商店街を歩く
普段着である薄い桃色のスカートの伝統衣装に着替えたかずさは店の外でハンスが出てくるのを待っていた。
髪にはハンスがあげた桜の髪飾り、首には黄金色の鉱石が付いたネックレスを下げている。
すると、目の前にある教会の扉から見知った茶髪の少年が出てきた。少年は教会の外で陽を浴び、軽くストレッチをして身体を動かしている。
それを見たかずさは声をかける。
「おーい、ロビン!何してるのー?」
声を聞いて振り返ったロビンは嬉しそうにかずさの名前を呼ぶ。
「かずさちゃんっ!今から買い出しなん?」
駆け寄ってきたロビンにかずさは答える。
「ううん。これからハンスと駅に行って機関車を見てくるんだ」
恋敵の話をされたロビンは真顔になると、途端に興味なさそうな口調になる。
「そうかー。楽しんできてなー」
ロビンの態度の変化に気づかないかずさはそのまま話を続ける。
「そういうロビンは教会で何してたの?」
「ん?今ちょうど教会で使われてる物の修復とか補強してたんやで」
「へえ!そういえば教会の中はまだ見たことないや」
「お、なら中見てみいひん?今からでもーー」
「ロビーン!」
ロビンの話の途中で教会の中から、年配らしき男が名前を呼ぶ。その呼び声を聞いたロビンは慌てて返事をする。
「今行きますー!すまん、かずさちゃん親方が呼んどるわ。また今度な」
そう言うと出てきた扉に向けて走り、教会の中へと戻っていった。
ちょうどロビンが教会に入ったタイミングでハンスが店から出てきた。
「悪い、待たせた。誰かと話してたか?」
中でも少し会話が聞こえてたのだろう、ハンスが尋ねる。
「うん、ロビンと少し話してた」
かずさの返答にハンスの表情は少し曇るがそれ以上は何も言わない。
「そうか......じゃあ、行くか。機関車見に」
ハンスが言うとかずさは元気よく返事をした。
「うんっ」
二人は広場を通り、長い商店街へと入っていった。
かずさはいつもヘルケ商店での買い出しでしか商店街を訪れない。商店を超えた先は行ったことがないため珍しそうにあたりを見回している。
ハンスも似たようなもので、用事がなければ商店街の端の方へも、街の外、城壁の外に出ることも無い。
最後に外に出たのは、妹の医者を探しに隣町へ行った時だろうかーー。
「ハンス!何これ、すっごくきれい!」
苦い記憶を思い出したところでかずさの興奮気味な声が耳に入ってきた。
ハンスが目を向けると、かずさは雑貨屋の前で屈みこんでガラス越しに目の前に展示されているスノードームを興味深そうに見つめている。
手に収まるサイズである水で満たされたガラスドームの中には、雪を模した白い粉が舞い上がり、底に作られたミニチュアの建物に降り積もっている。
キラキラした粉が光るスノードームを写すかずさの蒼い瞳もまた輝く。
「ほしいのか?」
ハンスはかずさの後ろに立って、見ているスノードームの値札を確認する。が、ハンスは思わず固まる。値段にして給料五か月分の高級品だ。
「う......すまん、買ってあげられそうにない」
ハンスの申し訳なさそうな言葉に、かずさは驚いてハンスを見上げるとすごい勢いで首を振る。
「いやいやいや、欲しいとかじゃなくて。ただ綺麗だなと思って見てただけだよ」
かずさの態度にハンスは自分の甲斐性のなさを嘆きつつも少しホッとする。
「ごめん、急に立ち止まっちゃって。さ、行こ」
かずさが立ち上がって笑顔でハンスに呼びかける。
「ああ」
返事をするとハンスもかずさの隣に並び、二人は再び歩き出す。
長い商店街は2kmメートルほどあるが、道中二人は客や店の新メニューの話など、城門の前までずっと談笑していた。
ハンスは二年前、妹のために必死の思いで駆け抜けた商店街の道を今は穏やかな気持ちで笑って歩けている事に自分でも驚く。
それもこれも隣にいる少女のおかげなのだと、改めて感じる。
「お、珍しいなお前がここに来るなんて」
顔を向けると、目の前にはライオンが描かれた街の腕章入りのつば付き帽をかぶり紺色の軍服を着た、黒いカイゼルひげを指で遊ばせているロレンスがいた。
「ロレンスさん、こんにちは」
かずさが挨拶するとロレンスも笑顔で返す。
「ああ、こんにちは。二人してどこ行くんだ?」
その問いかけにハンスが答える。
「ちょっと駅を観に行くんだ」
「造られてからしばらく経った今か!まぁ、タイミングなんて人それぞれぞれだよなぁ。駅はこのまままっすぐ進んでったらすぐわかるぞ。デカいからな」
一人驚いて納得したロレンスは親切にも道を教えてくれた。
「わかった。ありがとう」
「ありがとうございます」
二人は感謝をのべてロレンスの横を通り過ぎる。
「二人とも楽しんで来いよっ」
ロレンスの言葉に二人はまた振り返って手を振り返す。
そんな楽しそうな若人をロレンスは優しい眼差しで見送りつつ、呟く。
「よかったなぁハンス......」
かずさが来てからのハンスは以前とは明らかに変わった。笑顔が増え、それこそまだ妹が生きていた時の明るいハンスに戻ったようだ。二人の背中を見ると、ロレンスは感慨深くなる。
その様子を見ていた逆側に立っていた同僚の門番が言う。
「泣いてるのか?」
「泣いてねぇよ!」
ロレンスは反射的に言い返した。
ほんと、話進まなくてごめんなさい。三章は章のクライマックスまではこの調子で比較的穏やかに進みます。次回は火曜→水曜0時 投稿予定です。 よろしくお願いします。




