決闘後、二人の時間
「う、うう......踏んだり蹴ったりだ......」
腕に包帯を巻かれたフィンは、今は身包みを剥がされ下着姿で立っている。
というのも、このまま控室でフィンとかずさを入れ替えようという案が浮上したのだ。
当初の予定では観客が捌けた後、かずさは再び鎧兜だけ被り会場から出る手はずだったが、試合後まで鎧を被っているのはやはり怪しまれる。
しかし、都合よく女装したフィンが控室に現れたことで二人が入れ替われば万事解決する。ティナの提案にフィン以外の一同は納得した。
最初にフィンが服を脱ぎ、マチルダが大きな布で隠している間にかずさはフィンの女装服に着替える。
かずさが脱いだその学生服をフィンが着る、という流れなので、フィンは腕を切られた後に下着で放置されるという痛羞恥プレイを現在進行中で受けている。
かずさはすぐに長袖のブラウスと丈の長いスカートに着替え、鎧兜を被った後に着替えた服をフィンに渡した。
小さく礼を言うとフィンは半泣きでぐずりながら自身の学生服に腕を通す。
その様子に、かずさは何度も心の中で頭を下げた。
「まあ、腕と指がちゃんとあるだけでも十分ありがたいだろう?」
「そうなんだけど......」
励ますヘンリーに不満そうに答えながらも、状況は受け入れているフィン。
そんなフィンにティナは念を押す。
「わかっていると思うけれど、決闘の事は上手くごまかしなさい。あの時は必死でよく覚えてない。気づいたら終わってた、とか言って間違っても自分じゃないなんて言わないで頂戴ね」
「も、もも、もちろんだよ。く、口が裂けても言わない......墓まで持っていくよぉ」
服を全て着たフィンはティナに当たり前だと返す。
「よろしい。じゃあ、私たちはこのままフィン達と大学の外まで出て先に家に戻るわ。ハンスさんはしばらくしてから代役の方をお連れして家まで来てくれる?」
指示を受けたハンスは女性服に着替え、今はフィンの赤髪のかつらを手に持っているかずさを一瞥すると、ティナに返事をした。
「わかりました」
「打ち上げの準備をして待ってるから」
ティナは二人にウインクすると控室の扉を出た。
フィンはかずさに一礼した後ティナに続く。その後にヘンリー、マチルダの順で部屋から出て行った。
残されたハンスとかずさは控室で二人きりになった。
かずさは皆が出たのを確認してから、鎧を脱いだ。
「はぁ~びっくりした。でもフィンさんには本当に悪いことしちゃったな」
とりあえず役目を果たし終えた事でほっとしたかずさにハンスはもう一度確認する。
「本当に怪我、大丈夫なのか」
その問いかけにかずさは本当に何でもないかのように答える。
「うん、大したことないよ。たぶんこの傷、もう塞ぎかかってる。見る?」
かずさは包帯をもう一度解いてハンスに見せる。
ハンスが腕をのぞき込むとかずさの言う通り、かずさの白い腕にかかる一本の赤い線は一部分だけだが既に通常の皮膚に戻っていた。
通常の人間ならあり得ない回復力だ。
「本当だ......」
ハンスは思わずかずさの右腕を取ると顔を近づけてまじまじと見る。
この少女の特殊性は初めから知っていた。しかし、戦闘以外で目に見えて知覚できる能力者らしい現象は、やはりかずさが人間離れした存在だという事をハンスに改めて突き付ける。
「......本当に能力者なんだな」
「ふふ、驚いた?」
目の前で無邪気に笑う少女は、ハンスが良く知るかずさだ。
昨日からどこか静かで重い空気を纏っていたかずさだったが今はそんな雰囲気は微塵もない。
「アンタ、昨日クリスティーナ様の一件の後、あのツンツン髪に怒ってたのか?」
かずさはバレてたか、と一人呟いてから言った。
「うん......これまでで一番怒ってたんだと思う。なんだか......こう、お腹の底がひっくり返るような。こんなに怒ったのは初めてだったよ」
今こうして明るく笑うかずさの表情は晴れやかだ。その笑顔を見て、ハンスは穏やかに笑う。
「人のために怒れるんだな。アンタって本当に優しいよな」
ハンスの純粋な言葉にかずさは驚いた顔をした。
その表情をみて、ハンスも何か変なことを言っただろうか、と焦る。
「オレ、なんか変なこと言ったか?」
その言葉に、かずさは微笑んで頭を振る。
