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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第101話 断罪の残響

 謁見の間を後にした俺の背後では、いまだに悲鳴に近い怒号と、見苦しい泣き言が重なり合って響いていた。


「陛下!慈悲を!せめて、せめて先祖代々の屋敷だけはご容赦を――っ!」

「黙れ!測量データという真実を前に、まだ虚偽を重ねるか!衛兵、連れて行け!」


 国王陛下の容赦ない一喝が轟き、近衛兵たちがバルト伯爵を引き立てていく。

 伯爵は、昔、俺を『欠けた左腕を隠すことしかできぬ、ヴァルゼイドの不具者』と嘲笑っていた傲慢さをかなぐり捨て、床を這いずり、陛下に向かって必死に手を伸ばしていた。その指先は恐怖でガタガタと震え、高級な絹の袖は、自らの不始末で流した脂汗と涙で無様に汚れている。


 他の不正貴族たちも同様だった。

 ある者は顔面を蒼白にさせ、ガチガチと歯の根が合わない音を響かせながらその場にへたり込み、またある者は『これは罠だ!公爵家の陰謀だ!』と叫びながら、出口へ向かって見苦しく走り出そうとして近衛の槍に阻まれていた。

 王宮の文官たちが『実測値との誤差が大きすぎる。横領の証拠は十分だ』と冷徹に断じると、彼らはまるで糸が切れた操り人形のように力なく膝を突き自らの破滅を悟ったようだった。彼らの額からは滝のような汗が流れ、その脂ぎった顔が王宮の磨き抜かれた床に映り込み、滑稽なまでの悲愴感を晒していた。



 重い扉が閉まると、ようやくそれらの醜悪な騒音が遮断された。

 隣を歩くロロは、緊張から解放されたのか、ふぅと大きな吐息をついた。


「先生、今の見た……?お貴族様でも、あんなに真っ青になるなんて思わなかったよ。さっきまで、俺のことゴミを見るみたいに笑ってたのに」

「ああ。数字と図面は、時に剣よりも鋭く相手を追い詰めるからな。よくやった、ロロ。お前の読み上げは完璧だったぞ。陛下もお前のことを高く評価されていた」


 俺がそう言って頭を撫でると、ロロは公爵家から贈られた紺色の仕立て服の裾を照れくさそうに整えながら、誇らしげに目を細めた。

 すると、前方を歩いていた父様が、突如として弾かれたように振り返り、大股でロロに歩み寄ってきた。


「ロロ!実に見事だったぞ!」

 父様は大きな手でガシガシとロロの肩を叩き、顔を真っ赤にして興奮気味に語り始めた。


「あのバルトの狸が、お前が放つ数字のつぶてに撃ち抜かれ、泡を吹いて倒れる様といったら……!愉快、実に愉快だ!まさかこれほど正確に、かつ堂々と王の前で証言してみせるとはな。陛下も後ほど私に『あの少年は将来の国家の宝だ、ヴァルゼイドは良い人材を拾ったな』と仰っておられたぞ!お前はもう、立派なヴァルゼイドの()だ!素晴らしい、実にあっぱれだぞ、ロロ!」


「あ、ありがとうございます、閣下……!」


 一国の重鎮である公爵からの、手放しの賞賛。ロロは目を白黒させながらも、嬉しさを隠しきれずに頬を緩ませている。だが、賞賛の嵐は父様だけでは終わらなかった。


「ロロ、お疲れ様。貴方の凛とした声、王宮の隅々まで響き渡っていて、とても格好良かったわよ」

 サリア姉様が優雅な足取りで近づき、ロロの襟元を優しく直しながら微笑んだ。


「あの不正貴族たちが、一介の少年にすぎないお前の言葉一つで、命乞いをする惨めな家畜に成り下がる様子……。ガハハハ、最高の余興だったぞ!ユウを支えるお前には、私から特別な褒美をやらねばならんな。……そうだな、宝石など子供には退屈だろう。ロロ、お前にヴァルゼイド公爵邸のすぐ隣にある屋敷を一つ与えよう。庭付きで、専属の執事もつけてやる。これからはスラムではなく、そこをお前の家にするがいい。お前の測量仲間数人も一緒に住まわせるといい、その方が賑やかで楽しいだろう!」


