行動力!
毎度、本当に遅くなってしまい申し訳ないです......
その日の仕事を終えたハンスとかずさは今、帰り道である橋の上を歩いている。
ショールに身を包んでいるものの寒さで身体を縮めて歩くハンスとショールを羽織って元気に風を切って歩くかずさは対照的だ。
ランプ灯のオレンジの光が二人の影を長く伸ばす。
静かな夜の橋の上では石畳を踏む二人の足音と時折吹く強い風音だけが聞こえる。
かずさはハンスに何気ない話題を切り出す。
「そういえばハンスとロビンって、幼馴染ってことはこの街で生まれてからずっと知り合いなんだよね」
寒そうにショールの中で腕をさするハンスは急になんだ、と思いつつ答える。
「いや、ロビンの奴とはたしか......8つの時に知り合ったかな」
意外な回答にかずさが驚いた口調で返す。
「え、もっと前からの付き合いなんだと思ってた」
ハンスは自分とロビンの関係を語る事に少し気恥ずかしさを感じたが別に隠すようなことでもない、と指で顔を掻きながら答える。
「ああ......まあ普通はそう思うよな。あいつはある日突然母さんが街の外から連れてきたんだ。それで、しばらく一緒に暮らしてた。今でこそうるさいが来たばかりのころは結構無口な奴だったぞ」
予想外の回答にかずさが興味津々、といった表情でハンスに顔を向けてくる。
「ハンスのお母さんが?!ど、どうして?!」
「いや、あいつからも詳しく聞いたこと無いからよくは知らないが......母さん曰く、ほっとけなかったから拾った、らしい......」
意外なエピソードにかずさは感嘆する。
「へぇー!ハンスのお母さんも優しい人だったんだね」
優しく隣で微笑むかずさの『お母さんも』という発言は妹の事を差しているのか、それとも自分の事を差しているのかーー。
気になるハンスだったが、その事には触れずに話を続ける。
「この話は今からするにしては長いし、また今度、行きの汽車の中ででもするか。どうせ目的地に着くまでは暇なんだ」
かずさ頷いて答える。
「すごく興味深い話だけど、今は我慢しとく。汽車での話、楽しみにしてるね」
はにかむかずさに、ハンスは少し照れながらも答える。
「おう、まぁ大した話じゃないけどな。今日も寒いしもう少し早く歩くか」
「わかった」
橋を渡り終えた二人は足早に帰って行った。
翌朝。曇り空の下、二人は食堂へ出勤するために広場を歩いていた。何気ない雑談をしながら歩いていると、
「おねえちゃんっ」
後ろからかずさが呼びかけられて、二人は後ろを振り向いた。
するとそこには七歳くらいの女の子がかずさを見つめて立っていた。肩まである赤毛に翠の瞳をした小さな女の子は頭にピンクのリボンをつけている。
女の子は以前、かずさが広場の噴水の前で助けた女の子だった。
「あ、君は確か前にお母さんを探してた......」
女の子はかずさが自分を覚えている事がわかると、嬉しそうに笑った。
「アンナだよ。この間は助けてくれてありがとう」
元気な笑顔を見せるアンナと名乗った女の子に、かずさは屈んで目線を合わせると微笑んだ。
「どういたしまして。今日はお母さんと一緒じゃないの?」
アンナは首をフルフルと振って答える。
「ううん、今日は友達と約束してるの。それに、もうお家までの帰り方もわかるから迷子じゃないよ」
この間までお母さんを探して泣いていたのに、もう一人で行動しても問題ないくらいにしっかりしている。
それを聞いたかずさは優しく女の子の頭を撫でる。
「そう......アンナはすごいね」
褒められたアンナは再び嬉しそうにふふ、と笑った。そして、突然、あ、と声を上げるとかずさに尋ねる。
「ねえねえ、おねえちゃんのお名前をおしえて?アンナ、まだ知らない」
尋ねられたかずさは少し目を見開いた後に、答える。
「私はかずさ。よろしくね、アンナちゃん」
「かずさおねえちゃんっ!いい名前だね」
後ろで二人のやり取りを見ていたハンスは『かずさおねえちゃん』と呼ばれた時にかずさが一瞬固まったように見えたが、その後のかずさは何事も無いように続けて話す。
「ありがとう、アンナちゃん。アンナちゃんの名前も可愛くて素敵だね」
「ふふ、ありがとう」
