いくつかの事件⑭
人形へのラッシュがひと段落し、ネズミ人間の笑みがわずかに曇ったところで私は攻撃の手を緩めた。そして立ち上がると、肩で大きく息を突きながらもう一度、尋ねた。
「で? ヘビ……が、どうしたって?」
私が「制裁」のデモンストレーションをしている最中も、相変わらずWと顔を突き合わせ、何やら「内緒話」のようなことを続けていたオオタニは、こちらの問いかけに対してようやく顔を上げると、何やらさも当たり前のような感じで、つまりおかしなところなどどこにもありませんよといった感じでやはりきっぱりと、言い切った。
「……え? ああ、だから、ヘビ語ですよ」
もちろん「冷静さ」というのは、ほとんどいついかなる時であっても人間として重要な性質ではある。だが殊にこの時点において、その性質を保ち続けて平然としていられるというのは、完全に頭のネジが吹っ飛んでいるか、もしくは頑張って強がって演技をしているのかのいずれかしかない。しかしこれまでの言動から察するに、オオタニに関しては、その「いずれ」であってもおかしくなかった。つまり即座に判断をつけかねた私は、ひとまずいましばらくの間、茶番に付き合って様子を見てやることを最終的に選択した。話を合わせるように、問いかけを続ける。
「へえ、ヘビ……、ねえ、でもお前自身は腐ってもギリギリ人間……だよな? 人間で、いいんだよな? だとすると、なんでヘビ語? とかいうことがわかったんだ?」
ごく当然の疑問であり、反面、極めて正答の出しづらい問いだと私は考えていた。なぜならセリフの中に挿入しておいたように、オオタニは、一応人間だからである。
そしてそれに対するオオタニの実際の答えが以下だ。
「え? だって一昔前に流行ったじゃないすか、ちょうど俺が小学生ぐらいの頃、映画とかに出て有名になった魔法使いの小僧……、名前なんだったかなあ、確か、『ハフィ』だとか、『ハウィ』とか、そんな感じだったと思うけど、そうす、所謂『選ばれし者』で、みんなからチヤホヤされてるくせに、さも『ワタクシメは不幸の星の下に生まれてしまいました、可哀そうで可哀そうでなりませぬ、どうか同情してください、憐れんでください、あわよくばもっともっとワタクシメを可愛がってください』って感じの胸糞悪くなるような面下げてるあいつす、そいつがアホみたいに口窄めて、今のこいつと同じようにシューシュー音漏らしてたのを今でも思い出せます、逆に言えば、知らないの、キクチさんぐらいじゃないすか? 遅れてるなあ、ナハッ、ナハッ、ナハナハナハナハナハ……」
私はそれを聞いて、もう容赦する必要はないなと悟った。神経を逆なでされ、身体中が熱くなるほどムカついたというのもあるが、それよりも先に提示しておいた「可能性」のうちの後者が正しいということ、つまり少なくともこの時点において、オオタニは別に真正の狂人なのではなく、単に無理して平然を装っているだけだということが期せずして理解できたという方が大きかった。
問題は、奴が「ハウィ」とやらについて、自身の小学生の頃に流行ったと述べたことである。なぜそれが「問題」なのかと言えば、奴の言う「ハウィ」は恐らく、「ハ●ー・ポ●ター」を指しているのであるが、そいつが世間で脚光を浴びたのは、「奴」ではなく、この「私」が、小学生の頃だからだ。翻って考えれば私より十五歳ほど年下のオオタニが、「ハウィ」の流行を熟知しているはずがない。つまり奴の発言は真っ赤な嘘であり、そして「嘘をつく」ということは、まさに当該の人物が何かを隠したがっていることを意味する。要するに、そういうことだ。
だから私はここぞとばかりに、短い、だが厳しい一言で、オオタニを思いきり突き刺した。
「じゃあ、訳してみろ」
「え?」
「ヘビ語がわかるんだろ? じゃあ今すぐこの場でそいつの言ってることを俺の目の前で訳してみせろよ」




