疑問
「で、何が欲しいんだ?」
仕事から帰ってくるなり彼は言った。
去年のクリスマスを思い出してはいたけど、何が欲しいかは考えていなかった。
あの人は去年のクリスマスペンギンのぬいぐるみをくれて、来年は違うものにするねと言った。
結局それは貰わずに終わった。
あの人は何をくれるつもりだったのだろう。
「あの人は何をあげようと考えていたの?」
「は?」
「は?じゃなくて。言ったじゃない」
「何を?」
「クリスマスプレゼント。あの人来年はぬいぐるみ辞めるって、何をくれるつもりだったの?」
「知るわけないだろ」
「どうして知らないの?」
「どうしてって、それはアイツが考えてたことだろう?」
「そうよ。でも貴方はあの人の記憶でできてるって」
「知らない。そもそもアイツがあんたにしてやりたかったことを俺がしてあんたは嬉しいわけか?」
「嬉しくない」
「ほら、ならこの話はいいだろ。着替えてくる」
「玉ねぎ切るからね」
「何に使うんだ?」
「タルタルソース。鱈フライするって言ったでしょ」
「美味そうだな。ま、暫くテレビ見てるよ」
「そうして」
前から疑問に思っていたことがあったけど、今ので確信に変わる。
彼は本当に知らないのだ。
夕食を終え、お風呂から上がり髪を乾かした彼を摑まえる。
「貴方開脚できる?」
「は?」
この先私は何度彼の「は?」を聞くのだろう。
でもこの顔は嫌いじゃない。
あの人も相手が何を言ってるのかわからない時こういう顔をしたに違いないから。
「開脚」
「開脚って言われても、できないぞ。身体そんなに柔らかくない」
「私はできるの」
「そうか」
私はおもむろに床にぺたりと腰を下ろし足を百八十度開き、上半身を倒し胸をしっかり床につけ顔だけ彼に向ける。
彼は不思議そうに私を見る。
「凄いな、あんた。身体柔らかいんだな」
「貴方は?」
「俺はできないぞ。前屈すら、こうだ」
彼は上半身を前に倒した。
指先が床に幽かにつく。
私は立ち上がり掌全体を床にしっかりとつける。
「どうしたんだ?いきなり」
私は上半身を上げ彼の顔を見る。
彼も私を見ていた。
「憶えてないの?」
「何が?」
「去年」
「去年って?」
「クリスマス」
「クリスマス?」
「クリスマス、何が食べたいか考えておいて」
「ああ、わかった」
ずっとわかっていたけど、彼の記憶はどうやら去年のクリスマス前までのものだ。
彼は私とあの人のクリスマスの夜を知らない。
あの人の言っていたクリスマスまでには何とかするは彼のことだったのだろう。
彼が完成したのはクリスマスの前。
私を待たせたのはそういうわけだった。
何て可笑しくって可愛い。
あの人が彼に渡したくなかったのは私との結婚生活だったのだろう。
その記憶だけはあげられなかったのだ。
本当にどうでもいいことだけど、あの人はそんなことが欲しかったのだ。
子供じみた感情。
彼は何も知らない。
本当に可笑しな人。
私は湯船に肩までしっかりと浸かり笑いをかみ殺す。
彼は何も知らない。
私達夫婦のことは私達しか知らない。
あの人は持って行ってしまったのだ。
自分だけのものにして。
たった一人で、遠い所へ。




