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勘付いた医師。

「リアナさんではありませんか?どうされましたか。」

「はい…おなかが急に痛くなってしまって。」

「そうですか、じゃあ早速診てみましょう。」

 医師の声に、梨亜はほっと体の力を抜く。診察台の上に仰向けになって、シャツをまくり上げておなかを出す。こういうときに男装は便利である。


「ここが痛いですか?」

 と言いながら、医師は丁寧に梨亜の腹を抑えながら診察していく。すると、ふと、その指が一点でで止まった。医師が息をのむ音が聞こえた。梨亜は不安になって医師の目を見る。医師は険しい顔をして、眉をぐっと寄せていた。梨亜は不安になる。もしかして、思ったよりも悪い病気なのだろうか?

「……あの、先生?」

「あ、失礼しました。」

 医師は表情を戻し、診察を終えたことを梨亜に告げた。そして、服を整えた梨亜が身を起こすのを手伝ってくれる。

「食あたりでもありません。たぶん、食べなれないものを食べて胃が驚いたのでしょう。あと、あなたはずいぶんお疲れのようですね。お仕事が大変なのではないですか?疲れで胃が荒れているようです。」

「大変だとは思いませんが、休みが少ないのはそうかもしれません。」

「お薬を出しますね。まずは胃の痛みをやわらげましょう。」

「ありがとうございます。」

 医師は黒の診察カバンから薬を出し、厨房に行って器に水を汲んで持ってきてくれた。優しい手つきで梨亜が薬を飲みやすいように体を支えてくれる。

「さあ、これを飲んだら、しばらく横になってください。」

「はい。」

 梨亜は言われた通りにして、しばらくすると、嘘のように痛みがすうっと引いてきた。

「ありがとうございます、先生。もう痛くありません。」

 診察台から起き上がって、梨亜が礼を言うと、医師はにっこりと笑った。その笑顔に、梨亜は思わず目を吸い寄せられる。医師の微笑は邪気というものがまるでない、無欲で気高い笑みに梨亜には見えた。「先生、因業に見られてるけど、ほんとはお人よしなんだよ。」とピアが言っていた言葉が思い出された。そして、毎日のように夜会や商会で、高額な商品を売るために微笑みを顔に張り付けている自分が汚れているような気がふとして、一瞬、梨亜は床に目を落とした。が、ふたたび梨亜は顔を上げて医師の顔を見た。

「長旅、お疲れ様でございました。お帰りなさい。」

 いまの自分は綺麗に微笑むことができているだろうか、と思いながら梨亜は長旅のねぎらいを口にした。医師の旅を結果として早めてしまった梨亜が、詫びの言葉の代わりにずっと言おうと温めていた言葉を言った。

「おかげさまで。」

 医師も微笑みを返してくれた。


「今年は番人に無理を言い、ヤコニートを十五株分けてもらいました。それに、去年の種をたくさん取っておいてくれたので、種の稔る時期までの滞在日数を減らすことができて、早く帰ってこれました。」

「そうなんですね。良かったです。ペペとピアも喜びますね。」

「……そう言えば二人は?」

 二人の不在にやっと気づいた医師は、あたりを見回す。

「ピアは友達のお姉さんの結婚式の手伝いだとか。ペペは、私が腹痛を起こしたので、薬を取りにゴンザレスの店まで行ってくれています。あと一時間もしたら戻るかと。」

 そう言いながら梨亜は診察台から滑り降りる。

「先生にお薬のお金のお支払いをいたします。」

 そう言って、梨亜は医師に封筒を差し出した。

「まだ全額とは言えませんが…。」

 封筒の中身をあらためて、医師は驚いた顔をした。一万五千バニー、医師が旅立ってから三か月。南都で十代の娘がその期間で稼ぐ額のおよそ十倍の金額が入っていた。

「ありがたいことです、が。」

 医師は梨亜の細い手足、こけた頬をじっと見つめた。医師のもの言いたげな視線をかわすように、梨亜は医師に言う。

「先生がいない間、ペペががんばってくれました。一緒にヤコニートの畑をご覧になりませんか。」

「ええ、行きましょう。」

 梨亜は医師と連れ立って畑に出た。ヤコニートの畑が青々としているのを見ると、医師が嬉しさを抑えきれないように微笑む。

「これは素晴らしい。今までとまると違いますね。まるで北の山の春のようです。」

「今は取り払っていますが、夏の間は強い日差しを遮るために、晒の布を屋根のようにして畑を覆っていたんですよ。」

「なるほど、それはあなたのアイデアですか?」

「いえ、フェルディナントの庭師の知恵です。庭師のブルーノが時々ここに来て、ペペに協力してくれています。布の屋根のほかにも、土のことや肥料のことなど、いろいろ一緒に考えてくれました。」

「それはあなたの力添えあってのことですね。ありがたいことです。」

「私は何も……ほとんどここに来れていませんし。」

 梨亜は唇を噛む。もっと来よう、と思っていたのに、想像以上に仕事が忙しく、ここに足を運ぶことはできなかった。畑にひざまずくように、梨亜はヤコニートの繁るさまを眺める。ここまでになるまでに、自分ももっと協力したかった。梨亜の胸に寂しい思いが広がる。そんな梨亜の後姿に、医師は静かに声をかけた。

「恩師に挨拶しようと、帰りに西都まで足を延ばしたのですが、南都から遠く離れたそこでも『真珠姫』の噂を聞きました。あでやかに夜会に舞う異国の姫、英雄の花嫁、ともてはやされているけれど、それはあなたのことですよね?リアナさん。」

「はい……。私は自分のできることを精いっぱいしています。でも、まさか西都まで話が行っているとは思いませんでした。」

 梨亜はふっと自嘲するかのように笑った。医師はしばらく黙った。

「もう、結構ですよ、リアナさん。十分にあなたは私たちに還元してくれた。これ以上の支払いは結構です。あなたは過労気味になっている。少しは休息が必要だ。あなたの婚約者だというフェルディナントのご子息はそんなにあなたを働かせて、どういうつもりなんですか?」

「私が好きで働いていることです。私の父親も、コマネズミみたいに働いていたし、私の中ではそれは普通のことだと思っています。」

 思わず梨亜は日本にいる父親のことを思い返した。始発の電車で出勤し、帰るのは御前様だった。時にはそれにさえ乗れず、カプセルホテルで夜を明かすこともあったという。飲み会や付き合いというわけでなく、ふつうに勤務時間も超過で働かされているのだ。超過した分は勤務扱いにならないということで、残業手当も出ない。それに比べれば、法外な手当てをもらえ、ベッドで休むことができる梨亜は幸せなことだと思う。そんな回想にこっそりふけっていた梨亜は、次に医師が放った言葉で梨亜は息が止まりそうになる。

「……それは異世界にいるあなたの父親のことですか?」

「どうして?」

 梨亜はおずおずと後ろを振り返った。無表情の医師がそこに立っていた。



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