願い
残業が長引いたとはいえ、かなり遅れて申し訳ないです!
午後6時。教会の鐘が鳴ると、かずさは店の外に出て扉にかけてある札をひっくり返し、『準備中』から『開店中』にかけ直した。これまでは開店前や閉店後の来店も時々あったが、札があれば客も分かりやすいだろうとエレナの提案で今日から取り入れられた。
「かずさ」
かずさが再び店に入ろうとしたところ、後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこには昨日まで毎日会っていた赤毛の女子学生と侍女、そしてその友人たちが立っていた。
「あ、ティナ!マチルダさんにソフィーさん!それにフィンさんも!」
「昨日ぶりね。四人、いいかしら」
ティナの確認に笑顔で頷いたかずさは扉を開けて四人を招き入れる。
「もちろん!大歓迎だよ。いらっしゃいませ!」
四人はかずさの案内で店の一番奥にある席へと向かう。
途中キッチンの前を通る際にティナは他の三人を先に行かせ、ハンスに話しかけてきた。
「こんばんは。昨日ぶりね、あれから調子はどう?」
ティナの問いが酔っていた昨日の自分についての事だとすぐにわかったハンスは急に申し訳ない気持ちになる。
「あぁ......朝はまだきつかったですけど、今はだいぶマシです。ご迷惑かけてすみません」
その言葉にティナも苦笑いして答える。
「勧めた私も悪かったわ。あなたがあんなにお酒に弱いとは思わなくて......」
「いや、オレもあの程度なら普段酔わないのでああなるとは思ってませんでした......」
言いながらハンスは自分の不甲斐なさにまた落ち込む。
「ティナ様ー!注文しますよ~」
奥の席から既にフィンの隣に座ったソフィーがティナを振り返って声をかける。
「今行くわ。じゃ、ハンスさんまた」
「はい、また」
そう言ってティナは奥の席へと歩いて行った。
「うーん、何にしようかしら.....」
ティナはいつものように真顔で静かに座るマチルダの隣に座ると壁に書かれているメニュー表を見る。
かずさは注文が決まるまで何か話そうと思い、気になっていた事を尋ねる。
「そういえば、フィンさん傷の具合はどうですか」
何気なく聞いた瞬間、かずさは後悔する。
ーーこれ、私が知ってたらおかしいやつだ......。
咄嗟に口を塞ぐも時すでに遅し。
尋ねられたフィンは明らかに動揺し始め、早口で話し出した。
「な、なななんで傷の事ーー。あ、かずささんも昨日観に来てたのかなっ。はは......ははッ。き、昨日は無我夢中でボ、ボク自身もどうやってレオポルト様相手にあんな事ができたかわかんないけど傷は、た、大したことないよっ。ほ、ほほほ、本当にっ!」
フィンは何とか怪しまれないように必死に主張するものの、聞かれていないことにまで答えているため、逆に不自然になっている。
つっかえた言葉遣いがデフォルトのため、言葉遣い自体に違和感はないものの、明らかに動揺している様子が見て取れる。
「あ、えと、そ、それは良かったですっ」
かずさも冷や汗を掻きながら次の言葉を探す。
あたふたする二人にティナが小さくため息を吐きながら二人に助け船を出す。
「かずさは実際に観たわけではないわ。昨日私が決闘の事を話したのよ。今回協力してくれたハンスさんとも仲がいいし、心配してたから試合の結果だけ伝えたの」
かずさがまさか代役の騎士とは露ほども思っていないフィンはかずさを疑うことも無く、忽ち安心した表情をする。
「なんだ......そういう事かぁ。そっかそっか」
そんなフィンの様子を今日一日、疑問に思っていたソフィーは隣から尋ねる。
「なんだか今日のフィン君、いつも以上に様子が変ね」
小首を傾げながら呟くソフィーにフィンは顔を逸らす。
「そ、そんな事ないよ、いつも通りだよぉ」
フィンが決闘をした、という事実しか知らないソフィーはただただ不思議そうにしている。
目の前の二人がそんなやり取りをしている間にティナはかずさに耳を近づけさせて小声で話す。
「今日のフィンは一日中あんな感じなのよ。間違っても代役がいた、なんて言わないけれど決闘の事を聞かれたらあんな風に動揺してしまうの。大学にいる間は私やヘンリーがフォローしたりして、まあ何とかごまかせてる感じね.....。あなたも軽はずみな発言はしないように」
