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子龍よ、天を頂け  作者: ハイカラ
臨炎の死活火山
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01話 微睡の淵で

一歩、一歩と足を前に進める。あてのない道行は、ただ星を道標に後悔を噛み締めながら歩き続ける。あの戦いは多くの人が死んだ。兵士、民間人、誰であれ死にたくはなかったはずなのに、それでも死んで、俺は生き残った。

もう誰かの死に動揺し無くなっている自分がいる。当たり前のように残酷に死んでいく。きっとその1人を助けたら、他の2人が死んでしまう。最善を、最良を、そんなもの分かりもしないくせに、そうであってほしいと願ってしまう。


俺が生き残ったのはあいつがあの子龍と戦ったから。もしあの時そのままだったら俺もレティもカウレスも死んでいたかもしれない。俺じゃまったく敵わないと思った相手にこいつは打ち勝って見せた。


「なあ、おまえはどうしてあんなに強いんだ?」


隣に佇む自分にそう話しかける。この17年間で話したことなんて一度しかないのに、まさかこんな短時間で二度も話すことになるとは思わなかった。

こいつは顔色一つ変えないまま、ただ数秒置いて答えを返す。


「知ってどうする?意味のないことだろ」


「いや、おまえが表層に出れば、もっと多くの人が助かる。そのためなら俺は、」


「無理だ。その力は結局お前の魂に紐づけられたものなんだから」


まるで自分と俺とが別の人間とでも言いたげなこいつは、それ以上話すことはなかった。だけどこいつは殆ど魔力を使うことなくあの子龍を圧倒している。魔力や膂力が強いウわけじゃない、ただ単純に戦闘技術が俺よりはるか上なんだ。真っ当な剣術なんて一度も習ったことがないはずなのに、こいつの動きはそれこそ、この世界で見た誰よりも洗練されていて無駄がなかった。

何故だ?俺もこいつも生きてる時間は同じはずなのに、身につけるものも同じはずなのに。その理由をノルディックは知っているのだろうか。


「ならせめて、俺に戦い方を」


口に出して自分でも驚く。心底、とまではいかないまでも嫌っているはずのこいつに、戦い方を教えてもらおうとするなんて。えり好みをできる立場じゃないことぐらいはわかっている。誰かを助けるために強さに貪欲にならないといけないことも、でも。


「いや、いい、何でもない」


「そうだな。復習に意味が無いとは言わないけど、お前はお前で学んだほうが良いだろ」


復習、まあそうとも言えるのだろうけど、その場合俺はどこかで戦い方を学んでそれを忘れているのか?いやそんなはずない。全てとはいかないが思い出せる。不自然な欠落も空白もない。そういうものだと診断されてから、意識づけて自分の記憶には気にかけている。だから、大丈夫。大方裏にいる間ノルディックに戦い方を習っていたのだろう。

この話はそれで終わり。俺とこいつが分かり合う日なんて来ないんだ。ただ同じ星を見上げているだけの、別人だ。


振り返ると地面に広がるのは俺が見捨てた命。人はもちろん、龍の死体も中にはある。その選択を後悔はしない。しちゃいけない。あの選択以外は悔やんじゃいけないんだ。


視界がぼやける。もう時間なのだろう。いい加減起きろときっと誰かが言っている気がする。なら起きないといけない。だれであれ心配させるのは本意じゃないし、やらなきゃいけないこともきっとある。


「けど最後に。ありがとう、レティを助けてくれて」


「別にいいよ。けどそこに自分を忘れるなよ。自己犠牲はご立派だけど、お前がいなきゃ世界は救われない」


それもそうだけど、こいつにだけは言われたくない。おまえだってきっと、雪を助けるためには命を懸けるだろ。


———


目が覚める。遅れて左腕と右足の痛みがやってきた。左腕はともかく、右足の痛みがひどい。焼けるような、けれど冷え切っているような感覚。たぶんまだ、アギナルドの仕掛けた魔術が残っているのだろう。相反する痛みは思考を鈍らせて、起きたというのに頭がボーとする。左腕には活血剤が点滴として打たれており、あまり動かせそうにはなかった。


