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プロローグ 誘拐、もしくは……?

初異世界ものです。よろしくお願いいたします。

ふう。


梨亜はため息をついた。時刻は深夜二時。勝手口の前に座り込み、梨亜は後悔に駆られていた。


「どうしよう、これ。」


梨亜の足下に、子猫が七匹もまとわりつく。今しがたやったキャットフードで、子猫のおなかは満足そうにふくれていて、満たされた子猫たちは、今は遊ぶことに夢中だ。


「これって、やっぱり、わたしのせい、だよね。」


梨亜は自分に言い聞かせるようにつぶやく。やっぱり馬鹿なことをした。ここ何か月も反省していることだが、今の事態を招いてしまった自分にうんざりする。


「猫を復讐に使うなんて、やっぱりダメだったんだよ。」


梨亜の義理の母が「してやったり」という顔でにんまりと笑うところを思い浮かべると、梨亜はいつでもむらむらと腹が立つ。……でもだからって、命をもてあそぶようなこと、しちゃいけなかったんだ。


十三歳の梨亜は、父の再婚相手の冨美と折り合いが悪かった。もっと言えば、この義理の母にいろんな嫌がらせをされていた。ここのところで一番腹が立ったのは、中学の入学式に、二個もセットされていたアラームを勝手に止められ、遅刻寸前に追い込まれ、ぼさぼさ頭で会場に駆け込まなきゃいけなかったことだ。そして、冨美のほうは綺麗な着物を着つけ、一部も隙も無い姿で、保護者席に悠々と現れた。


「まあ、こんな大事な日に遅刻するなんて。何度も起こしてあげたのにね。ごめんね。起こしきれない私が悪かったわ。……でも、あまり夜更かしはよくないわ。」


そんなことを冨美にみんなの前で言われ、梨亜は猛然と腹が立ったけれど、口をつぐんで黙り込んだ。アラーム止めたのはおまえだろうとか、一度も起こしにきたりしてないじゃないか、とかは言い返さなかった。冨美は、義理の娘につらく当たられる貞淑で弱々しい母を演じるのがじつにうまかった。


小学生の時から、冨美にされた嫌がらせを人前でののしると、冨美はレースのハンカチで上品に目元を抑えながら、


「いいのよ……。一生懸命やっているけど、おかあさんにはまだ至らないところがあるわね、……あなたにこんなひどい嘘をつかせるなんて、母親失格ね。」


などと言ってくる。世間の同情は冨美に集まり、悪いのは梨亜、ということになってしまう。


冨美はじつに外面がいい。いつも福々しい笑顔であいさつをして、近所の人からも信頼をおかれている。愛想を上手にふりまきながら、近所の力のある人や、うわさ好きのおばさんに対しては、「あなたにしか言えないのだけど。」と前置きして、梨亜が冨美をいじめている、ということを涙ながらに相談するのだ。


「生さぬ仲と言われないように、私も一生懸命あの子に接するのだけど、いつも逆目にでてしまって。『おばさんはいつも私の嫌いなものばかり作る。』とか、食事の時はそう言われて、お皿をひっくり返されて…。私はただ、あの子の野菜嫌いを直そうとがんばっているだけなのに。」


などと冨美が唇を震わせながら訴えると、たいていの人は冨美のことを信じてしまう。梨亜は何度、「だめよ、梨亜ちゃんのことを考えて冨美さんはちゃんとお料理してるんだから、わがまま言わず食べてあげないと。」と、近所のおせっかいなおばさんたちに諭されてきたことか。じゃあ、そのおばさんに言いたい。具が刻み青ネギだけてんこもりで、しかもショウガがほぼまるごと一個分すり込まれた素うどんを「好き嫌い言わず、喜んで食べる」ことがおまえらにできるのか、と。


だが、反論するのもむなしい。近所の人はほとんど冨美の味方なのだ。梨亜の言うことなど、誰も信じない。信じてくれるのはカツ子ばあさんだけだ。


冨美になにか仕返ししようとしても、それは一方的に梨亜だけが悪いことになってしまう。なにか良い方法がないか、と考えていたとき、道徳の授業で、「猫やハトにえさをやらない。」ということを習ったのだ。


