祭り前夜①
かずさは小箱に入っていた小さな封筒を取り出した。
ロビンもその封筒をのぞき込む。
封筒には『お兄ちゃんへ』と書かれている。
「これ...ルナちゃんからハンスへ当てた手紙やな」
かずさはこの街の文字が読めない。ロビンの言葉を聞いて再び手紙に目を落とす。
丁寧に封された手紙は分厚くはなく、便箋2,3枚程度しかないことがわかる。
「これはハンスに渡さなきゃいけないと思う」
「なにが書いてあるか、確認せんのか?」
その問いにかずさは首を振る。
「勝手に中身を読むのはいけないと思う...それにルナちゃんはハンスにひどい言葉なんて残さないでしょ?」
かずさはロビンを見て確認する。
会ったことも無いハンスの妹だが、かずさには何故か確信があった。
この鍵はクマのぬいぐるみに隠されていた。わざとわかりにくい場所に隠していたのは、後に残す兄の重荷にならないための配慮にも思える。
しかし、鍵という形で手紙を残したのには、また別の重大な理由があるのだろうとかずさは考えた。
「それは...そやな。ルナちゃんは兄貴思いの、ホンマにええ子やったからな...」
それを聞いたかずさは頷く。
「この手紙は私がハンスに渡すよ」
「そか」
その答えにロビンははにかんだ。
笑顔で向かい合う二人にしばし沈黙が流れる。
すると、ロビンは先ほどの落ち着いた様子はどこへやら、急にモジモジして話し出した。
「で、話変わるんやけど、明日の祭り、かずさちゃんオレと一緒にーー」
ロビンが明日の祭りへの誘いを切り出した時、階段をすごい勢いで駆け上ってくる足音が聞こえたかと思うと、勢いよく部屋の扉が開いた。
「あー!ロビン!仕事中なのに女連れ込んでるー!」
開いた扉には8歳くらいの小柄な黒髪短髪の男の子が指をさして立っている。
「あ、おい、ファビアン!勝手に入ってくんなって言ってるやろ」
「いーけないんだ~親父に言いつけてやる」
あっかんべーをしたかと思うと、ファビアンと呼ばれた男の子は勢いよく階段を下りて行った。
「ちょっ、待て!それだけはアカン!!ごめんかずさちゃんもうその箱持ってってええから!ほなまたっ!ーーあんのぉクソガキぃ!!」
「あっ、ちょ」
呼び止める間もなく、ロビンは男の子を追って出て行ってしまった。
残されたかずさはどうしたものかと、頭を掻いた。 とりあえず、手紙と手紙が入った箱をそっと閉まって、食堂に戻ることにした。
店に戻ると、ハンスはすでに帰ってきており、レッカーと共に夜の仕込みに取り掛かっていた。
「ただいま戻りました」
というとかずさは手に持った箱をハンスがいるキッチンとは逆側で持って、身体で隠しつつ奥の部屋へと進む。
「おい、どこ行ってたんだよ」
不意にハンスに呼び止められて、ドキリとするかずさ。
「えっと、途中ロビンと話してて...」
ハンスは眉をひそめて問う。
「は?ロビンと?なんでロビンとーー」
「おいおい、男の嫉妬は醜いぞ~ハンス。ほらかずさちゃんも行った行った」
レッカーがウインクをしてかずさに合図する。ハンスにこれ以上悟らせないために、助け船を出してくたようだ。
心の中で礼を言って、かずさは足速に奥の部屋へと入って行った。
ハンスは不服そうに言う。
「は、いや嫉妬なんてしてないです。オレはただ聞いてるだけで」
話を遮るようにして、レッカーは大量のキャベツをキッチンの上に置く。
「明日の祭りの分も仕込まないとなんだ。ぜーんぶ千切りにしてくれ。頼むぞ」
見るからに大きなキャベツは、かなりの量になる事がわかる。大量の千切り地獄を目の前にハンスは顔をひきつらせた。
「くっそっ!」
すぐ様まな板と包丁を準備してから、ズダダダダ...と猛烈な勢いで切っていく。
その様子を見て、レッカーは笑って自分の作業に戻った。
奥の部屋で、かずさはエレナにロビンの部屋で見つけた小箱の説明をした。
エレナは衣装棚に背を預け、かずさの話を聞く。
「ロビンはさすがだね。ハンスは友達思いの良い親友を持ったね」
「そうですね。ルナちゃんの持ち物が残ってて本当に良かったです。この手紙もロビンのおかげで渡せます」
「そうね。見つからないように帰りはこの袋に入れて持って帰りな」
エレナは小棚から出した巾着をかずさに渡す。礼を言ってかずさは受け取った。
「明日は店も早く閉める予定だから、終わったら二人で祭りを見て回りな。きっといい思い出になるよ」
その言葉に一瞬胸が苦しくなるかずさだったが、なんとか笑顔を作って答える。
「はい、楽しみです」
ここまで読んだくださりありがとうございます。
あらゆる誤字脱字をスルーしてここまで読んでくださった皆様は本当に寛大な方なのだと思います。
ありがとうございます。引き続きこの二人の物語を楽しん頂けると嬉しいです。




