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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第067話 亡国の模型

 ヴァルゼイド公爵邸の大広間には、もはや針が落ちても響くのではないかと思えるほどの、張り詰めた沈黙が満ちていた。

 中央に据えられたのは、俺とリーゼロッテ、そしてアルフォンス先輩が不眠不休で組み上げた、王都の地盤構造を精密に模した再現模型である。それは単なる木細工ではない。王都の地下から吸い上げた膨大な魔導観測データと、俺の知る構造力学のすべてを注ぎ込み、現実に起きている現象を寸分違わずシミュレートするために作られた()()()()()だった。


 その模型を取り囲む顔ぶれを前に、背後に控える面々の動揺は極限に達していた。


「よ、よもや陛下まで本当にお見えになるとは……。ヴァルゼイド君、僕は、僕はもう息が止まりそうだ……」

 アルフォンス・ベルシュタイン先輩が、青ざめた顔で消え入るような声を漏らした。

 だが、伝説的な魔導師でもある国王陛下を前にしては、立っているのが精一杯のようだ。


 その隣では、普段は不敵な笑みを絶やさないカイルが、全身を鋼鉄のように強張らせて直立不動で固まっている。視線は一点を凝視したまま動かない。

 さらにメアリに至っては、魔導杖を抱えたまま、呼吸の仕方を完全に忘れたかのように小刻みに震えていた。彼女にとって、雲の上の存在である王族が目の前にいるという事実は、処理能力を超えているのだろう。


 無理もない。父様が声をかけたのは、現国王陛下である。父様の実の兄であり、俺にとっては伯父上にあたる御方と、次期国王たるウィンザー王太子殿下だったのだから。


「お前たち、そう硬くなるな。今日は公爵家の当主である弟の頼みでな、親戚の集まりのようなものだ」

 国王陛下は柔和な笑みを浮かべておられるが、その双眸にはすべてを見透かすような、王族特有の峻厳な光が宿っている。


「だが、ガルド。お前がこれほどまでの険しい顔で余を呼び出し、さらには学園の俊英たちが揃ってそれほどまでに怯えた顔をしているのを見ると、内容は決して身内話では済まぬようだな」

 「陛下、お運びいただき恐悦至極に存じます。本日は、この美しい王都が直面している目に見えぬ死についてご報告をいたします」


 俺は深く一礼し、模型の魔法回路を起動した。


「……ユウ様、準備は整っております。魔力回路、同期完了いたしました」


 傍らに控えるリーゼロッテが、筆頭助手として凛とした声を出す。彼女だけは、俺を支えねばならないという強い使命感を持って、この重圧に耐えている。


「まず、現在の王都の地下状況を再現します。アルフォンス先輩、データの同期をお願いします」

「は、はいっ!ヴァルゼイド君!」


 アルフォンス先輩が上擦った声で応じ、魔導触媒に触れる。

 刹那、模型の地下部分が青白く発光し、現在の地下水脈と地層の密度が半透明の魔力障壁となって浮かび上がった。


「見てください。数百年、歴代の魔導師たちがその場凌ぎで、力技によって捻じ曲げてきた地下水脈の痕跡です。その結果、地中の微細な砂が流出し続け、現在、王都中央広場から王宮にかけての真下には、これだけの巨大空洞が存在しています」

「何だと……。これほどの空隙がありながら、なぜ都は保っているのだ?」


 ウィンザー王太子が、冷徹な眼差しで模型を覗き込み、眉を潜めた。


「それは、古い石積み構造と、奇跡的に残存している劣化した魔導補強が、互いに押し合うことで奇跡を生んでいるに過ぎません。ですが、その均衡はすでに限界を迎えようとしています。メアリ、荷重負荷の予測推移を表示してくれ」

「は、はい……!」


 メアリが震える手で魔導杖をかざすと、模型上部に配置された王宮や大聖堂のミニチュアに不気味な赤い光が灯り、地盤への過剰な圧力が可視化された。


「ここに、近日の地下水位の変化、そして地表の交通による微振動を加えます」


 俺が模型の調整ツマミをゆっくりと回すと、模型の地下部分で、空洞を支えていた石積みが、魔力の火花を散らしていく。


 バキッ。バキバキバキバキ。


 石積みは、乾いた音を立てて砕け散る。


 刹那、模型の中央部。王宮や大聖堂のある区画が、何の前触れもなく一気に地中へと吸い込まれた。

 

 崩落。

 

 あまりにも無慈悲で、あまりにも静かな都市の消滅。

 広間に、凍りつくような沈黙が流れる。


「……これが、明日起きてもおかしくはない、この王都の姿です」

 俺の声が、静まり返った広間に響く。


「陛下。これは天災ではありません。我々が過去の遺産に甘え、構造的欠陥を放置し続けてきたことによる人災です。今すぐに、国を挙げた再開発が必要です。地盤の永久固定と水脈の完全再編に着手しなければ、我々は歴史上初めて、自らの重みで沈む都の最期を看取ることになります」

「……ガルドよ。お前の息子は、本気でこれを申しているのか?」


 国王陛下が、低い声で父様に問いかけた。

 父様は深く頭を下げ、重々しく答えた。


「陛下……、兄上。この模型を組むにあたり、我が息子ユウはベルシュタイン家の嫡男、アルフォンスの魔力感知をもとに、一点の狂いもなく数値を算出したとのこと。これは、もはや疑う余地のない、王都の断末魔でございましょう」


 アルフォンス先輩が、意を決したように一歩前へ出て、膝をついた。

「ヴァルゼイド君の指摘は、私自身の魔力感知でも裏付けられております。陛下、私はこの調査に立ち会うまで、己の魔導を過信しておりました。この危機を見抜き、破滅の時を具体的に算出したのは、ヴァルゼイド君ただ一人にございます」


 国王陛下は、瓦礫の山と化した模型をじっと見つめていた。その沈黙は永遠にも感じられた。

 やがて、陛下がゆっくりと立ち上がる。


「ユウ。余の甥としてではなく、一人の建築師として答えよ。この計画を完遂するために、何が必要だ?」

「莫大な国費。王都全域の立ち入り権限。そして何より、既存の魔導の常識を捨て、僕に従って土を掘り、石を積む最強の工兵部隊です」


 俺はリーゼロッテと視線を交わした。彼女の瞳には、筆頭助手として俺を支え抜く揺るぎない覚悟が宿っていた。


「よかろう。ウィンザー、直ちに財務官と工部卿を招集せよ。ユウ・ヴァルゼイドを総責任者とした『王都構造再編局』の設立を認める。全権をユウに与え、局長にする。余が愛するこの都を、絶対に沈ませるな!」


 王の決断。

 それは、学園の演習という枠を超え、俺の建築が、一国の命運を懸けた史上最大の土木事業へと変わった瞬間だった。

 

 カイルやメアリ達が、安堵とさらなる緊張で崩れ落ちそうになる中、俺は冷徹に次の図面を脳内に描き始めていた。

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