まかない
「ほな、オレはこれで」
ロビンはハンスとかずさが五日後に休日を取る許可を取り付けると早々に店から出た。
そして、現在の仕事場、目の前にある教会の中へ入って行く。
「アイツ、今教会で仕事してるのか......」
ハンスが呟くと、
「何の話?」
後ろから買い出しを終えたかずさが話しかけてきた。
ドキッとして振り返るハンスにかずさは不思議そうに小首を傾げた。
「なるほど、そういう事なんだね......うーん......五日後......」
ハンスはキッチンに戻り出来上がったシチューの味見をし、かずさはその前のカウンター席に座っている。
ハンスは五日後にロビンの木工見習いコンテストが別の街で開かれる事、そして『自分たちにぜひ応援に来てほしいと頼まれた』と真の理由を伏せて説明した。間違っても、一位になってかずさに告白するため、なんて言えるはずもない。
かずさは頼まれたからにはすぐに了承するとハンスは予想していたが、思いの外考え込んでいる。
急な申し出だ、かずさが断るならこの申し出は断れるかもしれない、とハンスはさりげなくかずさに誘導を試みる。
「無理に行かなくていいんだぞ。コルツの街までは馬車で五時間以上かかるしそんなに近いわけじゃないからな」
ハンスの話に帳簿をつけ終わったエレナが、客席のソファー席から言う。
「そういえばアンタ達、馬車じゃなくてもあの町へはいけるわよ」
ハンスとかずさがエレナの方を見る。
「さすがに歩いてはもっとかかりますよ」
エレナは笑うと首を振りながら答える。
「違う違う。もっと早い手段があるのよ。ハンス、アンタ知らないの?」
何の事を言っているのかわからないハンスは首を傾げる。
すると話を聞いていたレッカーも話に入ってくる。
「ハンス、お前知らなかったのか」
エレナは得意げな顔で続けて話し出す。
「ふっふっふ......最近この街にも”駅”ができたじゃない。蒸気機関車のねっ」
「蒸気機関車?!」
近代技術の象徴ともいわれる機関車がこの街にも遂に導入されたというニュースは数か月前に街で大いに話題になった話だった。
が、世事に疎いハンスはまったく知らない、というより当時はあまり世間に興味が無かった。
初めて聞く機関車の存在にハンスは驚く。
「ど、どこに駅があるんですか」
エレナは商店街の方向を指さしながら言う。
「西の方。商店街を抜けて、城壁を超えた先にあるわよ」
「城壁の外......それは見た事無いわけだ」
ハンスの行動範囲は基本店と家の往復だ。
ゾンダーベルクの街は古くからある城壁に囲まれているが、城壁付近まで行く事もなく、山菜を取りに山の方へ行く以外はほとんど出たことがない。
「機関車ならコルツの街まで二時間くらいでいけるんじゃ無いかしら」
「二時間?!.......でも庶民は乗れないんじゃ......」
馬車より断然早い。しかしそんな最新技術を駆使した乗り物はお貴族様御用達なのではないか、とハンスは考える。
「いくらかは忘れたけど私たちでも十分乗れる賃金よ。いい機会だからかずさちゃんと乗ってきたらいいじゃない」
カウンター席で聞いていた『機関車』という未知の乗り物の話にかずさは興味を持った表情をしている。
ハンスはそんなかずさに尋ねる。
「明日にでもちょっと見に行ってみるか。アンタが知りたい最新の技術ではあるだろうし」
その言葉に、かずさは大きく頷いた。
「うんっ!あと、五日後のロビンの応援も行くよ」
かずさの元気な返答を少し残念に思いながらハンスは出来たシチューを器に入れ、かずさに差し出す。
「そうか.......わかった。と、はい、まかないのシチューだ。熱いから気をつけろよ」
カウンター越しに器とスプーンを受け取ったかずさはミルク色の中にいろんな具沢山が浮かぶ美味しそうなシチューを見て、かずさの瞳が輝く。
「美味しそうっ!いただきまーす!」
さっそくスプーンですくい、パクッと口に入れたかずさはその美味しさを絶賛する。
「あったかくてコクがあって、野菜の旨味もしっかり溶け込んで、ジャガイモはホクホクで......本当にハンスの作る“しちゅー“?は美味しいね」
しっかり食レポをするかずさにハンスは苦笑する。
「めちゃくちゃ具体的に褒めてくれるな。誰が作っても同じだと思うが、ありがとな」
そう言ってハンスは別の器にもシチューをよそっていく。
「エレナさんとレッカーさんの分もそっちに持っていきますね」
「あら、ありがとう」
「おう」
ハンスはシチューを軽く混ぜながらかずさの何気ない感想を噛みしめていた。
――オレの作るシチューは美味しい、ね。
ちらり、と美味しそうに食べるかずさの顔を見て、ハンスの心も温かい気持ちで満たされていった。




