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医師の誘い

「ねえ、先生。私はなんでここに連れてこられたんでしょうね。やっぱり猫のことで収拾のつかなくなった私を、きっぱりけじめをつけさせるためでしょうか?罰でしょうか?それとも、なにか使命があるんですかね?」


「私にもわかりませんねえ。」


 医師は苦笑した。


「あなたの言う通り、私は自分の見聞きしたものしか信じない。だから、ヒュペリオンさまの存在に疑いを持ったり、あなたがヒュペリオンさまに連れてこられたことは否定しようと思いませんが、ヒュペリオンさま自身が自分でおっしゃらない限り、私は何をいうこともできません。」


「そうですよね…。でも、ヒュペリオンさまは私をおじいさまの家に置いて行ったきり、あれから姿かたちも、声すらも現したりされないので、私は神様の瞋恚を確かめることができなくて…。」


「特になにもヒュペリオンさまから言われていないのだったら、使命や罰などではないでしょう。小難しく考えず、あなたはあなたの生きたいように生きればよいと思いますよ。」


 医師は迷いなくそう言った。


「生きたいように…。」


 梨亜は口の中でつぶやいた。


「あなたはこれからも先もずっと、『真珠姫』として生きていきたいですか?もし、それが私への支払いのためだったら、今すぐやめていただいて結構ですよ。あなたはあなたのしたいようになさい。真珠姫をやっているあなたは、あまり幸せそうに見えないので。」


 医師に言われて、梨亜は思わず涙をこぼす。


「やめて、私はどうすればいいのでしょうか。セリオ・フェルディナントは今すぐ私と結婚してもいいようなことを言うので、真珠姫をやめる、と言えば、明日にでも婚約を迫られるでしょう。でも、私は、自分がこの世界に来た意味もわからないのに、結婚なんてまだしたくない。まして、私は南都のひとたちが自分の家系にどうしても入れたいという、「『黒の女神の血』を受け継いでいるわけでもなんでもない。ただの日本人ですから。」


 梨亜は男装のズボンのポケットに入れていたハンカチで涙をぬぐった。


「おかしいですね。私、もとの世界にいたときは、誰にも誇れるような仕事をして、なおかつ誰もがうらやむような玉の輿に乗ること、が目標だったんです。セリオと結婚すれば、フェルディナント商会を一緒に経営していくらしいので、それが両方かなうことになる。……それなのに、それがいま、ちっともうれしいとは思えません。身勝手ですよねえ、私。」


「いいえ?私はそうは思いませんよ。自分らしくあって、なにが悪いのですか?」


 医師はきっぱりとそう言った。


「わたしも自分の勝手で家を出て、こうやって好きに暮らしていますが、まったく後悔はありません。家族とは縁が切れましたが、それを寂しいとは思わない。自分の足で、好きなところへ旅をして、自分の力で稼いで、これでこそ自分の人生だ、と思いますよ。リアナさんもそうしたいなら、そう生きればいい。」


 医師は梨亜のハンカチを取り上げて、再びあふれ出す梨亜の涙を優しくぬぐってくれた。そうして、優しく梨亜の頭を撫でる。


「リアナさん、私と旅に出てみませんか?」


 医師が、思いがけないことを梨亜に告げた。



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