壁に備え付けられている時計は5時半を指し示している。窓から差し込む光は青白い、たぶんもうすぐ夜明けなのだろう。この部屋に滞在してからはずっと忙しかった記憶しかないから、こんなに静かなのは逆に落ち着かない。1人だから余計に…………いや1人と1匹か。


「相変わらずそこが好きなんだな。アスター」


俺の腹の上にアスターがちょこんと寝そべっているのに今ようやく気付いた。それなりに重さがあるはずなのに気づかなかったってことは、感覚がだいぶ鈍くなってる。活血剤の副作用ならいいんだけど、よくなるのか?これ。


「キュイー?」


「悪いけど今は干し肉はもってないぞ」


流石にノルディックに連絡できるほどの余力はない。聞きたいことは、まあいっぱいあるけど、今は後回しか。

こいつにも色々助けてもらった。あの戦場でアスターがいなかったらノルディックに助けを求めることもできなかった。


「あ、おい」


労う気持ちを込めてアスターの頭を撫でていると、ふと何かを思い出したかのように腹からアスターがふらふらと飛び立つ。多少軽くはなったけど、話し相手がいないのは寂しい。アスターは器用にドアを開け、部屋の外へと飛び去って行く。

だいぶ痛みにも慣れてきた。無視できる、というわけでもないけど、杖か何かがあれば歩くことが出来るほどにはマシになった。仕方ない、追いかけるか。


点滴スタンドを杖代わりにして、部屋を出る。アスターはまだそれほど遠くには行っていいない。歩けばすぐ追いつく、はず。

あ…………まずい、俺の体こんなに重かったっけ?一歩、一歩と足を運ぶごとに体が石になっていくような感覚が全身を覆う。

息も絶え絶え、正直立っているのがやっとだ。それも支えがないと倒れかねないほど。龍血脈動の反動?前はこんなんじゃなかったはずなのに。


「ア…………れ!?天羽君!?何してるの!?」


アスターを挟んで反対側に雪がいた。ぼやけて見えにくいけど、声的に多分雪。彼女は急いでこちらに走ってきて、倒れそうだった俺の体を支える。


「何やってるの!まだ動けるような状態じゃないでしょ。ほら、肩貸すから部屋に戻るよ」


「ごめん」


「いいけど、なんで出てきたの?ていうかいつ目覚めたの?」


矢継ぎ早に問いただされる。俺はどっちかというと雪の体調もそうだし、レティやヴォルフ、それ以外の人のことも気になる。


「さっき目が覚めた。アスターが部屋から出て行ったから、それに付いてったらこのざまだ」


「私がアスターちゃんに天羽君が目覚めたら呼んでってお願いしたの。でもよかった、やっと目が覚めたんだね」


雪に背負われながらベッドまで運ばれる。全身に広がる虚脱感はなおも抜けず、しばらくは動けそうにない。さっきまで何ともなかったのは、まだ寝起きだったからか。何にせよ早く動けるようにならないと、時間だって潤沢にあるわけじゃ、ていうか今何日だ?


「雪、俺何日寝てた?」


「今日で丸7日かな。ほらいろんな人のお見舞いの品があるでしょ」


周りも見回してみると確かに花やら果物が飾られており、わずかに甘い良い匂いがしていた。意外とたくさんの人が来てくれたんだな。中には打算的な人もいただろうけど、それでも嬉しい。


「にしても7日も寝てたのか。というか雪の体調は大丈夫なのか?」


「私?私は全然。1人だけまともに戦ってないからね。他の人と比べたら微々たるものだよ。まあしばらくの間、魔術を使うのに支障が出そうだけど」


「たしかにましな方、か。でもあまり自分のこと卑下するなよ。他の人たちは?」


「レティは擦り傷や打撲があるけど、あと数日もすれば治りそう。カウレスさんやヴォルフ君はもうピンピンしてるよ。天羽君以上に酷い怪我を負ったのはそれこそ王様ぐらい、かな」