「たとえば、おなかがすいてるかわいい猫がいて、それにエサをやるのは、いいことかな?」


「思いまーす。」


猫好き男子が声を上げる。


「いや、これはよくないんだ。屋外に住んでいる人間のペット以外の不特定多数の動物に、人間が無秩序にえさをやることは、生態系をこわしてしまう。」


「どういうことですか?」


「無責任にエサをやると、そこに動物があつまるようになり、そして、動物は自分でエサを取ることを忘れてしまう。そして、エサがふんだんにあると、動物はここでは食べ物が豊富にある、と安心して、たくさん子どもを産むようになる。必要以上に増えた動物は、やがて害を成すようになる。ハトのフン害や、飛び散る羽によってアレルギーを引き起こすようなる人もいるかもしれない。猫は周辺の庭を荒したり、生ごみをあさるようになり、結局人間により迫害や駆除をうけることになる。無責任にえさをやることは、いいことを生まないんだ。」


図入りのプリントで、先生は丁寧に説明してくれたけど、話の中身は、冨美への復讐を考えていた梨亜には違う方向に捉えられてしまった。


冨美の趣味はガーデニングだった。コンクリを打ってあっただけの前庭に、花壇をつくり、せっせと土を運び込み、美しい花を咲かせる。……そして、冨美の自慢の庭の天敵は猫だった。やわらかい土の好きな猫は、そこで糞や尿を遠慮なくしていく、そして、自慢の植物たちをむしって行ったりもする。普段、嘘くさい笑顔を張りつけている冨美が、鬼の形相で猫を追い出している姿を見るのが、梨亜には快感だった。


そうか、エサをやると、猫は集まるんだ。増えた猫たちに、冨美の庭を存分に荒してもらおう。そうすれば、自分が直接手を下さずとも、冨美にささやかな意趣返しができる。


キキっとこっそり、歯をむき出して梨亜は笑った。梨亜が中学に入学する半年ほどまえのことだった。


日和見主義の父にうまいこと言って、小遣いを出させると、その足でホームセンターに行き、安いペットフードを大量に購入した。冨美に見つからないよう、部屋にしまい込む。梨亜の唯一の味方のカツ子ばあさんのゴミ出しなどの家事を代行してやると、カツ子ばあさんは、「これでうまいもんでも買いな」と五百円を握らせてくれる。これもペットフード代になった。


深夜、両親が寝静まったころ、梨亜は庭で野良猫にエサをやるのが日課になった。


梨亜の思惑通り、だんだん猫の数が増えてきた。そして、ねらい通りに、冨美の庭の荒される回数は激増した。


足がつくようなへまはしない。近所のおばさんたちの庭も同様に荒されるようになったが、この人たちも冨美の言うことばかり信じて、梨亜を非難してきたのだ、同罪だ、と梨亜はむしろこころよく思った。猫にエサをやりはじめて半年あまり、梨亜は笑いが止まらない状態だった。


……だが、三か月前、梨亜が一番かわいがっていた「マリ」というメス猫がしばらく姿を見せなかったのに、突然七匹も子猫をつれて現れたのだ。梨亜は水を浴びせられたような気持になった。


……そっか、猫はほんとうに、エサがあると安心して、子どもを増やすんだ。じゃあ、この子猫たちも、一年もしないうちに大人になって、やっぱり子猫を産んで……。私はその子たちのこと、責任もって、面倒見るの?いつまで?どのくらいの数になるまで?


梨亜は、ここでやっと、おのれのくだらない復讐心でやってきた愚かな行為を反省した。


「ああ、もう、どうしよう!」


梨亜は頭をかきむしる。……いまは、マリとその子猫以外の猫にはエサをやらないように決めている。……でも、自分の失態で増えてしまったような気がするマリの子猫たちには、エサをやることはやめられない。悪循環だと思うが、どうしようもないのだ。


はあ、と情けなくて、梨亜はため息とともに涙をこぼした。すると、うう、という人の泣き声が聞こえてきた。


ぎょっとして目の前を見ると、ローブのようなものを着た、長髪の外国人の男の人が涙を流していて、梨亜はぎょっとした。


「ふ、不審者……。」


人の庭先に、知らない男の人が立っているのだ。不審者に間違いない。梨亜は腰を浮かせて、家の中に逃げ込もうとした。


「え、きみ、僕の姿見えるの?」


その泣いている人は、目を見開いて、梨亜を見つめた。そしてふんわりと笑った。


「そっか。きみみたいな綺麗な心の子には、僕の姿が見えるんだね。……じゃあ、祝福をあげなきゃ。きみを幸せにしてあげるよ。……こんな酷い母親のもとにいちゃ、幸せになれないよね?僕が素敵なところに連れて行ってあげる。きみはきっと幸せになれるよ。」


そして、男の人が自分の手を梨亜の目の前にかざすと、梨亜は金色の光に包まれ、そして何も見えなくなり……意識を失った。


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