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<完結済み> 欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: 第三ひよこ丸


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第119話 構造の反逆

 カスティール城の無血開城という人知を超えた解体劇は、俺が予期した以上の波紋を王国全土に広げていた。

 王都の広場からは、俺を『建築の神』や『奇跡を設計する王』と称える民衆の熱狂が、地響きのように伝わってくる。だが、光が強まればその分だけ闇の輪郭も濃く浮かび上がる。それが、俺の知るこの世界の理だ。


 王太子としての公務をこなす王宮の回廊ですら空気が変わった。すれ違う古参の貴族たちの視線から、かつての侮蔑や好奇心が消え失せている。代わりにそこに宿っているのは、得体の知れない怪物を前にした時のような、嫌悪の混じった怯えだ。俺の存在はもはや彼らにとって、理解可能な天才の範疇を超え、自分たちの既得権益という名の砂上の楼閣を根底から揺るがす歩く災厄に映っているのだろう。


「……計算が合わないな。この国の予算構造と同じだ。無駄な装飾ばかりが肥大化して、肝心の基礎が腐っている。事の進め方を根本から引き直す必要があるな」


 この数週間、王都の裏側では不快な澱みのような不穏な空気が滞留している。それを動かしているのは、古くから王宮の典礼や伝統建築を司ってきた保守派の重鎮、ロシュフォール伯爵である。彼にとって、俺がもたらす数値化された合理性は、己の権威を支える神秘性と歴史を剥ぎ取る、容赦のない暴力に等しいはずだ。


 扉の影から、ロロが姿を現した。


「先生、その帳面に名を連ねた連中……、昨日から王都の地下水道に妙な術式を刻んでいるよ。僕たちの測量班が、微細な空気の歪みを見つけたんだ。間違いなく、ロシュフォール伯爵の差し金だね」


 ロロが差し出した地図を広げる。そこには王都の中央、建国以来の姿を留める中央大聖堂を中心に、古参貴族たちの屋敷が、まるで幾何学模様を描くように繋がっている。


「明後日の夜、満月の刻に合わせて、彼らは大聖堂で『聖域浄化の儀』を執り行うつもりだよ。名目は国に溜まった穢れを祓う祈祷だけど、中身は先生の建築術を『神が定めた世界の調和を乱す禁忌』として告発する大規模な扇動だ。大聖堂の音響効果を利用して、集まった民衆に知性への嫌悪と恐怖を植え付ける。教会の古い権威を傘に着て、今の熱狂を強制的に冷まそうとしているんだね」


 ロロの声は、俺の”眼”として対象を分析し、その急所を見抜く実務家の響きを持っていた。

 ロシュフォール伯爵をはじめとする貴族たち。彼らにとって、歴史や伝統といった、曖昧なものを俺が次々と切り捨てていくことは、自分たちの存在意義を国家の設計図から抹消されるのと同義だ。追い詰められた鼠が最後に選ぶのは、神という名の古い傘の下への逃避しかないのか。


「ロシュフォール伯爵か。先祖が積んだ石の高さでしか自分の価値を測れない老人が、ようやく結託したか。バラバラに散らばっている古い石を一つずつ拾い上げるのは手間だが、まとめて積み上がってくれた方が、一度に解体できて効率がいい」


 俺がそう吐き捨てると、背後から衣擦れの音がした。


「ユウ様。お茶を淹れ直しましたわ。彼らは、自分たちが一つの強固な城壁になったつもりでいるようですけれど、私には、ただ寄り添って共倒れを待つ枯れ木のようにしか見えませんわね」


 リーゼロッテが、優雅な所作で香りの高い茶を差し出す。彼女の瞳には、俺と同様に、敵対者への情けなど微塵も存在しない。彼女は常に俺の隣で国の裏側の構造を共に読み解き、欠損した俺の左腕の代わりとして、俺を支え続けてきた唯一の理解者だ。俺は茶を一口含み、その温もりが喉を通るのを感じながら、地図上の拠点を指でなぞった。


