろくて風通しがよいが、

朝と晩飯がつく吉田荘きちだそうを、

気に入っていた。


私は十年前まで官公庁で働いていた。


ある出来事で退職し、

行き場を失った私を救ってくれたのが、

吉田の婆ちゃんだった。


吉田の婆ちゃんは、

質素だが、いつも美味しいご飯を作ってくれた。


それから私は、

ほとんど吉田荘を出ず、

投資で生計を立てている。


私はひきこもりなのだ。


……

吉田の婆ちゃんが亡くなって、

まもなくの頃、

吉田荘の食堂に男三人が呼ばれた。


名前はつれさん、なるさん。

面識はあり、会釈程度はするが、付き合いはない。


「ちょっと待ってください。俺は子供の親代わりなんてできません」

なるさんは言った。


「僕もです。施設に預ければいいじゃないですか」

つれさんは言った。


「そう思います。男三人で育てるなんて、ムリがありすぎる」

私は言った。


三人は思い思いの意見を言った。


弁護士は、少しも表情を変えなかった。


「では、ここを立ち退いていただくことになります」


「ちょっと待ってください。住んでいる者は強いと聞きました。ここに住む権利があります」

つれさんは言う。


「もちろん、住んでいただいて結構です」

弁護士は書類を一枚、机の上に置いた。


「その代わり、この子の生活支援人になっていただきます」


「無理ですよ。知識も何もない」

なるさんは言った。


「皆そんなものです。

それに……、

この子が成人するまで、あなた方三人には、この下宿の居住を無償で認めます」


「無料で、ですか」

なるさんは言った。


「はい。ただし条件があります」


弁護士は、私たちを順に見た。


「この子の生活支援人として、同居していただくこと。

食事、登校、緊急時の連絡。

それから、法定代理人との連絡窓口。

あなた方に親権を持たせるわけではありません」


「それ、親代わりじゃないですか」

つれさんは言った。


「法律上は違います」


弁護士は、淡々と言った。


「ですが、生活の上では、そう呼ぶしかありません」


(がちゃ)

食堂のドアが開く音がする。


皆ドアのほうを見る。

薄汚れたクマのぬいぐるみの腕を持ち、

いまにも泣き出しそうな少年がいた。

彼の名は、あゆむ。

吉田の婆ちゃんが私たちにたくした五歳の少年だ。


……

あゆむが吉田荘にやってきたのは、

強い風が吹いた春のことだった。

「近くの公園に花見に行こう」

と吉田の婆ちゃんに誘われ、

吉田荘を出たところ、

大きなトートバッグの中に

毛布にくるまれた、

あゆむが寝かされていた。


中には手紙が一通。

「あゆむです。育ててください」

そう書かれていた。

手紙には二千円札が三枚入っていた。


吉田の婆ちゃんは、

「これじゃあ、下宿代にも足りやしない」

そう呟き、

あゆむを腕に抱きかかえた。


「警察に届けたほうが……」


「コウノトリって知ってるかい?

子供を運ぶ鳥って言われているよね。

あれはヨーロッパが由来のようなんだけど、本当はシュバシコウという鳥なんだ」

婆ちゃんは言った。


私には婆ちゃんが言っていることがわからなかった。

ただ、

あゆむは、

その日から吉田荘の住人となった。


……

(ずるずるずる)

鼻をすする音が聞こえる。


あゆむは目にいっぱいの涙を溜めながら、

「僕……いらない子なの?」

そう言った。


男三人は目を反らす。

弁護士は、

こんな場面になっても表情を変えず、

「急ぐ話ではありません。当面は託児所で保護します」

そう言い、あゆむの手を引き、連れて行った。


……


吉田荘には、

あゆむを除けば、

六人の住人がいる。

私ひぐらしと、つれさん、なるさん。

女子高生のすずりさん。

建設関係で働く向さん。

営業の心さん。


吉田の婆ちゃんが亡くなってから、

吉田荘は混乱していた。


なにせ、

吉田荘の六人の住人の食事の世話をする人がいない。

それに、

安い下宿代から、管理人の給料を捻出することもできない。


吉田の婆ちゃんが亡くなって詰んだのは、あゆむだけではなく、

住人全員だったのだ。


……

私たちは、緊急で会議を行うことになった。

まず、

私とつれさん、なるさんとで、

状況を整理することにした。


「あの。まずハッキリさせたいので、

吉田荘を出ようかなって思っている人いますか?」

私は尋ねた。


二人とも首を振る。


「なるほど。

出ようと思っていないのは、私もです。

それでお二人の状況がよくわからないのでお聞きしたいのですが、普段はお仕事とかされていますか?

私は投資家です」


「僕はSEです」

つれさんは言った。


「俺はオークション・フリマで生計を立ててます」

なるさんは言った。


「なるほど。

仕事時間とかはどうでしょうか?

私は日中、多くの時間を調査とかに充てて、ご存じだと思いますが、売り買いは一瞬で済みますから、どれが仕事時間かというのは、少々曖昧なのです」


「僕はSEで、主にデスマーチになった企業のサポートを短期で請けてやってて、固定の時間って訳じゃないです。僕もかなり曖昧です」


「俺も似たようなものかな。オークション・フリマで生計を立ててるから、売れたら発送しますが、待ちの時間は暇ですね。でもラッシュの時はヤバイです」


「なるほど、定期的にココが空いているみたいなのは、設定しにくいのかもしれないですね」

私は言った。


「まず感情論は置きましょう。僕が必要なタスクを洗い出します」

つれさんは言った。


つれさんは、パソコンに何か入力していく。


「送迎」

「食事」

「洗濯」

「病院」

「役所」

「保育園」

「学校」

「緊急対応」

「金銭管理」

「成長管理」

「メンタルケア」


「こんなモノでしょうか?」



もし「続きを読んでみたい」と思っていただけたら、

ブックマークしていただけるととても励みになります。


本作はすべて完結済みで、安心して最後まで読めます。


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