結:勇者陥落
「結」です。
エリルさん登場です。
ついに聖女が見付かった。
早速王城まで来てもらう。僕は下手に王城を出られないのだ。完全に犯罪者扱いだね。
聖女は幸いにも『性女』では無かったらしい。僕の運もまだ尽きてはいないようだ。
後で聞いた話だが、【寝取り】スキル所有の勇者と時を同じくして出現したにもかかわらず聖女が『性女』にならなかった理由は、職業が発覚したその日のうちに、スッキリしたからだそうだ。
意味が分からない。何をどうやってスッキリしたんだろう?
ともかく聖女はもともと平凡な村娘だと聞いた。
それで、いきなり王都にまで呼び寄せられるなんて、緊張しているだろうし、優しく接しよう。
「聖女のエリルです」
聖女が微笑む。王女のような絶世の美少女ではないけど、なかなか可愛い女の子だ。ちょっとイモっぽいけど、かえってそれが少女としての瑞々しさを強調している。
うう‥‥僕もこんな子と初体験がしたかった。
「はじめまして。早速で悪いんだけど、スキルの封印をして欲しいんだ」
「分かってます。【寝取り】スキルの封印ですね」
僕が恥ずかしくて言えなかったスキル名を、聖女がズバリと口にする。見た目と違って、なかなか逞しい女の子だ。
(【寝取り】のスキルなんて、何てアホみたいなスキルがあるのかしら。ステイの心配もあながち杞憂じゃ無かったのね)
聖女が何か小声で呟いている。
「あの、何か気になることでも?」
「いいえ。なんでもありませんわ。それでスキルの封印ですが、実行する前に1つだけ私のお願いを叶えて欲しいんです」
「どんな願いでも引き受けますよ」
「勇者様、そんな安請け合いして大丈夫ですか」
「男に二言はありません」
【寝取り】スキルを封印してもらえるなら、どんな無茶な願いでも聞き届けてみせるさ!
「それでは王女様と結婚してください」
聖女が爆弾を投下する。
「なんでですか!」
「王女様にお会いしたら、是非とも勇者様と結婚したいのだと涙ながらにお願いされまして」
あの王女ァァァァァ! 事前に聖女に手を回してやがったのか!
「どうして聖女の貴方が、王女の頼みを聞く必要があるのですか!」
僕は必死の抵抗を試みる。
「私、幼馴染みが居るんです」
聖女が突然カミングアウトする。
「それが何か?」
「来年、結婚する予定なんです」
「おめでとうございます‥‥それが何か?」
「結婚となると何かと物入りで‥‥。もし勇者様が王女様との結婚に合意してくだされば、褒美として仕度金を下さると‥‥」
故郷に居る幼馴染みを思い出しているのか、聖女が頬を染めながら訥々と話す。
いいや、そんな可愛らしい表情や仕草に騙されないぞ。要はこの聖女、金に転んだのだ。
「酷い。金で、勇者である僕を売るなんて! 貴方は聖女失格だ!」
「それは違います! 聖女として、私は皆が幸せになることを願っているだけです」
「こんな欲望たれ流し放題の要求のどこに幸福があるんだ!」
「勇者様は【寝取り】スキルを封印できて幸せ、王女様は勇者様と結婚できて幸せ、私はお金を貰えて幸せ、ホラ、みーんな幸せです」
「僕の幸福にだけ疑問符が付くように思えるんだが」
「マイナスがゼロになるのも、幸せの1つです」
この聖女、思ったより口が回る。丸め込まれそうだ。
結婚の約束をしている幼馴染みが居る以上、この聖女も【寝取り】スキルの対象だ。今日はまだスキルを使っていないし、いっちょスキルを発動してやろうか。
僕が黒い思いに囚われていると、それを察したのか聖女がニコリと笑う。
「駄目ですよ。聖女の私に【寝取り】スキルは通用しません。勇者様、貴方には今、2つの道が用意されています。1つは『王女様と結婚する道』、もう1つは『王女様と結婚しない道』です。どちらを選ばれても自由ですが、私は『王女様と結婚する道』をお勧めします」
聖女が、自信満々に述べる。何故、そんな確信めいた発言が出来るんだろう?
