対ハンス戦線協定
前話に汽笛音の表現を追加しました。(読まなくても問題ありません)
「すみません、少し遅くなりました」
ハンスは店の扉を開けると、中にいるレッカーとエレナに声をかけた。
店主二人はカウンター席に座って雑談をしていたようで、帰ってきた二人を見るなりエレナが尋ねる。
「おかえりなさい。どうだった、初めての機関車は」
ハンスは機関車を目の前で見た率直な感想を述べる。
「すごい迫力ですね。発射する前の汽笛の音がかなり大きくて驚きました」
「あの音、すごいわよね~。あの音、地獄の底から魔物が叫んでるみたいな音で恐ろしかったもの」
エレナの感想にレッカーが笑う。
「あの時のお前の驚きようは傑作だったな!しばらくずっとオレの後ろでビクビク隠れてたな」
その発言にエレナがレッカーの太い腕を軽く叩く。
「忘れな。で、かずさちゃんはどうだった?」
エレナの質問にかずさは答える。
「なんだか......未来を感じましたっ」
レッカーがその感想に大きく頷く。
「ハハハ、確かに。遠くまで短時間で行けるたぁ夢が広がるよなぁ!ーーと、開店時間も近づいてきたし、二人ともそろそろ準備を頼む」
レッカーの呼びかけに二人は答える。
「「はい」」
ハンスは早速荷物を奥の部屋に置きに行く。
残ったかずさにエレナがウインクして言う。
「じゃ、また”ミコ”に着替えて頂戴ね」
その言葉を聞いた瞬間げんなりしたかずさはしぶしぶ答える。
「......はい」
開店時間を迎えた『大衆食堂レッカーハウス』は本日の夜も賑わいを見せる。
忙しなく動き回る”ミコ”衣装のかずさとエレナ。
ハンスとレッカーも次々と入る注文に料理を作る手を止められない。
そんな中、三人組の学生が入店してきた。
かずさは料理を提供した足でそのまま入店してきた三人を案内するために近づく。
近づいて初めて、見知った顔がいることに気づく。
「こんばんは、かずささん」
先に挨拶したのは優しい雰囲気の漂う茶髪の大学生、ヘンリーだ。
「あ、ヘンリーさん。こんばんは。とご友人の......」
「エリックっス」
ヘンリーとあまり歳の変わらなそうな学生服を着た黒髪の青年はハキハキと名乗る。
その隣にいる、同じく学生服を着た金髪の青年も丁寧な言葉遣いで自己紹介する。
「僕はルーカス。僕たちはヘンリーの友人で以前から三人でこの食堂に度々来ています」
かずさは頷いて答える。
「はい、存じてます。皆さんいつもご来店ありがとうございます」
そう言ってかずさは席に案内しようと店内を見回すがカウンター席しか空いていない。
「今カウンター席しか空いていないのですが、よろしいでしょうか」
確認するかずさにヘンリーが答える。
「はい、大丈夫です」
右からヘンリー、エリック、ルーカスの順番でカウンター席に座った三人。ヘンリーが丁度ハンスの目の前の席に着くことになった。
ハンスは目の前にヘンリーが座った事に気づかずに、ひたすらに包丁で具材を切っている。
そんなハンスを目の前に座るヘンリーはじっと見ている。そして、ハンスに声をかけようと口を開くと同時に店の扉が開き、客が大きな声を出して入店してきた。
「おーい、仕事終わったから今日は来たで~」
陽気な声を上げて入ってきたのはロビンだ。
その声を聞いてハンスが顔を上げると、入り口で立つ幼馴染に向かって心底嫌そうな顔をする。
ハンスの表情に気づいたロビンは抗議の声を上げる。
「なんやその嫌そうな顔は!幼馴染がせっかく来たっちゅうに!」
別の席で注文を取ったかずさがロビンの目の前に向かう。
「こんばんは、ロビン。初めて店で会うね」
目の前でほほ笑む、珍しい”ミコ”衣装を着た想い人にロビンは親指を立てて、褒める。
「かずさちゃんっ!その服もめっちゃ似合うとるで」
その言葉に、苦笑いでかずさは答える。
「あ、ありがとう......。えっと、席は......」
かずさがロビンの席を探そうと見回していると、カウンター席に座るヘンリーが手を挙げてかずさに声をかける。
「かずささーん。僕の隣空いてるので座ってもらっていいですよ~」
右隣を指さすヘンリー。
この時初めて目の前にヘンリーが座っていることに気づいたハンスは、以前牽制まがいの事をしたばかりに、非常に気まずい気持ちになる。
かずさがヘンリーに気づいて、ロビンに確認する。
「ロビン、あそこの席でいいかな?」
ロビンは、もちろん、と頷くとカウンター席へと向かう。
「全然ええで~ありがとな、かずさちゃん。そっちの兄ちゃんもありがとう」
そう言いながらヘンリーの隣に座るロビン。
ハンスの目の前で、今、恋のライバル二人が相まみえることとなった。
注文を済ませたヘンリー達とロビンは飲み物を片手にそれぞれ話している。
