依頼⑤
「すみませんキクチさん、俺、ちょっと……ダメなんで、代わってもらえますか?」
「……」……貴様は「助手」のくせに、来客の対応さえまともにできねえのか? いくら本当は「スパイ」であったとしても、今は「助手」を演じているのだから、きちんとその役柄を完遂するのが本当のプロというものではないのか? それに、その言葉遣いはナンダ? 目上の者に対しては、「すみません」じゃなく、「大変申し訳ありませんでございます」だろ? 「代わってもらえますか」じゃなくて「代わっていただけませんでしょうか」だろ? それに俺のことは「センセイ」と呼べと、何度言ったらわかるんだ? だいたい「ちょっと……ダメ」ってどういうことだよ? 情報は正確にわかりやすくかつ可能な限り具体的に伝えなくちゃ相手に失礼だろ?
私は瞬時に立て続けに↑のようなことを思ったが、残念ながら、能力のない者にその能力以上の何かを求めるのは酷であり、非生産的でもある。
だから私はひとまず悪感情の類が体中を好き放題跳梁するに任せた後、すぐにそれら全てを封じて立ち上がると、玄関へ向かった。すれ違いざまにオオタニに、「勝手に銀行から金持ってくなよ」と釘を刺しておいたのは言うまでもない。こういう日々の細やかなツッコミが、後々重要になって来るのだ。私は経験からそのことを知っていた。
ところで、私がオオタニとは異なりインターフォンのある台所ではなく、まず「玄関へ向かった」のは、もちろん間違えたのではない。「名探偵」である私が「間違える」などそもそもあり得ず、だからむしろそこからは、私の「名探偵」としてのレベルの高さを読み取っておくべきだ。
玄関に辿り着いた私は、鍵がかかっていることを目視で確かめてからさらに扉に接近し、ドアスコープを覗いた。
もはやお分かりだとは思うが、要するに「名探偵」である私は、もっさりとした機械(「インターフォン」のこと)を介して耳から取り込んだ情報を無反省に信じ込むのではなく、自分の目で直接状況を見極めたうえで改めて対策を講じることを選択したわけだった。
自分以外の何も信用しないというある意味「頑固」なその姿勢は、「名探偵」にとって、間違いなく必要不可欠な資質だ。我ながら、「脱帽」と言うほかない。
だがしかし私の、可能な限り理性的であろうとするところに端を発する立派な企図も虚しく、ここから事態は全く予想外の方面へと展開していくことになる。
「???????????……」
スコープに目を当ててみても、真っ暗で何も見えなかった。右目の先に広がる不鮮明な視野を覆う濃い闇は、純粋な漆黒で塗りつぶされ、どこにもムラの類がない……。
初めはただ大量の疑問符が噴出して脳内を満たしただけだったが、「名探偵」としての私の本能は、謎を謎のまま留めておくことをしなかった。意識したわけでもないし、頼んだわけでもないのに、「アポロ」とか何とかいう口髭が特徴的なデブもひれ伏すレベルの本物の「灰色の脳細胞」が、すぐさま不可解な状況に対する「答え」を弾き出してくれたのだ。
そして同時に、全身に鳥肌が広がるのを感じた。
……なるほど、確かにこれは、少しマズイかもしれない。