「ロロ、彼らが狙っているのは大聖堂の音の響きだな?あの地下の術式、配置からして特定の振動を増幅させる意図がある」


「うん、先生の言う通り。演説の声に魔導的な干渉を加えて、聴衆の深層心理に不安を訴えかける配置だよ。建築の理を逆手に取った嫌な仕掛けだね」


「ふん、滑稽だな。神の調和、か。俺の眼には、彼らが聖域と崇める中央大聖堂の、深刻な構造的欠陥が透けて見えているというのに」


 俺は鼻で笑った。

 あの大聖堂は、数世紀にわたる無計画な増築の結果、天井の巨大な円蓋の重みが支柱の耐荷重を限界まで削っている。さらに、彼らが地下水道に刻んでいる術式は、皮肉にも地盤の微振動を増幅させる共振を引き起こす、構造力学上、最悪の配置となっていた。彼らは俺を陥れるための完璧な檻を作ったつもりだろうが、その行為自体が、自分たちの拠り所を崩壊させる引き金になっていることにすら気づいていない。


「……いいだろう。彼らには、自分たちが望んだ通りの儀式を執り行わせてやろうじゃないか。リーゼロッテ、メアリに伝えろ。当日は反対派の主要な面々を、逃げ場のない中央大聖堂の()()()に招待するように。ロロ、お前たちは堰の調整を。ただし、今回は水を引くのではない。空気の密度を操り、音の跳ね返りを固定する。あの大聖堂を、語る者の声そのもので自壊を促す巨大な音響装置に作り変えるんだ」


「わかったよ、先生!先生の設計を邪魔する奴らが、自分たちの誇る声で自滅するのを見るのが楽しみだね」


 ロロが不敵に笑い、部屋から出て行った。入れ替わりに、重厚な足音と共に執務室の扉が力任せに開かれた。


「ユウ、ロシュフォールの老いぼれが不穏な動きをしていると聞いた。今すぐ、奴の屋敷ごと、あの腐った一族を根絶やしにしてもいいんだぞ?」


 入ってきたのは、苛立ちを隠そうともしないゼノン兄様だった。その後ろには、静かに、だが底知れぬ殺気を隠し持った父ガルド、そして『私の可愛い従弟の仕事に、汚れを残すわけにはいかない』と微笑むウィンザーの姿もある。

 彼らにとって、俺という完璧な設計図を乱そうとする不純物は、物理的に排除すべき汚物でしかないのだろう。その愛は重く、狂気を含み、俺を自分たちの支配下に閉じ込めるための檻としても機能している。


「兄様、父様、ウィンザー兄様。剣を汚す必要はありません。彼らは自分たちの重みで、勝手に崩れる。僕はただ、その崩落の速度を少しだけ正しく早めるだけです」


 俺が対外的な『僕』の仮面を被ってそう告げると、三人は顔を見合わせ、満足げに、そして深い畏怖を込めて口角を上げた。彼らの狂信的な期待は、俺が敵を解体する瞬間を、何よりも甘美な見世物として待ち望んでいるのだ。


 俺は立ち上がり、窓の外に広がる夜の王都を見下ろした。遠くに見える大聖堂の尖塔は、月光を浴びて神聖な輝きを放っているが、俺にはそれが、ただ積み上げられた脆い石の集合体にしか見えない。母様は、俺がこうして暗闘に身を投じるのを案じて、涙を流しながら俺を過保護な愛で包み込もうとするかもしれない。だが、俺はその慈愛さえも、この国の構造を再設計するための変数として利用するのだ。


「伝統という名の綻びに縋り付くのは勝手だが、俺の設計の邪魔をするなら、その歴史ごと解体させてもらう。この国を、俺の意志で書き換えるために」


 俺の独白に、隣に立つリーゼロッテが深く頷く。彼女の手が、俺の空いた左袖にそっと触れる。そこには、俺が失った腕の代わりに、彼女という最強の半身が、熱を持って確かに存在していた。


 新旧の構造が真っ向から衝突する王都を揺るがす粛清の序曲。俺は、自ら仕掛けた再構築の結末を確信しながら部屋を出るのだった。

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