しかし、ヘンリーは何やら深刻そうな面持ちであまり話に入らず、ワインをちびちび飲みながらずっとテーブルを見つめている。
一方、その右隣のロビンはビールジョッキを片手にハンスに絡みに行く。
仕事で忙しいハンスはそんな幼馴染に苛つきつつも話だけは聞いてあげている。
「今度のコンテストの作品、自分でデザインせなアカンのやけど自分で考えたデザインがまだいまいちピンとこーへんのよなぁ~なんかええアイデアない?ハンス」
「知るか。自分の作品なら自分で考えろ」
「ケチやなぁ~なぁ兄ちゃんはなんかアイデア持ってへん~?」
初対面にもかかわらず、持ち前の社交力で隣に座るヘンリーに話しかけに行くロビン。
しかし、ヘンリーは何も答えずじっと下を向いたままだ。
左隣に座るエリックとルーカスもヘンリーの様子に気づき声をかける。
「なぁ、ヘンリー。隣のそばかす君が話しかけてるぞー」
「どうしたんですか、ヘンリー。先ほどから様子が変ですよ」
聞こえているのか、聞こえていないのか。ヘンリーは急に顔を上げると目の前のハンスに向かって言う。
「その、かずささんと一つ屋根の下ってことは、もう、そういう事もしたのか?!」
いきなりのド直球発言に、ちょうどスープの味見をしていたハンスは思わず咽る。
「ぶふぁっ!........な、なに言ってんですかっ」
ヘンリーの言葉を聞いていたロビンもハンスの方をすごい勢いで向くと尋ねる。
「お前!!嫌がるかずさちゃんにそんな事したんかっ!!」
「なんで嫌がる前提なんだよっ!いやそうじゃなくて誤解だ誤解っ!」
慌てて、かずさが聞いていないか店の奥を見るハンスだが、話の中心であるかずさは他の席で注文を取っていて、幸いハンス達の様子に全く気付いていないようだ。
ヘンリーの友人二人も後に続く。
「二人はもうそういう関係だった......のか?」
「......不純な......」
常連客にもあらぬ疑いをかけられたハンスは、このままではおちおち仕事に集中できない。ハンスは忙しいながらも、かずさと出会った経緯から一緒に住むことになった成り行きまでを説明する羽目になった。
「なんや、ヘンリーの兄ちゃんの早とちりかいな~。までも、ハンスの策にハマったってことやな。狡いな~ハンス」
事情を聞く中で、ヘンリーの名前を覚えたロビンはハンスに嫌味を言う。
スープを混ぜながら、言い返せないハンスは口を紡ぐ。
「そういう事だったんですね......。なんだ......よかった......」
事情を理解したヘンリーは先ほどまでの深刻な雰囲気も解けて普段の穏やかな雰囲気に戻った。
すると何かに気づいたロビンがヘンリーに尋ねる。
「ってことはヘンリーの兄ちゃんもかずさちゃんの事を......?」
「......はい」
恥ずかし気に少し顔を赤らめるヘンリーは肯定する。
ヘンリーの隣からエリックもロビンに尋ねる。
「お前もかずさちゃんの事を?」
ロビンはヘンリーとは対照的にはっきりと答える。
「せやでっ!一目ぼれや!」
すがすがしいまでに堂々と答えるロビンにヘンリー達からはおお、と感嘆の声が漏れる。
ロビンは続けて左隣のヘンリーに肩を組みながら意地悪な顔でハンスを見ながら言う。
「って事は俺たちは同士やな。俺たちで対ハンス戦線協定を結ぼうや」
「お前何言ってーー」
ハンスが目の前で反発する中、ヘンリーが顎に手を当てて少し考え込む。
「それは......良い案ですね。.......わかりました、その案乗りましょうっ」
「ほな、決まりやっ!」
二人はそのまま固く握手を交わす。
ハンスの目の前で『対ハンス戦線協定』が締結されてしまった。
目の前のハンスは当然気が重くなる。
「早速やけど作戦や、ヘンリー兄さん。ハンスは一つ屋根の下に住みながら未だなんの進展もあらへんのや。つまり、極度のヘタレ野郎って事や」
「おい......他でやれ......」
目の前で隠すこと無く作戦を始めただけでなく、自分が貶されることに突っ込みを入れられずにはいられない。
ヘンリーも真面目にこの幼馴染の話を聞いている。
「確かに、そうですね......」
「ってことは先手必勝やで。できるだけ早く気持ちを伝えた方が価値や。ちなみにもう協定結んだから言うけど、オレは四日後に告白しますぅ」
その突然の暴露に、ヘンリーが異を唱える。
「そんな急に!協定相手として異議を申し入れるっ」
「協定内容に告白期間の制限はありません~」
「なんだそれはっ!協定の白紙撤回を申し入れるっ」
目の前で一瞬にして協定が崩れていく様をハンスはやれやれと首を振りなが半目で見つめる。
そんな一同のやり取りにも気づかず、かずさはせかせかと働き続けていた。
わちゃわちゃ回楽しい。。
次話はロビン、仕事の流儀(?)をお送りします。
明日投稿予定です。よろしくお願いします。