念を押されたかずさは小声ですみません、と謝る。
かずさは昨日も一緒にいたヘンリーの姿が無いと思い、もう一度フィンに尋ねる。
「そういえばヘンリーさんは今日はいらしてないんですね」
「あ、う、うん。誘ったけど、今日はやめとくって言ってこなかったんだ。課題でもあるんじゃないかなぁ」
「そうなんですね。あ、皆さんご注文お決まりになりましたか」
「ええ、私は決まったわ。皆ももういいかしら」
「はい」
「は、はい」
コクリと頷くマチルダ以外の二人は返事をし、それぞれかずさに注文していく。
注文を取ったかずさはキッチンにいるハンスとレッカーに注文の品を伝えた後、ドリンクの準備をしようと厨房に足を向けた時、続々と客が店に入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
かずさは元気に挨拶をして訪れた客を笑顔で迎える。
「「お疲れさまでした」」
閉店作業を終えたかずさとハンスは店主二人に挨拶をして店を出ていく。
ルナが編んだショールに身をくるんで、二人は夜の街を歩く。
「今日も冷えるな」
ハンスがかずさに話しかけると、かずさも答える。
「うん、これからどんどん寒くなってすぐに雪とか降るのかな」
「そうだな。ここら辺は他の地域に比べたら暖かい方だけど、それでも雪は結構降るな。そういえば五日後のロビンの件、本当に良かったのか」
質問の意図が分からず、かずさは聞き返す。
「え?」
「ほら、聞いた時少し考えてただろ。いつもならすぐに即答しそうなのに」
「ああ......」
尋ねられている意味がわかったかずさはショールに顔を埋める。
自分が五日後に行われるロビンのコンテストの応援に行くかどうか即答できなかった理由ーー、
それは呪いの期限が近いからだ。
昨日書いた日記には『三百三十二日』と記した。今日は『三百三十三日目』で明日以降の残りの日数は三十二日間しかないーー。
残された時間はひと月ほどしかない。
そして五日後も居るとなると、この街での滞在期間は今まで訪れたどの場所よりも長くなる。
離れ難くならないようにと街での滞在は2、3日にすると決めていた。なのに今は自分で決めたその期間を大きく超えている。
ーー呪いの期限まで時間がないのに、なんで私はここにいるんだろうーー。
それほど今の環境が心地いいのだろう。新たに出来たこの街の人々とのつながり、温かさから離れられなくなってきている。
ーーせっかく自分で決めて村を離れてきたのにーー。
それほどまでに心の奥底では人とのつながりを求めているのか。
呪いを前にして、頭ではすぐにこの街から離れないといけないと思っていても、身体がそう動かない。
気持ちは自分の居場所を求めているのだろうかーー。
ーーでもこれ以上ここにいれば、ここで出会った人たちも悲しませることになるーー。
レッカーやエレナ、ロビンやティナ。そしてーー、
「おい......おい。聞いてるのか」
気づけばかずさ達は橋の真ん中まで来ており、目の前でハンスが手を振ってかずさに声をかけている。
思考から現実に引き戻されたかずさは慌てて答える。
「あ、うん、なんだっけ」
質問した内容を忘れているかずさにハンスはもう一度言う。
「五日後のロビンの件が本当に大丈夫かって話。聞いた後ずっとぼーっとしてるし。いろいろ大丈夫か、アンタ」
心配そうに見つめるハンスに心配させてはいけないと、かずさは笑顔を作る。
「全然問題ないよ。ごめん別の事考えてた」
釈然としない様子のハンスは先を歩きながら言う。
「アンタがそういうならいいけど......なんかあれば言うんだぞ」
その不器用な言葉から伝わる優しさをかずさは嬉しく思う。ハンスに駆け寄ると横から見上げて言う。
「うん、いつもありがとう、ハンス」
ハンスはかずさの笑顔を見て一瞬固まるとまた前を見る。
「......気にするな」
かずさはハンスと並び歩きながら願う。
ーーあと少しだけ、もう少しだけ。
一月後記憶を失ってどうなるかはわからない。それでも、ハンスの隣にいる時は特にそう願わずにはいられない。
次回は土曜に投稿予定です。よろしくお願いします。