「ううん。ちょっと驚いただけ。あと、それを言うなら、優しいのは君の方だと思うな」
蒼い瞳をこちらに向け、下から覗き込んで照れくさそうに笑いかけてくる想い人に、ハンスは顔が熱くなるのを感じて、慌てて目を逸らす。
「あ、いや、オレは......っ。あ、それよりアンタの剣って本当にすごいよな。野盗に襲われた時も思ったけど、あれって誰かに教わったのか?」
咄嗟に話題を逸らすハンス。
かずさはそんなハンスの様子を特に気に留めること無く、降られた話題に嬉々として答える。
「うんっ!そうなんだよ!剣は親父様に教えてもらったんだ。親父様は無口で不愛想だけど、優しくて、それですっごく強くてーー。そういえば、たぶんここら辺の国の出身なんだと思う、顔立ちがそうだから」
初めて聞くかずさの故郷の話に、話を逸らすために振った話題だったが、興味がわいたハンスはそのまま訊く。
「へぇ、アンタの親父さんか。じゃあアンタもここら辺の血が入ってるってことか?」
「ううん、親父様は赤ん坊の頃に私を拾って、それからずっと村で育ててくれた。狩りの仕方も、料理の仕方も、畑の耕し方も、そして戦い方も、全部親父様が教えてくれたんだ」
嬉しそうに語るかずさにハンスも嬉しくなる。
「なんでもできる人だったんだな」
「うん。まあ、小言も多かったけど......それに村には二人幼馴染がいて、一人はナオトっていう生意気な奴なんだけどもう一人はお淑やかで綺麗で優しいめぐみ子って子がいてーー」
懐かしそうに故郷の事を話すかずさにハンスは素朴な疑問を投げかける。
「皆良い人たちなんだな。何か事情があるとはいえ、家族や友人がいる故郷から離れて寂しくないのか?」
何気に聞いた一言にかずさは一瞬固まるが、すぐに笑顔を作ると言う。
「......寂しくないよ。自分で決めた事だから」
その間にハンスはわずかに違和感を感じたが、笑顔で答えるかずさに続けて話す。
「ならちゃんと何かは知らないが、アンタの目的を果たさないとだな」
ハンスは内心、このままここにいてもらっても良いんだけど、などと考えながら言う。
かずさはハンスに背を向け、扉に向かいながら答える。
「うん......。じゃあ、そろそろティナ達のところに行こうか」
「だな」
扉の前でかずさはかつらを頭に被り、長い赤髪の髪をティナのようになびかせてドアノブに手をかける。
「では、行きましょうか」
ティナの物まねをしながら扉を開けたかずさにハンスは思わず吹き出す。
「ぶふっ......あんまり似てないな」
その反応に顔を膨らませながら講義の視線を送るかずさ。
「憧れるくらいいいじゃん」
「別にダメとは言ってないだろ」
二人は楽し気に話しながら扉を出る。
賑やかな会場を出て外に出た二人の頭上に満天の星空が降る。
「わあ!綺麗だね~ハンス」
「そうだな。寒くなったからか星空も前より綺麗に見えるようになったしな」
雲に隠れていた月が顔を出し、二人を明るく照らし出す。
「じゃあ行こう!」
「それがアンタらしい」
「も~!」
ゾンダーベルクの夜に二人の楽しそうな声が木霊する。
二章はこれにて終わりです!閑話として後日、かずさ達のデート回と決闘後の打ち上げ話を投稿したいと思います。
拙い文章力、誤字脱字誤表現マイスターの私の物語にここまでついてきてくださり本当に感謝しかありません。
以前書きました通り、二章はティナのお話でもありました。生きていると、どんなに頑張っていてもなにかしらの理不尽な壁にぶち当たることがあります。そんな時、支えてくれるのはこれまで積み上げてきたものや周りの人たちだったりします。そんなものは自分には無い、と自信のない人はこの物語が、また世の中にあるいろんな物語たちがあなたの背中を押してくれます。かくいう私も物語に背中を押された一人で、今も仕事では挑戦の真っ最中です。
そして、あまりに理不尽なことには怒っていいです、かずさみたいに(笑)
先が見通せない不安な世の中ですが、皆さんに少しでも温かい物語が伝えられたらな、と思い書き始めたこの物語。これからもハンスとかずさをよろしくお願いします。三章はまた少し練らないといけなさそうです(-_-;)来週末から開始したいですが......できるかはまだわかりません(^◇^;)それまでは閑話をお楽しみいただけると幸いです。
では、また次のお話で!




