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胸の高鳴り

本当にお待たせしてすみませんっ。

 祭りの翌日で街に人通りも無く、これ以上の客入りは見込まれないため店は夕方に閉められ、二人は陽が沈む前に家に返された。

 ロビンの家に妹の物を取りに行く約束をしていたが、今日のところはかずさだけいくつか物を取りに行き、後日また折を見て残りの分を取りに行くことにした。

 今は何かと面倒なので、ハンスはロビンとはしばらく顔を合わせないようにする。


 かずさが取ってきた荷物を二人で分けて持ちながら、商店街から出てきた二人は広場を歩き橋へと向かう。

 かずさは歩いていると、昼に美しい少年と話したベンチがふと目に留まった。

「ハンス、この街に君と同い歳くらいの綺麗な人いない?」

 ハンスはかずさの唐突な質問に首を傾ける。

「同い年くらいの綺麗な人...パン屋のポーラさんか...?でもオレよりかは明らかに年上だし...」

「違う違う、男の人だよ。君と同じような格好してる」

 男と聞いて、若干眉をひそめるハンスだったが、質問にはしっかり答える。

「男...同じ格好なら商人でもないし、学生でもないな...この街にオレと同じ年頃の、しかも男でそんな奴は思い当たらないな」

「そっか~何だか、話し方も街にいる人って感じじゃなかったし、旅の人とかかな」

 いつもの調子でマイペースなかずさに不満気なハンスは自分より低いかずさの頭に手を乗せ、髪をわしゃわしゃと掻き乱した。

「なーにーするのっ」

 ハンスの腕を握り、止めたかずさは恨めしそうに非難の視線をハンスに向けた。

 目が合ったハンスは真剣な眼差しでかずさに言う。

「あのな、誰彼かまわず話しかけるのはアンタの長所かもしれないが、知らない奴に近づくのはやめとくんだ。アンタが能力者だってどこからバレるか分からないんだぞ」

 ハンスの真剣な口調に、本当に自身の身を案じている事がわかったかずさはおとなしく頷く。

「うん...わかってるよ。今度から気をつける...」

「ならいいんだ」

 ハンスはできるだけ、この少女には長く居てもらわないと困る。もらった恩はしっかり返したいし、この少女がいないと家で料理を作っても感想がもらえない。

 とにかく、居てもらわないと困るのだ、それ以外の理由はないーー。

 


 二人はいつの間にか橋まで歩いてきていた。

 街の門をくぐると橋の上からは川の流れる先にちょうど陽が沈みかけているのが見える。


 夕陽の色で橋の上は茜一色だ。

 かずさは夕陽を見ると、急に走り出した。


 橋の中腹辺りで振り返り、荷物を片手に持ってハンスに手を振る。

「ハンスー!見て!すっごい綺麗な夕陽だよ!」

 興奮した様子のかずさの様子に思わずハンスは笑う。

「見えてるよ」

 歩いてかずさに追いつくと二人は欄干から静かに沈む夕陽を眺める。


 隣にいたハンスは、ふとかずさに視線を移した。

 冷たい風が後ろから吹き抜け、かずさの髪を乱す。

 

 それが邪魔くさくて、指で髪を耳にかけるかずさの目には真っ赤な夕陽が映り込んでいる。

 ハンスは夢中で夕陽を見る、その横顔から目が離せなくなった。

 

 風になびく顎下に切り揃えられた(あで)やかな黒髪も、茜色に染まった蒼い瞳も、わずかにほほ笑むその桜色の唇も、なぜだろう、特別なもの見える。

 この一瞬を目に焼き付けたいと思った。

 


 ここ数日、かずさと過ごしてきたがこんな風に見えた事はなかった。

 確かに、危なっかしくて目が離せないだとか、恰好が変わって驚いたことはあったが、こんな風にずっと見ていたいと思った事はなかった。

 もっと言うと、これまで生きてきて人に対してこんな気持ちを抱いた事はなかった。


 時刻を知らせる教会の鐘が鳴り響く。


 かずさがこちらを見て目が合った瞬間、鐘の音とともに心臓が大きく鳴った。


「ハンス?」


 もはやその声すら鈴の音ように愛らしく聞こえる。

 

 ハンスは全身が熱くなるのを感じた。

 自分は完全におかしくなってしまった。昨日の祭りの日からその兆しはあった。そして今、完全に自分が異常である事を自覚した。

 原因不明の胸の痛みに、ハンスはしばらく立ち尽くすことしかできなかった。


もう一話、明日の朝までに投稿します。よろしくお願いします!さて、新章本格始動です。

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