祭り前夜②
夜営業の客入りは前日に比べると少なかったが、それでもかずさが来る前よりは盛況だった。
祭り前日ということもあり、人々は明日に向けての準備や飲み控えをしているのか街で見かける人影も少ない。
営業を終えて、帰路に就くハンスとかずさは橋に向かうため、祭りのメイン会場にもなる広場を通る。
広場には先日見たランタンやつるされた色とりどりの花束だけでなく、昼間にはなかった屋台や舞台が設置されており、いよいよ祭りの始まりを予感させる。
祭りは朝から夜まで開催され、屋台だけでなく外部から来た劇団の劇なども披露される。そして、メインイベントは祭りの最後にあるシェーネ川でのランタン流しだ。
人々は、街を造った先人たちや、先祖たちに思いを馳せ、紙で作ったランタンを流す。広い川は一帯が温かな灯りに包まれ、幻想的な風景が広がるのだ。
以前より気温が下がり、頬をかすめる風も冷たい。
かずさは小箱が入った巾着を持って隣を歩くハンスに話しかける。
「ハンスは前は祭りに行ってたんだよね」
以前ワイナリーからの帰路で話していた内容を思い出す。
話しかけられたハンスは一瞬かずさを見た後、また前方に視線を移した。
「...そうだな。ここ数年は店の手伝いで祭り自体は見に行ってないな。店も広場に面しているし、雰囲気自体は感じられるんだけどな。その前は...妹が祭りが好きで...元気な時には一緒に来てた...」
その言葉にかずさは驚く。自分から妹の事を話すとは思わなかった。
思わずハンスの顔をまじまじと見てしまう。
その様子に申し訳なさそうにハンスは微笑する。
「昨日は取り乱してごめんな。アンタももう妹の事、聞いてるんだろう。別に隠していたわけじゃないんだ」
ハンスは前の道に視線を落として、語りだす。
「妹...ルナはもともと身体が弱かった。母さんが亡くなった後も時々、体調を崩して寝込むことも多かった。だからあまり外にも遊びに行けなくて、友達もいなくて...でもオレが働いている間、家の事は自分でやってたんだ。掃除も食事の準備も。体調が良い時は洗濯もしてたな。なんでも一生懸命なあいつだったけど、ある時母さんを死に追いやった病気がまた街で蔓延して、あいつもかかったんだ...」
ハンスは話しながらだんだんと悲痛な表情になっていく。そんな顔を見られたくないだろうと思い、かずさも視線を下に落とす。
二人はいつの間にか橋の上まで来ていた。
オレンジ色のオイル灯が二人を淡く照らす。川の上はより一層冷たい風が吹くつける。
「それからオレは、街中の医者だけじゃなく行商人や、大学の先生、隣町の医者にまで聞きに行った。すがれるものには何でもすがった。...でも、その病に効く薬なんかなくて...もともと丈夫な奴は助かる奴もいたが、ルナの体力じゃ...持たなかった...っ」
ハンスが立ち止まって拳を握りしめる。顔は俯いていてよく見えない。
「金も、飯も、何一つ満足に与えられなかった...!オレは、あいつのために何もできなかったんだっ!!守るって言ったのに、助けるって約束したのに...何もっ...!」
ハンスの絞り出した苦しい声が響く。自分が妹を救えなかった後悔、その行き場のない悔恨の思いが、未だにハンスを縛っている。
大切な人を守り切れなかったその苦痛はいかほどの物だろうか。
自分の非力さを自覚しても、どんなに後悔しても、それはすべて、取り返しのつかない事でーー。
かずさも、もし故郷で大切な少女を守れていなかったらきっとハンスのように後悔してもしきれなかっただろう。想像もしたくないほどにそれは自分が生きていることに恥と苦しみを伴うものだったかもしれない。
どうしようもなく絶望的なハンスのその気持ちに対してかずさは何も言葉にできなかった。
しかし、考える間もなくかずさはハンスを抱きしめていた。震えるその身体を優しく包むことしかできなかった。
背中をさすりながらハンスの思いの一端を知ったかずさも堪えられない涙を瞳にためて声を絞る。
「ごめん、ハンス...。話してくれてありがとう。もう、いいから...」
抱きしめられたままハンスはただかずさの肩に顔を埋めることしかできなかった。
三百二十三日
ルナちゃんの残した手紙を見つけた。明日はゾンダーベルクの街の祭り。絶対にハンスを助けたい。
家に帰ったかずさは日記帳に決意を記す。ハンスは未だに妹を救えなかった後悔で自身を攻め続けている。
妹との死にさえしっかりと向き合えていない状況だ。それではいつまでも妹との楽しかった記憶なんて思い出せるわけがない。
明日、祭りの日、かずさはハンスに手紙を渡す事にした。妹との思い出とまた、前に踏み出してもらうために。
次回は7/3木曜 0時に投稿予定です。
いよいよ、クライマックス。どうぞよろしくお願いします。




