クリスマス
出勤前の玄関でいつも通り行ってらっしゃいと彼に言うと、靴を履き振り返った彼がクリスマス、何が欲しいと言った。
私は何もいらないと答えた。
案の定彼はあんたは本当に可愛くないなと言った。
このやり取りはもうすっかり慣れた。
寧ろ言われるたびに嬉しく誇らしくさえなる。
可愛い私を知るのはこの世にはもういない夫だけなのだ。
そのことが堪らなくいつも私を満たす。
彼は考えといてと言ってドアを閉めた。
私は考えることにした。
去年のクリスマスが結果的に二人きりで過ごした最初で最後のクリスマスだった。
外泊したのも学校行事以外では初めてだった。
あの人は調理器具を一切持っていなかったからお料理は全部家で作って持っていった。
あの人が生クリームのケーキがいいと言ったので苺のショートケーキを作った。
クリスマスは何が食べたい?と聞くと巻き寿司と言われたので巻き寿司とおいなりさんを作ってお重箱にぎっしり詰めた。
二人で近所のスーパーに行ってローストチキンとカット野菜とスモークサーモンを買った。
あの人の冷蔵庫にはドレッシングすらなかったのでそれも買った。
あの人の狭いマンションの部屋で二人でご飯を食べてケーキを食べてバラバラにお風呂に入った。
私が先にお風呂に入ってあの人が出てくるのを待った。
あの人が一人で寝ている狭いベッドの上で。
長かったなと思った。
ここまで来るまで六年かかった。
あの人は私に何もしなかった。
高校生になったらそういうこともあるんじゃなっかと思っていたけどいつも何もなかった。
流石に十八歳になったら何の問題もないんだから四月の私のお誕生日にもう十八歳になったんだよと言ってみたけど何もなかった。
私は一刻も早くあの人のものになりたかったから、高校最後の夏休みの八月、いつになったらいいのと聞いてみた。
聞くと言うのは生易しい。
詰め寄った。
あの人は心底困った顔で、ごめん奈緒ちゃん。秋まで、嫌、クリスマスまでには何とかするからと言った。
何とかが何だったのか未だにわからない。
もう一生わからないだろう。
同じ顔の彼には聞く気はない。
あの人は何とかすると言った。
だから何とかなったのだ。
お風呂からあの人が上がってくると私はあの人に抱き着いた。
あの人は奈緒ちゃん、まだ俺髪濡れてるよと言った。
でも私は離れなかった。
ずっとこうしたかった。
長かったと私が言うとそうだねとあの人は言って私の身体を両腕で世界から隠すように包んでくれた。
私はあの人の髪を乾かしてあげた。
ドライヤーの熱で温かくなったあの人の頭を私は後ろから遠慮なく抱きしめた。
今髪の匂い一緒なんだねと私は燥いで言った。
彼はそうだねと言って俺がお風呂に行ってる間何をしてたのと聞くので私は開脚と答え、見ててねと言ってベッドに乗り足を百八十度開いて上半身を前に倒し胸をベッドに押し付けた。
凄いでしょーと私が言うとあの人は笑って凄いねと言った。
カナちゃん身体固い?と聞くと柔らかくはないかなーと言ってあの人は前屈をして見せた。
指先が床についているけど、掌をつけるのは無理みたいだった。
私はベッドから降りて前屈して見せた。
掌全体を床につけた私を見てあの人は奈緒ちゃん本当に柔らかいんだねと言った。
私は別に焦らしたわけでも、わざと子供じみた振る舞いをしたわけでもない。
単純に楽しかったからだ。
自分を知って欲しかったってのもあると思う。
でも結局のところ私は生れて初めて浮かれていたのだと思う。
好きな人と過ごす初めての夜に。
これからずっと二人で長い時間を過ごすということに。