「実は私のスキルは【未来視】なのです」
聖女の発言に僕は驚いた。
「『王女と結婚する道』を選ばなかったら、僕はどうなる?」
「お城を飛び出した勇者様は、最初に出会った女性に声を掛けます。『僕と一緒にどこか遠くに逃げよう!』と。その女性の彼氏は暗黒街のボスです。女性の手を引く勇者様の肩をガッシリ掴んだボスは『よう、兄ちゃん。俺の女に手を出すなんてイイ度胸してんな。ちょっとコッチ来いや』と勇者様を路地裏に引きずっていって‥‥」
「いや、それ以上は話さないで、心が折れそう。それで『王女と結婚する道』を選んだら、僕はどうなるの?」
あの王女相手に幸せになれるのだろうか?
「そこそこです」
「そこそこ?」
「ハイ。そこそこです」
そこそこか。
何か、悪くないような気がしてきた。どっちみち、今の状況が最悪だからな。
「勇者様は、王女様の何が不満なんですか。王族だし、美人だし、一途だし、スキルは【料理天国】だし、勇者様にべた惚れしているし」
「でも、僕は王女を愛していない」
(ホントに男ってネンネばっかり。面倒くさい)
また聖女が何かブツブツ言っている。
「大丈夫です。結婚してから愛を育てれば良いのです。結婚なんて、所詮やってみなければ分からない博打みたいなもの。気合いと共に突き進むしかありません。さぁ、【勇気】のスキルを発動するのです! さぁ、さぁ!」
聖女の押しが強い。これは聖女の幼馴染みも苦労してそうだ。
「わ、分かったよ。王女と結婚する」
結局、聖女に説得されてしまった。
まぁ、あの王女のことも嫌っている訳ではないし、結婚生活を頑張ってみよう。それにしても勇者のための特別仕様だと思っていた【勇気】スキルの使い道が、こんなのって泣けてくるね。
「それで良いのです、勇者様。これで私もお金を貰えます」
聖女が晴れ晴れとした笑顔で最低の発言をした。
「ところで聖女、“そこそこ”って“底々”って意味じゃないよね?」
「違います。“そこそこ幸せ”の“そこそこ”です」
僕の結婚承諾に王女は大喜びした。
王女を溺愛していた王様や2人の王子も祝福してくれた。兄王子、曰く「妹が認めた男なら仕方ない」だそうだ。
魔術師が「これで王女様のお守り役から解放されます!」と嬉しがっていたから、僕たち新婚夫婦の筆頭家臣に任命してやった。大出世したのに、何故か泣いていた。
聖女は僕の【寝取り】スキルを封印すると「ステイが待っているから」とサッサと故郷に帰ってしまった。ステイとは、聖女の幼馴染みの名前らしい。
それにしても、聖女はスキル封印以外の仕事を全くしなかったな。これって聖女の役割を放棄したことになるんじゃないか?
僕の疑問に、魔術師が溜息を吐きながら答えてくれた。
「勇者様の【寝取り】スキル封印は、魔王討伐に匹敵する偉大な業績です。聖女様が故郷に帰っても誰も文句は言いませんよ。」
いや、僕のスキル封印が、なんでそんな大袈裟なことになってんだ。
♢
王女と結婚した僕は、子宝にも恵まれてそこそこ幸せに暮らした。
王女のポンコツも慣れてくれば、それなりに可愛く思えるもんだ。
これが大人になるってことなのかな。
【剣術】スキルや【魔術】スキルを使って王国のためにそこそこ働いていたら、僕は『そこそこ勇者』と呼ばれるようになった。
悪くない呼び名だと自分では思っている。
終わりです。読んでくださって、ありがとうございました。宜しければ、コメント・ブクマ・評価などをしていただけると嬉しいです!
※実験として、エリルとステイ以外の固有名詞なしで書いてみました(この2人は別作品で名前が出ているので)。勇者や王女にも名前はちゃんとあります。