「えっ!?屋敷!?それに、測量仲間も一緒に!?い、いりません、そんなの!俺にはもったいです!」


 腰を抜かさんばかりに驚くロロを、今度はゼノン兄様が静かに、だが熱い眼差しで見つめた。


「ロロ。お前が出した数値は、建築設計院の長老たちですら文句のつけようがない精度だった。ユウがお前を特別研究生に推薦した理由が、今日この場にいた全員に証明されたな。お前の努力が、王都の歪みを正したんだ。その恩賞として家を得ることは、お前個人だけでなく、礎の街の住人たちへの希望にもなる。受け取っておけ。お前はもう、その価値がある人間なんだ。仲間たちを養うための広さも十分にあるはずだ」


「ロロ、みんなが君を認めているんだよ」


 俺が微笑むと、ロロの目には少しだけ涙が浮かんでいた。スラムの泥を啜り、ボロボロの布を纏って生きてきた少年が、今や王に称えられ、公爵家から一軒の屋敷を贈られ、仲間と共に暮らす約束まで得たのだ。


「ユウ、ロロのような逸材を見出し、設計院へ送り込むとはな。やはりお前の眼力は底が知れんな。ガハハハ。ロロ、今夜は公爵家で最高級の牛を丸焼きにしてやろう。お前とお前の仲間たちの功績を祝わねば、ヴァルゼイドの名が廃るというものだ!」


 家族全員がロロを囲んで褒めちぎり、次々と彼を評価する言葉を投げかける光景に、リーゼロッテも聖母のような微笑みを浮かべていた。


「ロロ君、本当にお見事でしたわ。休憩時間の青空教室で、貴方や、今回一緒に住むことになるみんなと泥にまみれて算術を解いた甲斐がありましたわね。貴方の成長は、礎の街の住人全員の希望ですわ」


 家族と仲間の温かな言葉に、ロロは何度も何度も深く頷いた。


 俺は以前から父様に提案していたことを、ロロに話してやることにした。

「さて、没収された土地の再開発だが……。まずはバルト伯爵の邸宅跡地を、お前達が学べるような学校を作ろうと思っている」

「……えっ!?俺たちの学校を、あんな立派な場所に建てるの?」


 ロロが驚きに目を見開く。リーゼロッテもまた、驚きで唇に手を当てた。


「王立建築設計院の特別研究生であるロロに最初の課題を出そうか。没収した土地の広さと地盤を考慮して、君たちが誇りを持って通える最高の学び舎を設計してみろ。仲間たちと一緒に住む新しい屋敷で、じっくり案を練るといい」


 俺がそう告げると、ロロの表情から子供っぽさが消え、一人の建築家としての顔になった。


「俺たちが、自分たちの学校を設計するんだね。わかったよ、先生。スラムのあちこちを這いずり回って、どこが一番風が通るか、どこに陽が当たるかを知ってる俺たちにしかできない、最高の図面を描いてみせる!仲間のみんなにも相談して、絶対に先生を驚かせてやるんだ!」


 ロロの言葉に、リーゼロッテが力強く頷く。

「私も手伝いますわ。青空教室の生徒たちが、もう雨の日に震えなくて済むような、温かな学びの場にしましょう」


 俺の設計図から始まった変革は、今やロロたちの手によって具体的な形を得ようとしていた。

 王都の嘘の線を消し、新しく引かれるのは、子供たちの未来を繋ぐ希望の線だ。


 俺は、熱心に議論を始めたロロとリーゼロッテの背中を見守りながら、次なる設計図、王都そのものを巨大な循環型都市へと再構築する壮大な構想を脳内で描き始めていた。

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