ハンスは目の前で繰り広げられる微笑ましいやり取りを見て、自然と笑みがこぼれていた。小さな女の子を見ても、以前のように妹の事を思い出して身体が振るえることも無い。つらさで逃げ出したくなることも、無い。
ただ自然にこの光景を受け入れられている事にハンスは心底嬉しく感じた。
ーーオレ、前に進めてるんだな。
これも目の前の少女のおかげだと、かずさに心の中で再び感謝する。
「おいっ、アンナに何してんだっ」
ハンスが二人のやり取りを温かく見守っていると、また別の幼い子供の声が聞こえた。
声が聞こえた方向に目を向けると、アンナと同じくらいの年頃の男の子がかずさ達の所に駆け寄ってきた。
小柄な黒髪短髪の男の子は鋭い緑の目をかずさに向ける。
「おい、答えろっ」
無作法な男の子の態度に先ほどまでにこやかに笑っていたアンナが声を荒げた。
「ファビアン!かずさおねえちゃんに失礼でしょっ!謝ってっ!!」
突然怒ったアンナの態度に、ファビアンと呼ばれた男の子は驚いて返す。
「え、あ、オ、オレ、アンナが知らない人に絡まれて、いじめられてるっと思って思わず......ご、ごめんなさい......」
友達に怒られて気落ちしているファビアンに続いてアンナも謝る。
「ごめんなさいおねえちゃん、私のお友達が......」
謝罪されたかずさは笑って答える。
「大丈夫大丈夫。全然気にしてないよ」
そんな中、ハンスがファビアンの頭に手を乗せてぐしゃぐしゃに髪を乱してやると、親し気に話しかける。
「さっきのはお前が100パーセント悪い」
「な、なんだ、誰だお前っ」
無理やりぐしゃぐしゃしてくる腕をファビアンが両手で掴み、その腕の持ち主を見て明らかに嫌そうな顔をするファビアン。
「げ、ハンス」
そう、ハンスはこの子供をそれこそ生まれた時から知っている。
黒髪のこの生意気そうな子供は、ロビンの働き先であるシュライナーの息子である。かずさも以前、ロビンの部屋で一度見たことがある顔だ。
ファビアンの心の底から嫌そうな表情に不満げな顔で言うハンス。
「なんだその顔は、ファビアン」
「何でもねぇよっ」
言いながらハンスの腕を払いのけたファビアンにアンナが尋ねる。
「それで、今日は何の用なの?ファビアン」
友達の約束ってこの子の事だったのか、とかずさは立ち上がって一歩下がると二人のやり取りを見守ることにした。
ハンスもかずさの隣に並んで二人の様子を見る。
アンナから用件を尋ねられたファビアンは急にモジモジしだすとズボンの後ろに挟んでいた小さな花弁がたくさんついた紫色の花を一輪取り出し、アンナの目の前に突き出した。
「昨日、アンナの誕生日だったって聞いて、オレ、知らなくて......だからこれ、あげる......」
ファビアンがあげたのは、秋に川の傍でもよく見られる美しいアスターの花だ。
その綺麗な紫色の花を両手で受け取ったアンナは嬉しそうに微笑む。
「うれしい......ありがとう、ファビアン」
アンナの表情を見たファビアンの顔は突然真っ赤に染まった。
「そ、それだけだ。じゃあなっ」
そう言って商店街の方へ走って行った。
一連のやり取りを見ていたかずさはアンナに声をかける。
「よかったね、アンナちゃん」
「うんっ」
ハンスは嬉しそうに笑うアンナを見た後、去って行ったファビアンの背中を見た。
そして心の中でショックを受ける。
ーーあんな小さな子供でも、好きな子に贈り物とかするのか......?それに比べてオレは......祭りの時にあげた髪飾り以外、飯しかあげてないんじゃないか?!
祭りの時はまだ自分の中の感情が恋だとは自覚していなかった。しかし、自覚してから贈り物という贈り物はまだしていない。
ーーロビンもかずさに告白しようとしている......それに比べてオレの行動力ってファビアン以下なんじゃ......?!
まだ幼いと思っていた顔なじみの子供に恋愛で先を越されたハンスはしばらくこのショックを引きずるのだった。
ハンス、ドンマイ!
次話は水曜日の午前中に投稿予定です。よろしくお願いします。
次回から少しずつハンスとかずさの関係に影響が.......?あるかもです!




