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ティナの大学生活

 クリスティーナ・ファン・ゲヴァルトはその長い脚を前に出し大学の講堂に入る。

 ヴィレ州の州都にあるゾンダーベルク大学は創立400年を誇り、アインハイト連邦国最古の大学だ。赤レンガ造りの厳かな講堂はかなりの年季が入り、その長い歴史を感じさせる。

 

 創立400年という肩書きは国内外問わず有名な為、他州、他国から多くの学生達が学びに来る。

 在籍生徒数700人余りのこの大学は元々男子しか講義を受ける事が許されなかった。女子学生の入学が許されたのは、ゾンダーベルクの若き現公爵に替わってからで、わずか3人しかいない。

 そのためか、通り過ぎる他学生たちはティナとその後ろに続くマチルダに奇異の目を送る。


 だが、ティナはそんなことは気にしない。

 胸を張って、目的の講義室まで向かう。


「女帝だ......」

「......なんで女が......」


 多くはないが、すれ違う者たちの批判めいた視線がティナたちに向けられる。


 ティナはその瞬間、急に振り返った。

 呟いた学生たちは、ビクッとして急に壁の方や廊下に目線を向け、縮こまる。


ーー何か言うまでもないわ。


 緑の瞳を細め、フッと笑ったティナは足早に目的地へと向かった。

 ヒール靴を鳴らし胸を張って歩く。このヒール靴と短い紺色のスカートは女としてのプライドだ。

 

ーーこんな奴らに構ってる時間なんてないのよ。



 講義室は前方の黒板を中心に後方へと弧を描いて階段式に昇段していく造りになっている。

 典型的な大学の講義室の形だ。


 ティナは講義のために持ってきた鞄を受け取り、マチルダと廊下で別れ、講義室に入る。

 そして一番前の席に座った。その方が一番質問しやすく、集中できるからだ。


 座った瞬間、チッと後方で舌打ちが鳴った。


 金髪ツンツン髪の学生、レオポルトだ。

 国を分ける二大勢力において、ティナの家が治めるゲヴァルト州の陣営であるヴァイスファーネ州を統治する公爵家の長男である彼は、大学に女が来るの事を嫌っている。

 

 そんな彼の舌打ち程度聞き慣れているティナは、机にノートと参考書、そしてペンを出し講義に備える。

 

 やがて、教授が入ってきて講義が始まると、ティナは学問の世界に沈んでいった。


 



 気づくと、講義が終わっていた。

 ティナは鞄から数十ページにもわたる大量のレポートを取り出して立ち上がると、目の前の教授に渡しに行く。

 それを見たレオポルトの周りの生徒がまた小声で言う。

「点数稼ぎかよ」


 ティナの耳にも入っているが知ったことではない。


「先生、先週の講義の『善とは何か』について私なりにまとめてきました。ご一読いただけますか」


 気難しそうな初老の教授は、首から下げたモノクルを目にかけると、ティナの手から受け取ったレポートに数ページ目を目を通した。

「うん......よく書けてる。後で読んでコメントをつけておくから待っていなさい」

「はい、ありがとうございます」

 ティナが頭を下げると、教授は講義室を出て行った。

 この教授もティナが来た頃はレポートすら受け取ってくれなかった。しかし、何度も質問し、根気強くレポートを出しに行ったところ、今では普通に評価してくれるようになった。


 他学生も同じようなものだった。最初は明らかに避けられて、遠巻きに見られていた。

『女なんて学問の必要はないだろう』『女に理解できるのか』『大人しく裁縫してろよ』

 女であるという偏見からの発言に最初の頃は傷付くこともあった。


 しかしティナは決して挫けなかった。

 最初から女である自分が受け入れられるとは思っていない。

 ならば、と他学生に自ら声をかけ、困っているときに教えてあげたり、講義でディスカッションしていくうちに次第に打ち解けていくようになった。

 

 

 ティナはそうやって、少しずつ周りからの評価を勝ち取って行ったのだ。


 今では自分にも親しく接してくれる友人と呼べるような存在もできた。ヘンリーやフィンもその一人だ。

 

 ティナはそうして女であるという偏見を徐々に取り除いていった。



「クリスティーナ嬢、次の法学の講義取ってるか?」

 後ろの席から聞きなじみのある声がした。

 振り返るとそこには顔なじみの学生が一人いた。

 

 ティナは振り返って答える。

「取ってるわよ。何?」


「専門書を忘れてしまって......見せてくれるとありがたいんだが......」


「全然いいわよ」

 

 その男子学生は顔の前で手を合わせた。

「ありがとう!助かるっ」


「じゃ、先行ってるわね」

 ティナは笑顔で返すと、講義室を出た。


 


 講義室を出ると、外に待っていたマチルダが自発的に鞄を取りに来た。

「別にこのくらいいいのに。次の教室までそんなにないのだし」

 するとマチルダは、無表情で淡々と答えた。

「いいえ、あなた様は(れっき)としたとしたゲヴァルト王族家の王女なのですから」

 真っ直ぐに見つめてくるマチルダを見て、諦めたようにティナは鞄を手放した。


 そして次の講義室に向けて歩き出す。


ーーさて、次の法学のテーマは何かしら。


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