パン屋のポーラと画家のリュシアン②
ポーラの外見を『茶色スカートの伝統衣装に身を包み、頭に白い三角巾を付けた売り子の女性』に変更しました。書き忘れてた.......。
籠を持ったトロックナーは白いシャツに紺色のベストと同色のスラックスにピカピカの革靴を履き普段通りの紳士的な恰好で店の入り口に立っていた。
セットされた黒髪と白髪交じりの髭も今日もしっかり整えられている。
トロックナーは薄い銀縁の眼鏡を押し上げると目を丸くして言う。
「おや、ハンス君か。奇遇だね、ここで会うなんて」
「はい、たまたま使いを頼まれて」
「そうかい。ポーラ君、いつものパンをお願いできるかい」
にっこりとポーラに微笑んだトロックナーはハンス達の元に歩いてくる。
ハンスが再び前を向くと、ポーラはバゲットを抱えたまま何やら惚けている。
不思議に思ったハンスはポーラに声をかける。
「あの、ポーラさん......?」
その声で我に帰ったポーラは慌てて答える。
「ああっ、ごめんなさいハンスちゃん。このバケット、その籠の中に入れればいいかしらねぇ」
「はい......」
先ほどまでの落ち着いた雰囲気が感じられないポーラに、ハンスは違和感を持つ。
ポーラはバゲットをハンスが置いた籠の中に入れていく。
ハンス以外の客がいないため、トロックナーはハンスの隣に立って自身の籠を置いた。
「ハンス君、調子はどうだい」
隣に立ったトロックナーがハンスに話しかける。
「良いですよ、トロックナーさんは?」
「まあまあかな。最近新しいワインの開発に挑んでいてね。これがなかなか上手くいかないんだ」
話している間にトロックナーの分も籠に入れ終えたポーラがトロックナーにズイッと顔を近づけると言う。
「ほらやっぱり。目の下のクマが濃くなっています。あまりちゃんと寝てないのではないですか?ダメですよ、しっかり寝ないと」
ポーラの鋭い指摘に頭をかいて苦笑いをするトロックナー。
「ハハ、ポーラ君には全てお見通しだね。気をつけるよ」
もう、とポーラはため息をつく。そして、
「少し待っていてください」
と言って店の奥にある部屋の中へ入り、またすぐに戻ってきた。
「はい、どうせ食事も忘れて仕事に没頭されてるんでしょう。これ......私が作ったクッキーです。多少の栄養補給にはなると思うの」
ポーラはピンクのリボンで閉じられた袋をトロックナーの籠の中にそっと入れた。
「おや、いつもすまないね。ありがとう。また来るよ」
トロックナーはそう言って笑うと、店を出て行った。
トロックナーが出て行った扉を見つめながら、ポーラがため息をつく。
その頬は赤くなっていた。
「ポーラさん.......」
「えっ、ハンスちゃん、まだいたのねぇ」
急に声をかけられて驚いたポーラはいつもの口調で返す。
しかし、ハンスは他の男性客に見せないポーラの挙動や行動、熱い視線から、最近自身で身を持って知った感情をポーラは持て余しているのだとすぐにわかった。
「ポーラさん、トロックナーさんの事好きなんですね」
ド直球に聞くハンスに思わず、へ?と声が漏れるポーラ。
「な、何を言ってるのぉ、ハンスちゃん」
顔に手を当てて落ち着いている態度を見せるポーラだが、声音から明らかに動揺しているのがわかる。
「いや、さすがのオレでも分かりやすすぎるというか......」
その言葉を聞いたポーラは目を見開いた後、はあ~.......と再び深いため息を吐く。
ポーラは観念したように、ショーケースの上に両腕を投げて項垂れる。
「ウソでしょぉ~ハンスちゃんもわかるくらい、私ってわかりやすいのぉ~?」
「まぁ......はい」
顔をかきながら、隠してたつもりだったのかと苦笑するハンス。
そのままショーケースの上に頬杖を着いたポーラはトロックナーが先ほど出て行った扉を見つめながら話す。
「この事、誰にも言わないでねぇ......この気持ち、伝えるつもりなんてないんだからぁ......」
その静かな表情を見て、ハンスも頷く。
「奥さんの事ですか」
「.......当たり前じゃない」
トロックナーはひとり身だ。しかし、二年前には妻がいた。彼の妻はトロックナーと共にワイン農場を営んでいたが、妹と同じはやり病で他界した。
「言えるわけ......ないじゃない。子供の時からずっと好きで、初恋だったの......。あの人が結婚するって聞いた時にはちゃんと諦めもついて祝福もしてたのよぉ......」
ポーラの青い瞳が揺らぐ。
「奥さんと過ごしている時、すごく幸せそうだったから、あきらめてたのに......。二年前にああなってしまって......トロックナーさん周りには見せないけれど相当堪えていたのは分かるわ......ずっと見てきたんだもの......。今は元気だけれど、だからって心の傷が癒えるわけじゃないわぁ.....そんな中で私の気持ちなんて言える訳ないじゃない......」
ポーラの気持ちはわかる。そんな状況の相手に、何も考えずに自分の気持ちを伝えようとはとても思えないだろう。けれどーー、
「ポーラさんはそれでいいんですか」
ポーラはハンスを見て頷く。
「良くは無いけれど......こうしてずっとこの気持ちを抱えたまま死ぬのも悪くは無いかも......なんてね。それに第一、あの人からはそもそもそういう対象じゃないのよ、私」
「そうですか......」
歳の差はあるだろうがそれは一番の問題では無いのだろう。
ポーラは相手の気持ちを思うからこそ伝えないのだ。そういう想い方もあるのか、とハンスは改めて考える。
自分と似たような状況だ。かずさはあくまで旅人だ。今は自分が強引に引き止めてしまっているが、本来なら今も旅を続けていただろう。しかし、ハンスの場合自分の気持ちを伝えられないほどの事情ではない。
自分の気持ちにどれだけ正直になって言いのかまだつかめていない、が少なくともポーラよりはまだ伝えやすいだろう。
ハンスも考え込んでいると、また別の客が店に入ってきた。
客は栗毛の長髪を後ろで団子にに束ねた、美しい顔立ちをした若い青年だ。見たところ、ポーラと歳は変わらなそうだ。くすんだ白いシャツに、これまた赤や青などの色が付いたよれた黒いスラックスを着た青年は何故か手に一輪の赤いバラを持っている。
青年はツカツカとポーラの前まで近づく。
ポーラは即座に姿勢を正すと笑顔で応対する。
「いらっしゃいませ~」
青年は赤いバラをポーラに差し出しながら、長い前髪を掻き上げ、女性ならば誰しも即倒しそうな柔和な笑顔で言う。
「ポーラさん、好きだ。結婚してください」
その一場面だけ見れば、ロマンス小説のワンシーンのようだ。
ポーラは笑みを深める。
「ふふ、リュシアンさん。毎日言っていますが......嫌です」
ポーラは他の客たち同様にはっきり断りを入れた。
次回はちょっと未定ですが明日か明後日投稿予定でしたが、すみません、最近ずっと立て込んでて、、水曜日(明日)8時に投稿します!
よろしくお願いします!