「ダースニック王がか」


西部砦は途中雪の龍域から外れている。仕方がなかったとはいえ、それでも雪はくやしいだろう。雪の責任じゃない、そう言ってもきっと彼女は曖昧な返事しかしないだろう。


「それでも天羽君より早く目が覚めて、もう仕事してるんだから。きっと大丈夫なんじゃないかな」


「そうだと良いな。そうだ龍害はどうなった?」


俺は結局龍害の最後には立ち会えていない。無事に終わってはいるのだろうけど、その顛末ぐらいは知っておきたい。


「えっとね、北部と南部の龍害は大部分が討伐できたけど、西部砦の龍害は逃亡したんだって。そこまで多くもないけど、今は追撃はしないみたい」


「やっぱり全部は倒しきれないか。今後について何か言われたか?」


「簡単にはね。しばらくは軍隊の再編とかで動けないから待ってほしい、だったかな。詳しいことは王様に聞いてみて。あ、カウレスさんでもいいかも」


しばらくの間始祖龍討伐には動けない、か。どうせ俺の方もしばらく無理はできないだろうから、ちょうどいいのかもしれない。ノルディックは俺たちだけじゃ始祖龍は討伐できないといっていたし、どのみちリヴィングスには協力してもらわないといけない。快く引き受けてくれるとありがたいけど、それは同時に死地に赴けといっているようなもの。彼らの世界の問題とはいえ、やっぱり少し気が引ける。

そんなことを考えていると雪が顔を覗き込んできた。


「難しい顔して、どうせまたどうしようもないことで悩んでるんでしょ?怪我人はおとなしく寝る事。いいね!」


「そうだな、そうする。どのみち動けるようにならないと何もできないし」


「素直でよろしい。食欲あるなら、そこの果物食べさせてあげるよ」


改めてよく見ると、結構いろいろなものがある。花束だったり果物だったりと、世界が違ってもこういう習慣は似通るんだな。中には見慣れないものもあって、金属の指輪が飾られてたりする。


「今はいいかな。それよりこの指輪何か分かるか?」


「ああそれ。確かフィオレちゃんが置いて行ったんじゃなかったかな?」


フィオレ?誰、いや聞き覚えはある。確か龍害が始まる前にあった人たちの中にそんな名前の人がいたような。そして雪がちゃん付けで呼んでるってことは年下か見た目が幼い女性。あ、


「カウレスの妹さん」


「そうそう。ん?もしかして忘れてた?ひどいよ天羽君、いい子なのにフィオレちゃん」


「仕方ないだろ、まだ1回しかまともに会ってないうえに、その1回も軽くだっただろ」


「あ、そっか。天羽君眠ってたから知らないんだね。フィオレちゃん、結構頻繁にここにきてたよ」


意外だな。礼儀正しい子に見えたけど、それでもたった1度しか会ってない相手にわざわざ何度も足を運ぶなんて。それだけ感謝されている、ということなのだろうか。それだったら確かに悪い気はしない。


「それでリヴィングスには怪我人に指輪を送る風習でもあるのか?」


「うーんどうだろ。もしそうだとすると、天羽君は両手だけじゃなくて足にも指輪をつけることにもなるんじゃない?」


「そんなに来てたのか、なんか逆に申し訳なくなるな」


「ま、感謝は有難く受け取っておきなよ。その指輪もきっと大事な思いが込められているよ。それじゃ私はそろそろ、お腹もすいてきたしね。安静にしとくんだよ。いい?」


「わかったわかった。どうせ俺1人じゃ食べきれないから、何か持ってくか?腐らせるのもなんだし」


果物の山、とまではいかないまでもかなりの量がある。ここまで匂いがするんならきっと食べごろなのだろう。俺のために持ってきてくれたものだけど、腐らせるよりは食べてもらった方がいい。ぶどうみたいな果実はアスターにあげるとして、それ以外は今は食べれそうにない。


「じゃ、何個か貰おうかな。昼ぐらいになったら剥いて持ってきてあげる。じゃあね」


雪が出て行き、部屋が静かになる。1人になるとやることがなくなるけど、今はまあ体を休ませないとか。まだ明け方しばらくは誰も来ないだろう。

おとなしく眠、ああこらアスターベッドの上で果物を食べない。


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