恋だけが残る
年が明けた。
お正月は二人で私の実家に遊びに行った。
彼はわざわざ眼鏡をかけて行ったけど、お兄様もお義姉様も甥っ子達も誰も彼の些細な変化に気づかず、私達は和やかな時間を過ごした。
四月の私のお誕生日に彼に何が欲しいと聞かれた。
私が何もいらないと答えると彼は去年は何を貰ったんだと聞いてきたので、ゴスロリと答えた。
彼は私の言った意味が理解しかねた様なので、寝室に連れて行きクローゼットを見せた。
あの人が買ってくれた私の服がずらりと並んでいて、その中から私は去年のお誕生日に貰った黒いフリルのふんだんにあしらわれた優雅な、今思えば喪に服している様に感じられる真っ黒のワンピースを一着取り出して見せた。
彼は案の定顔を顰めたけど、それは敢えてして見せただけで、本当の所これを着た私に明らかに興味がありそうだったので、着て見せようかと尋ねようかと思ったけど、面倒なのでやめておいた。
そういえばあの人メイド服とか買ってこなかったんだけど興味なかったの?と尋ねると、アイツはあんたに仕えてほしいと思ってなかった、どっちかって言うと仕えたかったんだよ、根っからの下僕気質と言うか、あんたを常に上に置いておきたいって言うかと真剣な顔で一つ一つ言葉を吟味しながら真摯に答えてくれた。
そして執事ごっことかしなかったのかと聞かれたので、しなかったと素直に答えた。
私が執事というか、仕えてほしい願望がなかったからだ。
したかった?と彼に聞くと別にと言った。
私はそれを信じた。
画家とモデルごっこならやったわよと言おうかと思ったけどやめておいた。
絵を書きもしないのに私は運命の女めいたポーズを取ってあの人は動かないでねと言った。
もうそれをやる情熱はない。
きっと私達は一生分遊んだ。
結局私のお誕生日は二人で彼が行きたいと言ったので川崎大師に行ってくず餅を買って帰って来て食べた。
お誕生日のプレゼントはエプロンで、このままいくと彼はお誕生日とクリスマスのたびに私にエプロンをくれるんじゃないかと思った。
あの人のぬいぐるみみたいに。
ゴールデンウイークは何処にも出かけないで彼が買ってきたゲームに二人で興じた。
夏になっても私達は海には行かず、快適な環境の中でゲームばかりして、夕方になると散歩に行ったりした。
彼は相変わらずよく食べ、よく喋った。
いつの間にか季節は冬になり、彼の誕生日を迎えた。
近所のスーパーに買い物に行く途中の橋の上で彼が何の脈略もなく立ち止まった。
「どうしたの?」
「一年経ったなって」
「そうね、二歳ね」
「二歳言うな。早いもんだな」
「そうね。あっという間だった」
冷たい風。
去年と違う知っている黒いダウンジャケット。
昨日一緒に買いに行ったお誕生日プレゼント。
「奈緒」
「なあに?」
「三年」
「三年?」
「三年待つ。三年待つから」
「待つから?」
「三年経ったら結婚してくれ」
「何で三年?謎の数字なんだけど」
「六年の半分。アイツは六年待っただろ」
「それだと貴方だと倍になって十二年ってとこじゃないの?」
「鬼かよ。俺は一緒に暮らして四六時中一緒にいるんだぞ。おまけにあんたはもう子供じゃない。六年は長すぎる。三年にしてくれ」
私達は向かい合っていない。
唯同じ方向を見ている。
川が流れている。
静かに静かに流れている。
「三年・・・」
「取りあえず約束が欲しい。それがあったら耐えられる。俺は我慢強いんだ。今だって毎日耐えている」
「何を?」
「聞かなくたってわかるだろ。俺は時々自分は聖人かなんかじゃないかと思う時があるぞ。あんたは衰えるどころか益々可愛くなっていく。怪物みたいに綺麗になっていく。あんたみたいなのと一緒に暮らしているのに、奈緒、俺はどっこも悪くない。頗る健康なんだ。奈緒、俺は可哀想だ」
「三年たっても私を好きな自信があるの?」
「奈緒。三年だぞ。好きに決まってるだろ。三年どころか百年たっても、千年経っても、この身が朽ち果てようとも好きでいられる自信があるぞ」
「そう」
「な、可哀想だろ?だから三年だ」
「そんなに待たなくていいわよ」
彼が私を見た。
私も彼を見る。
彼は信じられないようなものを見る目で私を見ている。
その顔をずっと見ていたいと思うけど、私は彼の左手を取り歩き出す。
「おい、奈緒。今のって」
「私鬼じゃないから」
「知ってるよ。鬼じゃない」
「優しいでしょ?」
「優しいよ。ついでに可愛い」
「ね、夜、何食べる?」
「牡蠣の土手鍋」
「お誕生日にお鍋でいいの?」
「ああ。なあ、正月さ、どっか行こうぜ。温泉とか」
「そうね。行きましょう」
「まあ、ハワイでもいいけど」
「着てない水着いっぱいあるしね」
「アイツが買ったのか?」
「ええ。多分一生分あるわよ」
「そんなにあんのか。アイツ楽しんでたんだな」
「だといいけど」
彼に恋はしていないと思う。
あんな風に焦がれることはもうない。
一生分好きになったと思う。
一生分恋をしていたと思う。
あの人がいた頃、ずっと。
彼をそんな風に思うことはできないけれど、一生一緒に暮らしていくのは彼だとわかる。
あの人は何も残していかなかったと思っていた。
でも違っていた。
あの人はもういないけど、恋は残る。
あの人がいなくなって、恋だけが残る。




