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医師の興味


「師匠に話をしてね、ペペを西都の学校に入れてやろうと思うのですよ。」


 医師は梨亜にそう話をした。


「かれはもっと上の学校で学びたがっていましたしね。」


「なぜ、南都ではなく、遠い西都の学校なんですか?」


「南都の学校よりも、医療の学問が西都のほうが進んでいますからね。」


「ペペもお医者さんになさるつもりですか?」


「いや、ペペは血が苦手なんですよ。助手をするのはいいが、自分が人の血にさわりたくはない、と言います。ですが、彼には薬学の素養があるから、そっちの方面に進めばよいのではないかと思うのです。薬を調合する人間も必要ですからね。将来は私の助けにもなってくれるでしょう。」


 つまりはペペは薬師……薬剤師になるらしい。


「ペペを西都の師匠のもとに預けた後、しばらくのんびりと二人で旅をしましょうか。あなたにはいろいろ聞きたいこともあるし。」


 医師は無邪気な笑顔でそう言った。医師がふたりで梨亜と旅をしようと言うのは、梨亜に文明の進んだ日本の、ことに医療方面についていろいろと聞きたいらしい。


「……その注射器、というものはどうやって作るのですか?」

「穴の開いた針から薬剤がでてくる仕組みの器械です。腕などに刺し、直接血管に薬を流し込むのです。」

「血管だけですか?」

「ええと、筋肉注射、というようなものもされた記憶があります。病気の予防のためだとか。あれは普通の注射よりかなり痛いです。」


 梨亜は首をひねりながら答える。もとより、十三まで日本で過ごしただけの梨亜にとって、たいしたことは言えない。それでも医師には面白いらしい。そんな話は、梨亜と二人きりでないとゆっくり聞けないから、一緒に旅をしたいのだ、と医師は話す。ほんとうに裏や下心はないのだろう。根っからの研究バカで、若い娘とふたりで旅行することへのためらいや世間体などをまったく気にもとめないのが、彼らしいともいえる。


「あ、注射の一種で、点滴というものもあります。」


「ほう、それはどんなものですか?」


 医師が身を乗り出して聞いてくる。ペペが帰ってくるまでの間、医師の淹れてくれたお茶を飲みながら、そんな話をしていたら、白猫のブランコが音もなく、粗末な木製のテーブルの上に飛び上がってきて、カップを持つ医師の手に、お帰りなさい、というように頭をすりつける。


「おや、ブランコ。元気にしていましたか?」


 医師は長い指で白猫のあごの下を撫でてやると、ブランコは嬉しそうな顔をして喉を鳴らした。その様子を見て、梨亜は微笑んだ。


「いいんですか?『猫殺し』の先生が、そんなに猫を可愛がっているところを見られたら、二つ名が形無しですね。」


「そうですねえ。でも生きとし生けるものはみな尊いですよ。特に、猫はなににも縛られず、従属することを嫌い、自由に生きるさまが共感が持てますねえ。」


「そう思うと、先生は猫に近い生き方なんですね。」


 梨亜はくすくすと笑った。これほど穏やかな気分になったのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。息を切らして帰ってきたペペは、のんびりとお茶をしている二人を見て面食らっていた。



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